清潔な水の不足が、世界の飢餓と“危険な食事”を増やしている

清潔な水の不足が、世界の飢餓と“危険な食事”を増やしている

「水が足りない」は「食べられない」につながる――世界121カ国調査が示した食と水の危機

清潔な飲み水が手に入らない。
その問題を聞くと、多くの人はまず「喉の渇き」や「感染症」を思い浮かべるかもしれない。だが、新たな国際研究が示したのは、もっと生活の根に近い現実だ。安全な水がない場所では、食料も不足しやすく、口にする食べ物の安全性まで脅かされる。

米南カリフォルニア大学や国際水管理研究所などの研究チームは、121カ国、12万4003人の調査データを分析し、清潔な飲み水へのアクセス不足と、食料不足、食品安全上の不安が世界中で結びついていることを明らかにした。研究は科学誌「Nature Food」に掲載された。

この結果が重いのは、水不足と食料不足が、単に「貧しい国で同時に起きている似た問題」ではなかった点にある。低所得国だけでなく、高所得国でも、清潔な飲み水を欠く人ほど食料を得にくい傾向が確認された。つまり水の問題は、国の豊かさだけでは片づけられない。都市の片隅、農村、災害後の地域、インフラから取り残されたコミュニティなど、社会の中にある小さな断層が、そのまま食卓の不安へとつながっている。

研究によれば、世界全体では、清潔な飲み水を欠く人のうち食料不足を経験した割合は38%だった。一方、清潔な飲み水を欠いていない人では8%にとどまった。低所得国ではその差がさらに大きく、清潔な水を欠く人の61%が食料不足を経験していた。地域別では、東アフリカ、中央・西アフリカ、南アジアで高い割合が示された。

なぜ、水がないと食べ物まで危うくなるのか。

第一に、水と食料は同じ生活基盤の上に成り立っている。貧困、紛争、気候変動、災害、インフラの老朽化、住宅の不安定さ。こうした要因は、井戸や水道だけでなく、農地、市場、物流、冷蔵設備、調理環境にも影響する。水だけが不足し、食料だけは十分にある、という状況はむしろまれなのかもしれない。

第二に、食べ物を安全に扱うには水が欠かせない。野菜を洗う、米や豆を煮る、調理器具を洗う、手を洗う、保存容器を清潔に保つ。これらはどれも、水があって初めて成り立つ。水が汚れていたり、十分に使えなかったりすれば、食材そのものがあっても、食中毒や感染症のリスクは高まる。空腹を満たすための食事が、別の健康被害を生む可能性がある。

第三に、水を得るための時間とお金が、食料の購入や調理の余裕を奪う。遠くまで水をくみに行かなければならない家庭では、その時間は仕事、学業、育児、買い物の時間を削る。水を買わなければならない家庭では、その費用が食費を圧迫する。水と食料は家計の中で競合し、どちらか一方の不足がもう一方の不足を深める。

この研究が特に強調しているのは、「水」「食料」「食品安全」を別々の政策課題として扱う限界だ。水道を整備する部署、農業を支援する部署、食品衛生を監督する部署、貧困対策を担う部署が、それぞれ別の縦割りで動いていては、生活の現場で同時に起きている問題に対応しきれない。

たとえば、ある地域で食料支援を行っても、清潔な水がなければ、配られた食材を安全に調理できないかもしれない。逆に、水道インフラを整えても、貧困や食料価格の高騰が放置されれば、住民の栄養状態は改善しないかもしれない。学校給食、地域の公衆衛生、農業用水、災害時の給水、家庭内の衛生教育は、実際にはひとつながりの問題として設計される必要がある。

SNS上での反応を見ると、現時点では大規模な議論が起きているというより、科学ニュース系アカウントが研究タイトルを紹介し、関心のある読者が水危機や食料安全保障の文脈で受け止め始めている段階といえる。Phys.orgの記事自体も、確認時点ではコメントがほとんどなく、拡散数も限られていた。だが、こうしたテーマがSNSで広がるときに出てきやすい反応は明確だ。

ひとつは、「水道がある生活を当たり前と思っていた」という驚きだ。先進国に暮らしていると、水の問題は遠い国の問題に見えやすい。しかし研究は、高所得国でも清潔な飲み水を得られない人は食料不足に陥りやすいと示している。これは、災害時の断水、老朽化した水道、ホームレス状態、貧困地域のインフラ不備などを考えれば、日本にとっても他人事ではない。

もうひとつは、「食料支援だけでは足りない」という反応だ。飢餓対策というと、米、小麦、缶詰、栄養補助食品の供給が注目される。しかし、調理や衛生に必要な水がなければ、支援された食料の価値は十分に発揮されない。SNSでは、こうした研究が共有されるたびに「水、衛生、食料をセットで考えるべきだ」という声が出やすい。

一方で、「結局はインフラ投資の話ではないか」という冷静な見方もあるだろう。水不足は、単に雨が降らないから起きるのではない。水源の管理、配管、浄水、下水、廃水処理、料金制度、地域の政治、土地利用、農業の水需要など、複数の制度が絡む。短期的な支援だけでは解決しにくく、長期的な公共投資と地域運営が求められる。

この点で、今回の研究は「水不足はかわいそうな問題だ」と訴えるだけではない。むしろ、栄養、健康、労働、教育、経済安定にまで波及する基盤リスクとして水を位置づけ直している。水がないと、食事を作れない。食事が不安定だと、健康が損なわれる。健康が損なわれると、働けない。働けなければ、水や食料を買う余裕がさらに失われる。こうして、生活の脆弱性は輪のようにつながっていく。

世界保健機関は、清潔で十分な水が公衆衛生や食品生産、貧困削減に重要だと指摘している。2022年時点で、安全に管理された飲み水サービスを使っていた人は世界人口の73%にあたる約60億人だった一方、22億人はその水準に達していなかった。さらに、少なくとも17億人が糞便に汚染された可能性のある飲み水源を使っているとされる。こうした数字は、水問題がいまだ世界規模の課題であることを示している。

加えて、気候変動と人口増加は状況をさらに難しくしている。干ばつ、極端な降雨、洪水、地下水の過剰利用、農業用水の需要増加は、飲み水と食料生産の両方に影響する。国連大学の報告は、世界がすでに「水の破産」とも呼べる段階に入りつつあると警告している。これは、一時的な水不足ではなく、地下水や湿地、河川、氷河といった自然の貯水システムそのものが回復しにくいほど損なわれる状態を指す。

水と食料の問題を別々に見ることは、生活者の現実を見誤ることにつながる。台所に立つ人にとって、水は単なる飲み物ではない。食材を洗うもの、鍋を満たすもの、子どもの手を洗うもの、皿を清潔にするもの、病気を防ぐもの、そして限られた家計の中で食費とせめぎ合うものだ。

今回の研究が投げかける問いはシンプルだ。
「食べる権利」を守るなら、「水へのアクセス」を同時に守らなければならないのではないか。

飢餓対策は、食料を届けることだけでは終わらない。安全な水、衛生設備、地域のインフラ、所得支援、災害対策、気候変動への適応を一体で考える必要がある。水道の蛇口から出る一杯の水は、単に喉を潤すだけではない。それは、食卓を守り、健康を守り、社会の安定を支える最初の一滴でもある。


出典URL

Phys.org:研究概要、研究者コメント、政策提言、調査対象などを参照。
https://phys.org/news/2026-06-gaps-linked-hunger-unsafe-food.html

Nature Food掲載論文:121カ国・124,003人のWorld Risk Pollデータを用いた研究本文・要旨。水不足、食料不足、食品安全リスクを参照
https://www.nature.com/articles/s43016-026-01363-8

USC Price School記事:研究チーム、調査概要、地域別・所得別の数値、研究者コメント、提案された対策を参照。
https://priceschool.usc.edu/news/water-food-insecurity-countries/

WHO飲み水ファクトシート:世界の飲み水アクセス、汚染水、健康影響、衛生・食品生産との関係を参照。
https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/drinking-water

国連大学「Global Water Bankruptcy」記事:水不足、地下水枯渇、気候変動、食料安全保障との関係を補足する背景情報として参照。
https://unu.edu/inweh/news/world-enters-era-global-water-bankruptcy

EurekAlert!のリリース:研究発表の補足確認用。
https://www.eurekalert.org/news-releases/1130416