撮影費9割減の裏側で何が起きている? ファッション業界を揺らすAIモデル

撮影費9割減の裏側で何が起きている? ファッション業界を揺らすAIモデル

通販サイトで見つけた一着。モデルが着たときのシルエットを眺め、肩の落ち方や丈の長さを確かめてから、購入ボタンを押す。

しかし、その画像に写る人物が、実際にはその服を着ていなかったとしたら。さらには、そこにいる人物そのものが実在しなかったとしたら、私たちは何を手がかりに服を選べばよいのだろう。

ファッション業界で進むAIの導入は、写真の見栄えを整える段階を越え、人間の顔や身体を再利用可能なデータに変えつつある。

2026年10月27日にiTnewsが掲載したロイターの記事は、その変化を契約と雇用の両面から追った。浮かび上がるのは、撮影の効率化という魅力と、その裏側で進む「自分の姿を誰が管理するのか」という問題だ。


AIモデルには、性質の異なる二つの問題がある

ひとくちにAIモデルといっても、実態は一様ではない。

一つは、特定の実在人物をもとにしない、架空のモデルを生成する方法だ。ブランド側は、人間のモデルを起用する代わりに、商品の雰囲気に合った人物画像をつくる。

もう一つは、実在するモデルの写真や容姿をもとに、その人のデジタル上の分身をつくったり、撮影済みの画像を加工したりする方法である。顔を別の身体に重ねる、表情を変える、違う服を着ているように見せるといった利用が含まれる。

前者では、人間に発注されていた仕事が置き換わることが主な争点になる。後者では、それに加えて、本人の同意や追加報酬、容姿の利用範囲が問題になる。

本人に似た姿が広告に登場していても、その人が新たに撮影へ参加したとは限らない。従来なら撮影のたびに生じていた交渉や報酬の機会が、最初の契約に吸収される可能性がある。


契約書に現れた「顔の差し替え」と「追加報酬なし」

ロイターは、モデル事務所の責任者15人に取材し、十数件を超える非公開の撮影契約を調べた。

その中には、AIを使った顔の差し替え、追加報酬を伴わないデジタル複製の作成、モデルの身体画像のAI学習への利用などを求める条項があったという。

ただし、ここで区別しておく必要がある。報道で確認されたものには、未署名の契約案が含まれる。条項が提示されたことと、その内容で契約が成立し、実際に画像が利用されたことは同じではない。

たとえばDieselのキャスティング資料には、顔立ちや身体の比率を変えたり、参加モデル同士の顔を入れ替えたりすることへの同意を求める記載があった。親会社のOTBは、特定のキャンペーン向けの書面であり、通常の契約を代表するものではないと説明。モデルの姿をAIで体系的に改変しているわけではないとしている。

Calvin Kleinの契約案では、顔や傷、タトゥーなどの識別要素を除いた画像を、追加報酬なしでAIの学習や調整に使えるとする内容が確認された。同社は、変化の速い分野で試行と学習を進めており、規制や業界基準、モデルの権利の尊重を指針としていると回答した。

L’Oréalの契約には、商品の外観や色合いの変更、レタッチなどを含むAI利用に関する文言があった。一方、同社は、使用する標準的なAI編集ツールはモデルの姿に影響を与えないと説明している。

各社の対応を一括りにすることはできない。それでも、これまで「写真をどこに、いつまで掲載するか」が中心だった契約に、「人の姿をどこまで変形し、学習させ、再利用できるか」という新しい論点が入り込んでいることは確かだ。


制作費9割減という魅力は、誰の収入を減らすのか

企業側がAIに期待する理由は明快だ。撮影に必要な時間と費用を大きく抑えられる。

新商品が次々に投入されるECでは、モデル、カメラマン、ヘアメイク、スタイリスト、スタジオの予定を合わせ、その都度画像を制作する負担がある。AIによって工程の一部を省ければ、商品画像を用意する速度を上げられる。

ロイターによると、Zalando傘下のAbout Youが展開するScayle Studiosは、AIモデルを使った画像制作で、制作費を90%超削減できると訴求している。広報担当者によれば、顧客は130ブランドに達し、直近1カ月で19万件のアウトフィットを生成したという。

この「90%超」は、サービス側が掲げる削減幅であり、あらゆる撮影で同じ効果が出ると確認された数字ではない。それでも、企業の意思決定を動かすには十分に大きな数字だ。

同記事は、Zalandoがベルリンの二つの撮影スタジオを2025年に閉鎖し、About Youもスタジオを閉じたと伝えている。Zalando全体で340人を超える人員削減があり、一部は別の職務に配置されたという。ただし、この人員削減のすべてをAIだけが原因だったと断定することはできない。

撮影が減ったとき、影響を受けるのは画面に映る人だけではない。衣装を整える人、照明をつくる人、肌や髪を仕上げる人にも仕事の変化が及ぶ。

企業の帳簿では「制作費の削減」として表れるものが、現場では複数の職種の収入減になる。AIの生産性を考えるには、この両面を見る必要がある。


SNSの反発は「不自然な画像だから」だけではない

消費者の側も、AIによる変化を無条件に歓迎しているわけではない。

その一例が、2026年2月、Gucciがファッションショーの告知に使ったAI生成画像への反応だ。ここで紹介するのは、今回の10月のロイター記事に直接寄せられた反応ではなく、関連するAI広告をめぐるSNS投稿を報道機関が紹介したものである。

Fast Companyが取り上げたXの投稿では、AI生成広告を使うブランドを高級品として評価できるのか、資金力のある企業がなぜ実際の撮影を行わないのか、といった疑問が示された。

批判の中心にあるのは、画像の完成度だけではない。

高級ブランドは、職人の技術、素材へのこだわり、創造性、時間をかけた制作を価値として伝えてきた。その広告づくりに省力化の印象が強く出ると、消費者は商品の価格を支える物語との食い違いを感じる。この反応は、ブランドの説明と制作方法の整合性を問うものと読める。

一方、BBCの報道では、Gucciらしいミラノの華やかさを表現できているとして、画像を評価するSNSの反応も紹介されている。

したがって、「SNSでは全員が反対している」とまとめるのは正確ではない。これらは確認できた投稿の一部であり、消費者全体の意見の割合を示す調査でもない。

CNNの取材では、Gucciのデザイナー、デムナも、AIをアイデアの可視化に使う道具として捉える姿勢を示した。つくり手が新しい表現手段と見るものを、受け手は価値の切り下げと受け取る場合がある。そのずれが、議論を熱くしている。


「AI使用」と表示すれば、問題は解決するのか

AI生成であることの表示は、見る人が画像の成り立ちを理解する助けになる。しかし、それだけですべてが解決するわけではない。

「AIで作成しました」という表示が答えるのは、主に制作方法についての疑問だ。

その元になった人物は同意していたのか。対価は支払われたのか。最初に認めた広告とは違う用途へ転用されていないか。こうした権利の問題は、表示とは別に残る。

さらに、広告の目的によっても求められるものは変わる。

ブランドの世界観を伝えるイメージ広告では、非現実的な表現が魅力になることがある。一方、購入判断に使う商品画像では、服の形や質感を正確に伝えることが重要だ。

幻想的で美しい広告をつくることと、実物の服について信頼できる情報を提供することは、同じ評価基準では測れない。


日本の通販でも気になる「その服、本当にそう見える?」

この問題は、日本の読者にとっても遠い業界の話ではない。

オンラインで服を買うとき、着用画像は試着の代わりになる。サイズ表だけでは分からない、生地の落ち方、袖の膨らみ、座ったときの形などを読み取るためだ。

仮にAIで服を着せ替えた画像が、実物とは違う丈やドレープを生み出した場合、消費者は何を見て購入を決めたことになるのだろうか。

これは、今回の報道で特定企業の商品画像に誤りが確認されたという意味ではない。AI画像を販売に使う際に、日本の事業者も検討すべき論点である。

生成された人物が魅力的かどうかだけでは足りない。商品そのものの色、形、素材感が保たれているかを確かめる工程が必要になる。

たとえば、演出用のAI画像とは別に、実物の正面・背面写真、生地の接写、実測値を示す方法が考えられる。実際の着用写真があるなら、モデルの身長や着用サイズも判断材料になる。

画像制作の費用を減らせても、届いた商品との違いで失望が生まれれば、返品対応や顧客離れにつながりかねない。効率化の成否は、制作現場だけで完結しない。


ニューヨークが示す「同意を一括処理しない」という考え方

モデルのデジタル複製をめぐる制度の例として、米ニューヨーク州のFashion Workers Actがある。

同州労働局によると、登録関連を除く主要な義務は2025年6月19日から適用された。モデルのデジタル複製の作成や利用には明確な書面での同意が必要で、利用範囲、目的、報酬額、利用期間を示すことが求められる。

モデル事務所が取得する同意は、所属・代理契約とは別に扱う必要がある。同局のFAQは、以前の同意に新しいキャンペーンが含まれていなければ、改めて承認を得る必要があるとも説明している。

これはニューヨーク州の制度であり、そのまま日本の案件に適用されるわけではない。ただ、契約を考えるための参考にはなる。

撮影への同意、写真の掲載への同意、AI学習への同意、分身の作成への同意、将来の広告への再利用の同意。それぞれが何を認めるものなのかを分けて考えれば、本人の理解と企業の運用のずれを減らしやすい。

日本の制作現場でも、少なくとも「何を作るのか」「どこでいつまで使うのか」「追加利用の対価をどうするのか」「誰が承認するのか」を具体的にすることが、実務上の出発点になるだろう。


分身が働く未来に、人間の取り分は残るか

デジタル分身には、本人が移動したり撮影に拘束されたりしなくても、仕事を成立させられる可能性がある。利用のたびに本人が判断でき、適切な報酬が支払われるなら、新しい収入源にもなり得る。

しかし、最初の撮影で広範な利用を認め、その後は本人の関与も追加報酬もない仕組みなら、同じ技術が将来の仕事を奪う方向に働く。

どちらになるかを左右するのは、画像生成の性能だけではない。契約の内容と交渉の機会、そして効率化で生まれた利益の分け方だ。

ブランドには、もう一つの選択もある。人間が関わった制作の過程を、価値として伝えることである。誰が服を着て、誰が撮り、どんな工夫でその一枚ができたのか。生成画像が増えるほど、そうした背景に意味を見いだす人もいるだろう。

AIによって、ファッションの画像はこれまで以上に速く、大量につくれるようになる。そのとき問われるのは、画面に映る人物が本物かどうかだけではない。

その一枚を成立させた人に、選ぶ権利と対価が残っているか。そして、その画像を見て商品を買う人に、信頼できる情報が届いているか。

ファッションのAI化は、すでにその二つを同時に問う段階へ入っている。


出典・参考URL

  1. iTnews/Reuters: 2026年10月27日掲載。モデル事務所への取材、撮影契約案、各社の回答、Scayle Studiosの制作費削減の訴求など。
    https://www.itnews.com.au/news/fashions-ai-era-face-swaps-and-digital-clones-629941iTnews

  2. Fast Company:GucciのAI広告に対するXの反応。 2026年2月24日掲載。高級ブランドの価値とAI広告の関係を疑問視する投稿を紹介。本文では投稿の趣旨を日本語で要約。
    https://www.fastcompany.com/91498073/gucci-just-proved-why-luxury-brands-shouldnt-use-ai-generated-ads-imagesFast Company

  3. BBC記事のAOL掲載版:GucciのAI広告に対する批判と肯定的な反応。 2026年2月25日掲載。SNS上の反応が一様ではないことを確認するために参照。
    https://www.aol.com/news/gucci-criticised-ai-slop-images-105545561.htmlAOL

  4. CNN記事のKESQ掲載版:デムナによるAI利用についての説明。 2026年2月27日掲載。アイデアを可視化する道具としてAIを捉える発言を参照。
    https://kesq.com/entertainment/cnn-style/2026/02/27/gucci-asks-can-ai-ever-be-luxury/KESQ

  5. ニューヨーク州労働局:Fashion Workers Actの概要と事業者の義務。 施行日、デジタル複製への書面同意、利用範囲・目的・報酬・期間の明示についての公式情報。
    https://dol.ny.gov/fashion
    https://dol.ny.gov/node/58876Department of Labor

  6. ニューヨーク州労働局:Fashion Workers ActのFAQ。 過去の同意でカバーされない新しいキャンペーンでは、改めて承認が必要になることなどを説明。
    https://dol.ny.gov/node/58831