TikTokとSnapが「直前和解」— SNS依存訴訟、法廷に残ったのはMetaとYouTubeだけ

TikTokとSnapが「直前和解」— SNS依存訴訟、法廷に残ったのはMetaとYouTubeだけ

1. “直前和解”で分岐した裁判の構図

米国で注目を集める「SNS依存」訴訟が、大きく動いた。TikTokが原告側と和解し、先週和解したSnapに続いて、法廷での争いからいったん離脱する形となった。一方で、同じ訴訟の被告であるMetaとYouTubeは裁判に進み、陪審選任が始まる。


ここで重要なのは、和解=敗訴ではない点だ。TechCrunchが伝える通り、和解は必ずしも主張を認めたことを意味せず、条件も公表されないことが多い。だが「公開の法廷で争う」より前に手を打った事実は、社会に別のメッセージも投げかける。


2. 訴訟の中心:原告K.G.M.が訴える“設計による依存”

訴訟の中心にいるのは、裁判資料上イニシャルで示される19歳の原告「K.G.M.」だ。報道によれば、幼い頃からSNSを使う中で、各プラットフォームの“注意を引きつけ続ける設計”によって利用が過度に固定化され、メンタルヘルスに深刻な影響が出たと主張している。


この種の訴訟の特徴は、「投稿内容が有害だった」だけでなく、「有害な状態に導きやすい仕組み(プロダクト設計)」そのものを問題化する点にある。無限スクロール、連続再生、強い通知、レコメンド最適化など、いまや標準装備になった体験設計が、法廷で“製品の欠陥”として扱われ得るのかが争点になる。


3. なぜ和解が相次いだのか:企業にとっての“公開リスク”

TikTokとSnapが相次いで和解した背景として、企業側の「不確実性の管理」がある。陪審裁判は、結論が読みにくい。さらに、証拠開示や証人尋問の過程で、社内資料や意思決定が明るみに出る可能性がある。Guardianは、幹部証言や内部資料の公開が焦点になり得ると報じている。


原告側にとっても和解は合理的だ。長期化しやすい裁判を避けつつ、一定の補償を確保できる可能性がある。ただし、条件非公開の和解は「何が改善されるのか」が外部から見えにくい。社会全体の再発防止という観点では、透明性の低さが不満につながりやすい構造でもある。


4. 法廷に残ったMetaとYouTube:証人としてのトップ経営陣

一方、裁判はMetaとYouTubeを被告に続行される見込みで、トップ経営陣が証言すると報じられている。TechCrunchはMetaのマーク・ザッカーバーグCEO、YouTubeトップのニール・モハン氏の証言見通しに触れている。

 
またReutersやAPも、ロサンゼルスの裁判所で陪審手続きが進むこと、そしてこの裁判が多数の同種訴訟の“試金石(ベルウェザー)”になる点を伝える。


ここが分水嶺になる理由はシンプルだ。陪審の判断が「設計責任」を一定程度認める方向に傾けば、同様の訴訟が雪崩を打つ。逆に、因果関係の立証が困難として退けられれば、原告側の戦略は修正を迫られる。


5. 法的な争点:表現の自由と“設計責任”のせめぎ合い

被告企業が強く主張するとみられる防御線には、プラットフォーム責任をめぐる米国特有の論点がある。CBSは、この種の訴えが成立すれば、企業側が依拠してきた法的保護(たとえばユーザー投稿に関する免責)を迂回し得る、という見立ても紹介している。


ただし、原告側も「投稿内容の責任追及」ではなく、「依存を強化する設計・運用上の選択」を問題化することで、争点を“製造物責任(プロダクト)”寄りに寄せようとする。言い換えれば、SNSは単なる“場”ではなく、“人を長時間引き留めるよう設計された製品”であり、その結果として予見可能な害が出た、という構図だ。


6. SNSの反応:支持・懐疑・透明性要求が同時に噴き出す

今回のニュースは、SNS上でも強い反応を呼んだ。Redditのスレッドを眺めると、論点は大きく3つに割れる。


(1)「和解は“証拠公開回避”では?」という見方
ある投稿では、裁判前の和解を「法廷で不都合な情報が出る前に手を打ったのでは」と受け止める声が見られた。


(2)「依存は自己管理、距離を置くべき」という自己責任論
一方で、「依存は多くの人に起こり得る。ならば離れるのが最善」という、利用者側の行動変容を重視する反応もある。


(3)「誰と、何を、どう和解したのか」透明性を求める声
和解条件が公表されないことに対し、「誰が納得したのか」「被害の説明責任はどうなるのか」といった疑問が投げられている。


さらに別スレッドでは、Meta側が「メンタルヘルスは多因子で、SNSだけに原因を帰すのは単純化だ」といった趣旨の主張をしている点に触れつつ、「否定ではなく論点のずらしでは」と読み解く投稿もあった。


要するに、SNS世論は「企業を裁くべき」という怒りと、「問題はもっと複雑」という冷静さ、そして「非公開の和解では前に進まない」という透明性要求が、同時に走っている。


7. これから何が起きるか:安全設計の“標準”は裁判で決まるのか

裁判の帰結が与える影響は、損害賠償の額だけではない。Guardianは原告側が金銭だけでなく、設計変更や安全基準の確立を求める構図にも触れている。

 
APも、この裁判が初めて陪審により試され、期間が数週間規模になる可能性を報じた。


仮に、通知・レコメンド・連続再生の最適化が「未成年の脆弱性を利用した設計」と認定される方向に進めば、今後のプロダクト要件が変わる。年齢推定とコンテンツ制御、デフォルト設定の見直し、タイムリミットの強制、アルゴリズムの説明責任など、“任意の安全機能”が“義務に近い標準”へと押し上げられる可能性がある。


逆に、原告側が因果関係を立証できず敗れれば、同種訴訟は「立て付けを変える(学術証拠の積み上げ、設計上の内部資料の確保、対象年齢や症状の特定化)」方向に進むだろう。いずれにせよ、今回の“直前和解”は、SNSの設計をめぐる責任論が、いよいよ「世論」から「法廷」の土俵へ移ったことを象徴している。



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