カカオなしで“チョコ”は成立するのか? 甘い未来の、ちょっと苦い現実

カカオなしで“チョコ”は成立するのか? 甘い未来の、ちょっと苦い現実

1. 「チョコが贅沢品になる日」が、もう始まっている

チョコレートは“いつでも買える甘いご褒美”だった。ところが近年、その前提が崩れ始めている。原因は単純にひとつではない。気候変動による不作、病害、農園の高齢化、土地利用や森林破壊の問題、さらに国際市況の乱高下。結果として、メーカーも菓子職人も、そして消費者も「いつもの味が、いつもの値段で手に入らない」現実に直面しつつある。


そこで浮上してきたのが、少し挑発的な発想だ。
「カカオ豆を使わずに、チョコレート“っぽいもの”を作れないか?」
この問いは、単なる代用品探しではない。チョコの供給構造そのものを“別ルートで”再設計しようとする試みでもある。


2. 「チョコらしさ」は、どこから生まれるのか

チョコレートの魅力を分解すると、ざっくり三要素に行き着く。

  • 香り(焙煎由来のナッツ感、キャラメル感、フルーティさ、時にスモーキーさ)

  • 味(苦味、酸味、甘味のバランス)

  • 食感(パキッと割れる“スナップ”、なめらかな舌触り、体温でほどける口どけ)


面白いのは、このうち多くが「カカオ豆でなければ絶対に出せない」というより、発酵・焙煎・脂肪分の設計でかなり左右される点だ。


だからこそ代替チョコの開発者たちは、カカオそのものを“置換”するというより、チョコの体験(香り・味・食感)を工学的に再現しようとする。


3. 代替チョコの「3つのルート」

カカオ不使用の“チョコ代替”には、大きく3つの方向性がある。


ルートA:植物原料を発酵・焙煎して“チョコの香り”を作る

代表例として語られるのが、ヒマワリ種子などを発酵・焙煎してチョコ風味を作るタイプだ。Planet A FoodsのChoVivaは、まさにこの系統で、従来のチョコ作りが持つ「発酵→焙煎」という骨格を、別原料に移植する発想が核になっている。


狙いは、熱帯産カカオへの依存を下げ、供給リスクや環境負荷を軽くすること。味の再現性だけでなく、B2B(製菓原料)として“扱いやすい”ことも重要になる。


ルートB:副産物・アップサイクル原料で“それっぽさ”を作る

ブドウ種子など、別産業の副産物をローストしてベースに使う例もある。Voyage Foodsは、原料の組み合わせでカカオ風味と機能性(加工適性)を狙うアプローチで知られる。大規模生産に向けた設備投資や提携も進められている。


ルートC:カカオ“細胞”を培養して、成分としてのカカオを作る

もうひとつが、カカオ豆そのものを使わず、カカオ由来の細胞を培養してカカオ成分を得るという方向。California Culturedのように、細胞培養(いわゆるバイオものづくり)で「カカオに近いもの」を作る発想が語られてきた。


このルートが現実になれば、産地・気候に縛られない“カカオ成分の工場生産”が見えてくる。ただし規制、コスト、スケール、そして消費者感情というハードルも大きい。


4. 最大の難関は「カカオバター」――口どけは設計できるか

代替チョコの勝負どころは香りだけではない。むしろ多くの人が最後に判断するのは口どけだ。
チョコの体温で溶ける感じ、舌の上でスッと消える感じは、主に脂肪分の融点設計に支配される。ここで立ちはだかるのが、カカオバターの独特さである。


そのため代替チョコでは、植物油脂(シア脂、パーム、その他の植物性脂肪など)を配合し、溶け方と固まり方を調整する。ここに「おいしいけれど、どこか別物」という感想が生まれやすい。技術者は“似せる”ことができても、食べ手は“記憶の味”と照合するからだ。


5. SNSの反応:「最高」派と「それはチョコじゃない」派

この分野が面白いのは、SNS上の反応がだいたい二極化することだ。実際、Prefer(シンガポールのスタートアップ)をCNNが取り上げた投稿周りでも、「高騰するチョコの救済策」として期待する声と、「味は?添加物は?結局加工食品では?」と身構える声が並ぶ。


ここではSNSの典型的な反応を、論点別に整理してみる。


A)歓迎・期待:「気候と価格の現実を考えたら、選択肢は多い方がいい」

  • “同じ満足感が得られるなら、森林破壊や供給不安を減らせる方を選ぶ”

  • “チョコが高級品になるくらいなら、代替でもいいから日常に戻してほしい”

価格と環境の「どちらも苦しい」という実感が、この立場を強くする。


B)懐疑:「それって“チョコ味の何か”じゃない?」

  • “カカオを使わないなら、名前も変えるべき”

  • “再現できるのは香りの一部だけ。余韻や複雑さは別物になりそう”


ここには、ワインやコーヒーと同じ“産地の物語”をチョコにも求める感覚がある。チョコを嗜好品として愛してきた人ほど、置換に抵抗が出やすい。


C)現実派:「用途で分ければいい」

  • “板チョコとして単体で食べるなら本物がいい。でも焼き菓子なら代替でも成立する”

  • “クッキーやアイスのコーティングは、結局配合で食感が決まる部分も大きい”


実はこの立場が、食品産業では最も強いかもしれない。B2B原料としての代替チョコは、まず“混ぜ物の一部”として入り込みやすいからだ。

6. 「倫理的チョコ」の次は「ポスト・カカオ」か

これまでの“良いチョコ”は、フェアトレードやトレーサビリティ、農家支援など、カカオを前提に改善してきた。だが今、議論はもう一段先へ進みつつある。


カカオを救うのか、カカオから離れるのか。


どちらが正しい、という話ではない。カカオ産業には生活がかかっている一方で、世界中の需要と供給のバランスが崩れ続ければ、消費者の負担も、農家の負担も同時に増える。代替チョコは、その詰まりを緩める“バイパス道路”として機能する可能性がある。


7. それでも残る、たった一つの問い

最後に残るのは、極めてシンプルな問いだ。

「おいしいのか?」


サステナブルであること、価格が安定すること、供給が増えること。どれも重要だ。だがチョコは、正義だけでは売れない。口に入れた瞬間の“幸福”がなければ続かない。


代替チョコが本当に市民権を得るとしたら、それは「我慢して食べる代替」ではなく、“これが好き”と言われる新しい嗜好品として愛され始めたときだろう。


そしてその未来は、意外と早く来るのかもしれない。カカオの現実が変わったのだから、甘いものの形も変わる。チョコレートの次の章は、豆からではなく、発酵槽や焙煎機、そして私たちの舌の記憶から始まる。



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