なぜ人は“良さそうな新商品”より見慣れた定番を選ぶのか : 新しいものを避ける脳、定番に戻る市場

なぜ人は“良さそうな新商品”より見慣れた定番を選ぶのか : 新しいものを避ける脳、定番に戻る市場

スーパーの棚の前で、いつものケチャップを手に取る。動画配信サービスでは、気になっていた新作を横目に、結局いつもの番組を再生する。スマホの新機能も、便利そうだと思いながら設定は後回し。私たちは日々、「もっと良いかもしれない未知」と「少なくとも外しにくい既知」のあいだで揺れている。3月11日にPhys.orgで紹介された研究は、このありふれた迷いを、かなり本質的な問題として捉えている。なぜ人は、新しい選択肢があると分かっていても、見慣れたものに戻ってしまうのか。


この研究を進めたのは、イリノイ工科大学のStanton Hudja氏ら。論文は学術誌Experimental Economicsに2025年11月24日付でオンライン公開され、人が「当面うまくいく行動」を続けるべきか、それとも「もっと良い可能性がある未知の選択肢」を試すべきかを、いわゆるマルチアームド・バンディット問題で検証した。これは複数のスロットマシンのどれを引くかにたとえる古典的な枠組みで、消費行動だけでなく、技術採用、推薦アルゴリズム、広告配信などにも応用される考え方だ。


論文の要点は明快だ。人は単純に「新しいもの嫌い」というより、探索と安定のバランスをとる際に、探索の将来価値を思った以上に低く見積もる。研究チームは、期間が有限か無限か、選択肢が2つか3つかといった条件の異なる4種類の実験を行い、多くの参加者の行動が、直前の結果を強く引きずる戦略や強化学習型の戦略で説明できると示した。一方で、実際の人間は単純モデルよりもさらに「前に選んだものに戻りやすい」偏りを持っており、研究ではそのバイアスを織り込んだ戦略のほうが被験者の行動をよりよく説明できたという。


Phys.orgの記事でも、Hudja氏は「人は不確実性を嫌って新ブランドや新技術を無視しがちであり、未知の選択肢について情報を集めることの将来便益を割り引いてしまう」と説明している。ここが面白い。私たちはしばしば、新しい商品を試さない理由を「時間がない」「比較が大変」「今ので困っていない」と言葉にする。だが研究の見方では、それは怠慢というより、人間にかなり自然な意思決定の癖なのだ。目先の損失回避と、長期的な学習機会の軽視。その組み合わせが、“定番の強さ”を生み出している。


実際、これはブランドの世界では昔から知られてきた構図とも重なる。古典的な「現状維持バイアス」の研究では、選択肢を変えることには探索コストやスイッチングコスト、不確実性が伴うため、人は現状にとどまりやすいと示されている。また、新製品の採用研究でも、消費者が気にする不確実性は価格だけでなく、「ちゃんと使えるか」「周囲からどう見られるか」「後悔しないか」といった広い不安を含むことが指摘されてきた。今回の研究は、こうした心理を、日常的な意思決定のメカニズムとして改めて可視化した形だ。


この話がいま重要なのは、単に「有名ブランドは強い」で終わらないからだ。新しい技術やサービスが次々に出る時代ほど、消費者は選択の自由を得る一方で、比較疲れも起こしやすい。どれを選んでもそれなりに使える一方、外したときのストレスは大きい。だから未知の価値を丁寧に調べるより、「もう知っている」「誰かが使っている」「前に問題なかった」という安心材料が、実際の購買や採用を左右しやすくなる。研究が示すのは、新規性の魅力より先に、不確実性をどう減らすかが問われているという事実だ。


SNSやオンラインコミュニティの反応を見ても、この研究の感覚はかなり共有されている。まず目立つのは、「新しいものが嫌いなのではなく、失敗コストを払いたくない」という受け止め方だ。マーケティング系の議論では、ブランドストーリーや派手な訴求だけでは弱く、実際の利用体験や他者の使用実感が重要だという声が出ている。言い換えれば、未知の魅力よりも、安心して選べる証拠が必要だということだ。研究が示した“探索の価値を過小評価する傾向”は、SNS上では「試す手間のほうが高く感じる」という生活実感として表れている。


次に多いのが、「比較そのものが疲れる」という反応だ。ネットでは選択肢が増え続け、どの新商品も“革命的”“便利”“高評価”と並ぶ。そのなかで消費者は、機能差を正確に見極めるより、知っているブランドを“認知のショートカット”として使う。これは合理性の欠如というより、情報過多への適応でもある。おすすめアルゴリズムやA/Bテストの話題を扱う技術コミュニティでも、短期の成果最適化と長期の学習獲得は別物だという指摘が繰り返されており、消費者の側でも「今すぐ外さない」ことが選ばれやすい構造が透けて見える。


 

さらに、SNS的な文脈では「新しさ=正義ではない」という空気も強い。特にテクノロジー分野では、新機能や新サービスが多すぎて、ユーザー側が学習コストを負担しきれないという不満が珍しくない。研究では、新しい技術を無視する傾向にも言及していたが、その背景には未知への不安だけでなく、「また覚え直すのか」という倦怠感もあるだろう。つまり消費者は、保守的というより、自分の時間と注意力を守ろうとしている。新商品が負けるのは、質が低いからだけではなく、理解してもらうコストを相手に押しつけているからかもしれない。


この研究は、既存ブランドにとっては追い風にも見える。慣れ親しまれていること自体が武器になるからだ。ただし、その優位は永続ではない。近年の消費者調査では、ブランドメッセージが自分のニーズや価値観に響かないと感じる人も多く、知名度だけで選ばれ続ける時代ではなくなっている。つまり、 familiar であることは入口として強いが、それだけで十分ではない。使い続ける理由、納得できる品質、信頼できる説明が伴わないと、“安心の定番”は“惰性の定番”に変わり得る。


では、新規ブランドや新サービスはどうすればいいのか。今回の研究から読み取れるのは、消費者に「冒険」を求めすぎないことだろう。大胆な差別化より先に、試しやすさ、返金保証、無料トライアル、比較の分かりやすさ、第三者の実使用レビュー、導入の手間の少なさといった“探索コストの低減”が効いてくる。未知の価値を説くより、未知であることの不安をどこまで削れるか。そこに勝負がある。新しさは魅力だが、安心に翻訳されなければ選択されにくい。


消費者の側から見ても、この研究は少し耳が痛い。私たちはしばしば、「定番を選んだ自分」を合理的だと思う。もちろん多くの場合、それは正しい。だが同時に、本当はより自分に合う商品や、より便利な技術との出会いを逃している可能性もある。研究が投げかけるのは、たまには意識的に“探索”してみる価値だ。毎回ではなくていい。だが、全部を定番で埋めると、学習の機会そのものが失われる。将来もっと良い選択をするための材料は、少し遠回りな試行錯誤からしか手に入らない。


結局のところ、人が見慣れたものを選ぶのは、弱さではなく、人間らしさだ。限られた時間、注意力、失敗許容度のなかで、私たちは“十分に安全な選択”を積み重ねて生きている。ただ、その自然な傾きが強すぎると、市場では新規参入が不利になり、社会では新しい技術や発想が広がりにくくなる。だからこそ重要なのは、消費者を責めることではなく、新しいものを安心して試せる環境を設計することなのだろう。ブランド戦略でも、技術普及でも、問われているのは革新の派手さではない。不安を越える設計の丁寧さである。


出典URL

Phys.orgで紹介されたニュース記事。研究の概要、研究者コメント、公開日、DOI情報の確認に使用
https://phys.org/news/2026-03-explores-consumers-familiar.html

研究機関の配信情報(Illinois Institute of Technology発の研究紹介。元記事と同内容のプレスリリース系情報の確認に使用)
https://www.eurekalert.org/news-releases/1119654

元論文(Experimental Economics掲載論文。研究デザイン、実験条件、主要結論の確認に使用)
https://www.cambridge.org/core/journals/experimental-economics/article/strategies-in-the-multiarmed-bandit/6277564B7ADDCC01810732D9A7366284

論文要旨の別掲情報(Macquarie University側の公開ページ。論文要旨と補足説明の確認に使用)
https://researchers.mq.edu.au/en/publications/strategies-in-the-multi-armed-bandit/

学術誌の掲載情報(掲載日、巻号、ページ情報の確認に使用)
https://www.cambridge.org/core/journals/experimental-economics/latest-issue

現状維持バイアスに関する古典研究の参照先(消費者が不確実性や切替コストにより現状維持しやすい背景説明に使用)
https://www.researchgate.net/publication/5152072_Status_Quo_Bias_in_Decision-Making

新製品採用における不確実性研究(新しい製品や技術の採用で、性能面・象徴面などの不確実性が障壁になる点の補足に使用)
https://journals.sagepub.com/doi/10.1509/jmkr.45.3.320

技術が選択不確実性を高める研究(新技術導入時に不確実性が満足度や購買意向を下げうる点の補足に使用)
https://link.springer.com/article/10.1007/s10660-024-09808-7

SNS・オンライン反応の補助参照1(記事がオンライン上で話題化していることの確認に使用)
https://www.buzzing.cc/en/

SNS・オンライン反応の補助参照2(マーケティング系コミュニティで、ブランドストーリーより実使用価値や共感性が重視される議論の確認に使用)
https://www.reddit.com/r/marketing/comments/1kfc0or/brand_storytelling_in_2025_are_people_tired_of/

SNS・オンライン反応の補助参照3(技術コミュニティで、短期成果と長期学習のトレードオフとしてバンディット問題が理解されている点の確認に使用)
https://news.ycombinator.com/item?id=4052997

SNS・オンライン反応の補助参照4(A/Bテスト最適化と長期的な学習・探索の違いに関する議論の確認に使用)
https://news.ycombinator.com/item?id=11437114

SNS・オンライン反応の補助参照5(短期最適化では長期的な質や学習を取りこぼすという議論の確認に使用)
https://news.ycombinator.com/item?id=17443485

消費者心理の補足資料(不確実性下では親しみのあるブランドを選びやすいという整理の補助に使用)
https://kadence.com/en-us/knowledge/the-impact-of-uncertainty-on-consumer-buying-decisions/

ブランドと消費者の距離感に関する補助資料(ブランドメッセージへの共感低下や、知名度だけでは選ばれにくい状況の補足に使用)
https://www.ey.com/en_gl/newsroom/2025/03/ey-future-consumer-index-brands-fall-out-of-favor-as-pressure-mounts-to-win-back-faltering-customer-loyalty

信頼に関する補助資料(ブランドや技術採用において信頼が重要である背景の補足に使用)
https://www.edelman.com/trust/trust-barometer