嘘を見抜くなら「目」より「話」? 心理学が問い直す“怪しい人”の見分け方

嘘を見抜くなら「目」より「話」? 心理学が問い直す“怪しい人”の見分け方

「本当なら、こっちを見て話せるはずだ」

誰かの説明に納得できないとき、こんな言葉を口にしたくなる。しかし、目を合わせたら真実で、そらしたら嘘なのだろうか。逆に、落ち着いた表情で筋道立てて話す人なら、信用してよいのだろうか。

ドイツのWELTは、供述心理学の専門家ミヒャエラ・プフントマイア氏を取り上げ、まばたきや視線、落ち着きのない動作といった「嘘のサイン」とされるものを問い直す記事を掲載した。

このテーマを関連研究から考えると、浮かび上がるのは「嘘つきの顔」を探すことの難しさだ。そして、顔から話の内容へと目を向けても、万能の判定法が手に入るわけではない。


「左を見たから嘘」に科学的な裏付けはあるか

視線の方向から、記憶を思い出しているのか、話を作っているのかを判断できる——そんな説明を聞いたことがある人もいるだろう。

2012年に学術誌PLOS ONEで発表された研究は、特定の視線の動きと嘘を結び付ける、神経言語プログラミング(NLP)由来の主張を検証した。三つの研究の結果は、その主張を支持しなかった。

ここから言えるのは、相手の視線を見ただけで真偽を決める根拠にはできないということだ。あらゆる目の動きの研究が無意味になった、という話ではない。「右か左か」という分かりやすいルールに、期待された裏付けがなかったのである。

日常の会話でも、視線に意味を与える前に立ち止まりたい。答えを考えているのか、質問者に圧迫感を覚えているのか、別のものに注意が向いたのか。見た目だけでは区別できない可能性がある。


注目されるのは、話に含まれる「予定外の出来事」

言葉を手がかりにする研究では、話に含まれる「complications」という要素が調べられてきた。おおまかには、出来事の展開を複雑にする事情を指す。

たとえば、次の二つの説明を考えてみよう。いずれも理解のために作った例だ。

「友人と店で会って、食事をして帰りました」

「店で待ち合わせたのですが、友人が別の入口にいて、連絡して合流しました」

後者には、予定どおりに進まなかった事情がある。こうした要素を語りに含めるかどうかが、研究の対象になっている。

2018年の研究では、実際の旅行を語る27人と、旅行の話を作る26人を比較した。具体的な語りの見本を聞いた後の説明では、真実を語る人のほうが、この種の要素の割合が高かった。ただし、その差が見られたのは見本を聞いた後だった。

つまり「本当の話には必ず寄り道がある」という法則ではない。どのように話を引き出したかという条件も、結果に関わっている。


“きれいな説明”と“正しい説明”は同じではない

この研究分野では、嘘をつく人は話を単純に保とうとする、という説明が提案されている。複雑な展開を作れば、その分だけ考えたり、説明を維持したりする必要が生じるからだ。

しかし、これを裏返して「話が簡潔だから嘘」と考えてはいけない。

会議で報告するとき、私たちは細かな経緯を省き、結論から話すことがある。家庭でも「何があったか全部話して」と言われる場合と、「結局どうなったの」と聞かれる場合では、説明の長さが変わるだろう。

同じ人の同じ体験でも、聞き手が何を求めているかによって語り方は変わる。真偽と、説明の上手さや情報量を、簡単に一つの尺度に押し込めるべきではない。


SNSでは「疑われる側」の不安も

関連研究を紹介した2023年のRedditの科学コミュニティの投稿には、判定法の単純化を懸念するコメントが寄せられている。以下は投稿内容の要旨であり、世論全体の傾向を示す調査ではない。

 

ある利用者は、本当のことを話していても、信じてもらえるかを心配すると緊張してしまうと説明した。別の利用者は、話すのが苦手で記憶も曖昧な自分が、その基準では嘘つき扱いされかねないと懸念していた。

一方で、相手を信じさせるために、嘘に多くの細部を付け加える人もいるという反論もあった。

こうした体験談だけで研究結果を否定することはできない。ただ、研究を紹介する見出しが「これで見抜ける」という日常のルールに変わったとき、何が起こるかを考える材料にはなる。

「短い説明だから隠している」
「長い説明だから言い訳している」

どちらの語り方も疑いの根拠にできてしまうなら、相手には疑いを解く方法がない。それは真偽を確かめる作業というより、すでに抱いた印象に説明を合わせる作業になってしまう。


「研究で分かった」にも、条件がある

研究側でも、検証のしやすさが問われている。

2025年にオンライン公開されたレビューは、「complications」を扱う30件の刊行物を調べた。定義には一定の一貫性があり、数値上は結果を再現できる可能性がある一方、検証に必要な分類手順や匿名化された元データの公開が不足していると指摘した。

これは「全部間違いだった」という結論ではない。外部の研究者が結果を確かめるために、必要な材料を利用できるかという問題である。

有望な手がかりと、誰にでも使える判定法の間には距離がある。その距離を省略すると、研究を紹介する記事そのものが、読者に過剰な自信を与えてしまう。


日常で役立てるなら、相手の“判定”より事実の確認へ

ここからは、研究を踏まえた日常場面への考察だ。

たとえば、仕事の報告に食い違いがあった場合、「なぜ目をそらすのか」と問い詰めるより、何をいつ確認したのかを整理したほうが、問題の所在に近づきやすい。

「覚えている範囲で、順番に教えてほしい」
「それは自分で見たこと? それとも誰かから聞いたこと?」
「日付は記録を一緒に確認できる?」

こうした問いは、表情から相手の内面を当てるためではなく、説明を確認可能な情報に分けるためのものだ。

また、言い間違い、記憶の曖昧さ、勘違い、意図的な虚偽を最初から同じ扱いにしないことも大切だ。訂正を許さない会話では、不正確な説明を直すことまで難しくなる。

誰かを信じることと、話の内容を確かめることは両立する。逆に、疑いを強く持つことが、確認の精度を高めるとは限らない。

私たちが問い直すべきなのは、相手が「嘘つきらしく見えるか」だけではない。「自分はいま、何を根拠にそう判断しているのか」という、聞き手側の姿勢でもある。


出典URL

  1. WELT
    https://www.welt.de/wissenschaft/plus6aacfcb4708e760b5e062c75/psychologie-wer-luegt-vermeidet-diese-aspekte-aus-angst-unglaubwuerdig-zu-wirken.html

  2. Wisemanほか(2012)、PLOS ONE「The Eyes Don’t Have It: Lie Detection and Neuro-Linguistic Programming」:視線の方向による嘘判定に関するNLPの主張を検証した原著論文。
    https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0040259

  3. Vrijほか(2018)「Within-subjects verbal lie detection measures: A comparison between total detail and proportion of complications」:旅行の語りを使い、情報量とcomplicationsの割合を比較した研究。
    https://doi.org/10.1111/lcrp.12126

  4. Neequaye「Reproducibility in lie detection research: A case study of the cue called complications」:2025年オンライン公開、2026年巻号掲載。30件の刊行物を対象に検証可能性や資料公開を調べたレビュー。
    https://doi.org/10.1111/lcrp.12315

  5. Reddit・r/science:2023年の関連研究紹介をめぐる公開議論。「詳細な説明」と真偽の関係への反論や、疑われる不安についての投稿を参照。WELT記事への直接の反応ではない。
    https://www.reddit.com/r/science/comments/128h4v0/figuring_out_a_lie_forget_body_language_just/