富裕層から取るはずが税収減? ドイツIfoが警告する“増税の限界点”

富裕層から取るはずが税収減? ドイツIfoが警告する“増税の限界点”

「税収が足りないのであれば、高所得者の税率を上げればいい」。

財政赤字や社会保障費の増大に直面した国で、たびたび登場する議論である。所得の高い人により大きな負担を求め、その財源を低所得者や子育て世帯の支援に回す。一見すると分かりやすく、政治的にも説明しやすい。

ところがドイツでは今、その発想そのものに経済学者から警告が出ている。

ミュンヘンに本拠を置くIfo経済研究所の財政研究部門を率いるアンドレアス・パイヒル氏は、ドイツ政府が計画している「富裕層税」の引き上げと、公的医療保険における保険料算定上限の追加引き上げについて、税率や負担をさらに高めても国の収入は増えず、逆に数十億ユーロ規模の減収につながる可能性があるとの見方を示した。

背景には単純な計算では捉えられない「人間の行動」がある。

税率を上げれば、同じ所得に対する税額は確かに増える。しかし、人々がこれまでと同じように働き、同じ方法で所得を受け取り続けるとは限らない。労働時間を減らす人、休暇を増やす人、会社員から法人経営へ所得の受け取り方を変える人、税控除をより積極的に利用する人も出てくる。

つまり国家が税率を変えると、納税者も行動を変える。

ドイツで始まっている議論は、単なる「金持ちを優遇するのか、増税するのか」という話ではない。「どこまで労働所得に負担を求めれば、人々の働き方そのものが変わり始めるのか」という、より根本的な問題なのである。


45%から47%へ ドイツ政府が計画する新しい「富裕層税」

ドイツの連立政権が進める所得税改革では、小規模・中規模所得層や子育て世帯を減税する一方、その財源の一部を高所得者への負担増によって確保する。

現在の制度では、いわゆる「Reichensteuer(富裕層税)」として45%の所得税率が、単身者の場合、課税所得27万7826ユーロを超える部分に適用される。

新制度では、この仕組みが二段階になる予定だ。

課税所得25万ユーロ以上に45%を適用し、28万ユーロ以上にはさらに高い47%の税率を設ける。改革は2027年から始まり、2028年には年間約100億ユーロ規模の減税効果を実現するというのが政府の構想である。政府によれば、所得約6万ユーロの子ども2人を持つ家庭では、2028年に年間600ユーロを超える負担軽減になるケースも想定されている。

47%という数字だけを見ると、日本人にとって必ずしも驚くほど高いとは感じないかもしれない。

日本でも国の所得税最高税率は45%であり、これに住民税の所得割などが加わる。所得税45%は課税所得4000万円超の部分に適用されるため、最高税率だけなら日本もすでに高い水準にある。

しかし、ドイツの問題は所得税だけではない。


「もう一つの増税」――社会保険料の上限も引き上げ

今回、Ifoが特に問題視しているのが、公的医療保険の負担増が同時に行われる点だ。

ドイツの公的医療保険では、日本の健康保険と同様に、一定額を超えた所得について保険料を無制限に増やさないための「保険料算定上限」が存在する。

2026年の公的医療・介護保険の算定上限は年間6万9750ユーロ、月額5812.50ユーロである。政府は2027年、この上限を通常の賃金上昇に伴う改定に加え、さらに月額300ユーロ特例的に引き上げる。

ドイツ保健省によれば、この措置だけで対象となる高所得の公的医療保険加入者の本人負担は、月約26ユーロ増える。

一つひとつの数字だけなら、それほど大きく見えない。

だが、高所得の会社員にとっては所得税、連帯付加税、健康保険、介護保険など複数の負担を合計して考えなければならない。

ここがIfoの警告の核心だ。

「47%だから問題なのではない」。

すでに高い税・社会保険負担を負っている層に、さらに複数の負担増が同時に重なることが問題なのである。


ドイツでは平均的な会社員でも「労働コストの約半分」が税・社会保険へ

その背景を理解するには、OECDのデータが分かりやすい。

OECDが2026年に公表した「Taxing Wages 2026」によれば、2025年の平均賃金を得る独身・子なしの労働者について、所得税と従業員・雇用主双方の社会保険料などを合わせた「タックスウェッジ」はドイツで49.3%だった。

日本は33.1%である。

これは「本人の給料の49.3%がそのまま税金として引かれる」という意味ではない。企業側が支払う社会保険料まで含めた総労働コストに対し、税・社会保険がどれほど占めるかを示す指標だ。

それでも差は大きい。ドイツはOECD加盟国の中でも、労働に対する公的負担が極めて重い国の一つとなっている。

この状況で「さらに働いて所得を増やしたとき、その追加分をどれだけ自分の手元に残せるのか」が重要になる。

昇進して責任を増やす。

残業を増やす。

副業をする。

会社を成長させて利益を増やす。

こうした行動によって得られる追加所得の多くが税や社会保険に消えるのであれば、「そこまでして働く必要があるのか」と考える人が増えても不思議ではない。


Ifoが指摘する「税率を上げれば税収も増える」という誤解

パイヒル氏は、すでにドイツの高所得者に対する負担は限界に近いとの立場を取る。

そのため追加負担を課した場合、「税率×現在の所得」という単純な掛け算ほど税収は増えない可能性があるという。

たとえば年収が非常に高い専門職が、週5日の勤務を4日に変えたとする。

本人にとっては所得が減る代わりに自由時間が増える。一方、政府側から見れば所得税と社会保険収入が減る。

企業経営者であれば、給与として受け取る金額を抑え、別の形で利益を残す方法を検討するかもしれない。

税理士への相談を増やし、利用可能な控除を徹底的に使う人も増える。

さらに国境を越えて働ける高度人材であれば、居住地そのものを変更するという選択肢もある。

税率の引き上げが大きくなるほど、こうした「行動変化」を無視できなくなる。

これは経済学で古くから議論されてきたテーマであり、「税率をゼロから上げれば税収は増えるが、どこかの水準を超えれば、経済活動や課税所得の縮小によって税収が増えなくなる」という考え方につながる。

ただし、「47%を超えれば必ず税収が減る」という意味ではない。

人々が税率にどの程度反応するかは、職業、所得構成、法人制度、控除制度、移住の容易さなどによって大きく異なる。

したがって、Ifoの「数十億ユーロの減収」という警告も確定した未来ではなく、行動変化を重視した政策評価として理解する必要がある。


「税率を上げるより控除を減らせ」――Ifoが示した別の選択肢

興味深いのは、Ifoが単純な「減税論」を唱えているわけではない点だ。

パイヒル氏は、国家がより多くの税収を必要としているのであれば、税率そのものを上げるのではなく、所得税に存在する多数の控除や優遇措置を整理する方が有効だと主張している。

ドイツには住宅修繕などの職人サービスや各種活動に関係するものを含め、税負担を軽減できる仕組みが非常に多い。

元記事によれば、パイヒル氏は500を超える控除・優遇の選択肢が存在するとし、その半分程度を廃止できれば年間約350億ユーロの追加税収につながる可能性があるとしている。

この発想は重要だ。

税率を47%から49%、さらに50%へ上げていく方法だけが増収策ではない。

税率を大きく動かさなくても、課税ベースを広げれば税収は増やせる。

むしろ税率を高くしながら多数の例外を残す制度より、「税率は抑える代わりに例外を少なくする」制度の方が、人々の行動をゆがめにくく、行政コストも小さくできる可能性がある。


SNSで目立つ「金持ちではなく、働いて稼ぐ人が狙われている」という不満

今回の改革を巡り、ドイツ語圏のSNSやRedditではかなり激しい議論が起きている。

 

特に高所得者や金融に関心の高いコミュニティで目立つのが、「政府は富そのものではなく、働いて得た高所得に繰り返し負担を求めている」という批判だ。

あるRedditの高所得者向けコミュニティでは、45%税率を25万ユーロから適用し、28万ユーロから47%とする改革について、「働いて成功することが報われなくなる」と批判する投稿が見られた。

同時に「相続や資産所得には十分手を付けず、労働所得を狙っている」という問題提起も出ている。

一方で、「もっと低い所得から45%を課す案になると思っていたので、今回の案は予想より穏当だった」「25万ユーロ未満なら基本的に影響しない」と冷静に見るコメントもある。

公的医療保険の負担上限引き上げについては、不満がさらに強い。

Redditでは「保険料を上げるだけで構造改革になっていない」「負担が増えるのにサービス改善が見えない」「改革ではなく、その場しのぎではないか」といった趣旨の投稿が相次いでいる。

Xでも、追加的な保険料算定上限の引き上げによって、高所得の会社員や専門職への負担がさらに増すとの批判が確認できる。

もちろんSNSの投稿は世論調査ではない。

特に金融系コミュニティは高所得者や投資家の割合が高く、ドイツ社会全体より増税に批判的な意見が集まりやすい可能性がある。

その点には注意が必要だ。


一方で「富裕層はもっと負担すべきだ」という世論も非常に強い

SNS上の増税批判だけを見ると、ドイツ国民の多くが高所得者増税に反対しているように見えるかもしれない。

しかし実際の世論はもっと複雑だ。

2026年4月に行われたARDの代表性のある調査では、回答者の81%が「ドイツでは経済的な豊かさが不公平に分配されている」と回答した。

富裕層への課税強化や相続税、資産課税を求める声も強い。

ところが7月のZDF政治バロメーターでは、政府の改革について「負担の配分が不公平」と考える人が81%に達し、「公平」と考える人は12%にとどまった。

一見すると矛盾している。

「格差は大きすぎる。富裕層はもっと負担すべきだ」。

しかし同時に、

「政府が提示している改革は公平ではない」。

多くのドイツ国民は、この二つを同時に感じている可能性がある。

問題は「富裕層に負担させるか否か」ではなく、「誰を富裕層と定義し、どの所得や資産に、どの方法で負担を求めるのか」なのである。


「高所得者」と「資産家」は同じではない

ここは日本にとっても非常に重要な論点だ。

年収3000万円の勤務医やエンジニア、経営者がいたとする。

確かに一般的には高所得者だ。

しかし、その人が巨大な資産を所有しているとは限らない。

一方、給与所得はそれほど多くなくても、親から数十億円規模の不動産や株式を受け継いだ人も存在する。

前者は「労働によって高所得を得ている人」。

後者は「大きな資産を保有している人」。

税制上、この二つを同じ「富裕層」という言葉でまとめると議論が混乱する。

ドイツのSNSで「なぜ所得ばかり課税するのか」「相続や資産の方を議論すべきではないか」という声が出る背景には、この違いがある。

実際、ドイツでは高所得者増税を支持する側からも、「労働所得への税率を上げるだけでは富の格差問題は解決しない」という指摘がある。

つまり右派・左派、増税派・減税派という単純な二分法では整理できないのである。


日本も始まっている「社会保険料の上限引き上げ」

そして日本人が今回のドイツの議論を他人事と思えない最大の理由が、社会保険制度だ。

日本でも一定以上の給与について、厚生年金保険料の計算に使う「標準報酬月額」には上限が設定されている。

現在の上限は65万円だが、制度改正によって2027年9月から68万円、2028年9月から71万円、2029年9月から75万円へ段階的に引き上げられる予定だ。

考え方はドイツと非常によく似ている。

政府側から見れば、「所得が上昇しているのに保険料算定上限が固定されれば、高所得者の実質的な負担率が下がる」という問題がある。

上限を引き上げれば、負担能力のある人からより多く保険料を集められる。

年金の場合、追加負担は将来の給付増にもつながる。

一方、高所得の現役世代から見ると、税金とは別に社会保険料まで増えることになる。

制度としてそれぞれ合理的な説明があったとしても、家計から見れば「税」「年金」「健康保険」「介護」「その他負担」はすべて手取りを減らす要素である。

政策を個別に評価するだけでなく、合計した限界負担を見る必要がある。


日本でより重要になる「働けば働くほど得なのか」という視点

日本ではこれまで、「年収の壁」は主にパート労働者や配偶者控除との関係で語られてきた。

しかし今後は、より高い所得層でも「追加的に働くことがどの程度報われるのか」という問題が重要になる可能性がある。

日本の所得税は累進課税で、最高税率は45%。地方税として標準10%の住民税所得割も存在する。

もちろん45%と10%を単純に足した55%が所得全体にかかるわけではない。

超過累進税率なので、最高税率は一定水準を超えた所得部分だけに適用される。

それでも、高所得になるほど追加所得に対する負担率が上昇することは事実だ。

そこに社会保険料や各種給付の所得制限まで加われば、「追加で100万円稼いだとき、実際にいくら生活を豊かにできるのか」という問題が出てくる。

Ifoの議論が日本に投げかけているのは、まさにこの視点である。


必要なのは「増税か減税か」ではなく、税制全体の設計

少子高齢化が進む日本でもドイツでも、社会保障費が増えていく可能性は高い。

医療、介護、年金、防衛、インフラ、子育て。

政府には多額の財源が必要になる。

だから「一切増税するな」という主張だけで問題が解決するわけではない。

一方、「お金を持っている人から取ればいい」という考え方にも限界がある。

課税対象となる人は行動を変えるからだ。

重要なのは、どの税率なら働く意欲を大きく損なわずに税収を確保できるのか。

所得、消費、資産、相続、法人利益のどこに負担を配分するのか。

控除や優遇措置をどこまで残すのか。

社会保険を税とは別物として考え続けてよいのか。

こうした制度全体の組み合わせを考えなければならない。


ドイツの論争は、日本の数年先を映しているのかもしれない

今回のIfoの警告で最も注目すべきなのは、「富裕層に税金をかけるべきではない」という主張ではない。

「税率を高くすれば、それに比例して税収も増える」という単純な前提が成立しない可能性を示していることだ。

国民は税率を見て行動する。

企業も制度を見て投資先を決める。

高度人材は国境を越えることができる。

そして会社員であっても、昇進を断ったり、労働時間を減らしたりすることはできる。

その結果、政府が期待したほど課税所得が増えなければ、税率だけが高くなり税収は伸びないという事態も起こり得る。

一方、ドイツでは格差への不満も非常に強い。

したがって必要なのは、「富裕層増税か富裕層優遇か」という二択ではない。

労働で所得を増やした人。

事業を成長させた人。

巨額の金融資産を保有する人。

相続によって富を得た人。

それぞれを区別した上で、社会全体として納得できる負担を設計する必要がある。

日本でも厚生年金の標準報酬月額上限引き上げや社会保険の適用拡大が進んでいる。

少子高齢化がさらに進めば、「誰に追加負担を求めるのか」という議論は避けられない。

ドイツで起きている「働く人からさらに取るべきか、それとも税制そのものを作り直すべきか」という論争は、日本にとって遠い国のニュースではない。

むしろ数年後、日本でさらに大きくなるかもしれない議論を先取りしているようにも見える。

税率を何%にするか以上に重要なのは、「もう少し働こう」「もっと事業を大きくしよう」「日本で稼ぎ続けよう」と思える制度になっているかどうかだ。

社会保障を維持するための負担と、経済を成長させるインセンティブ。

その二つをどう両立させるか。

ドイツの富裕層増税を巡る論争は、税制が単なる「お金を集める仕組み」ではなく、人々の働き方そのものを変える制度であることを、改めて浮き彫りにしている。



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