タバコを吸わなくても肺がんに ― 女性・アジア人で注目される“もう一つの肺がん”

タバコを吸わなくても肺がんに ― 女性・アジア人で注目される“もう一つの肺がん”

「肺がん=喫煙者の病気」という常識が揺らいでいる

肺がんとタバコの関係は非常に強い。

現在でも喫煙が肺がん最大の危険因子であることに変わりはなく、「タバコは関係ない」という話では決してない。

ところが、その一方で医学界が改めて注目しているのが、生涯にほとんど、あるいはまったくタバコを吸ったことのない「never-smoker(非喫煙者)」に発生する肺がんだ。

インドのDeccan Chronicleが2026年8月21日に掲載した記事では、世界の肺がん患者の中に相当数の非喫煙者が存在することを取り上げ、喫煙以外の要因として大気汚染、受動喫煙、屋内の煙、ラドン、アスベスト、シリカ、ディーゼル排気などを紹介している。

その背景にある重要な研究の一つが、米国国立衛生研究所(NIH)などが2025年に公表した「Sherlock-Lung」研究である。

研究論文では、非喫煙者に発生する肺がんは世界の肺がん全体のおよそ25%を占めるとされている。

つまり、「肺がんになった人=長年タバコを吸っていた人」というイメージだけでは、現在の肺がんという病気を十分説明できなくなりつつある。

この変化は、日本にとっても決して遠い国の話ではない。

むしろ、日本を含む東アジアは、非喫煙者肺がんを考えるうえで世界的にも重要な地域なのである。


871人の肺がんゲノムを調査 浮かび上がった大気汚染との関係

2025年に科学誌「Nature」に発表されたSherlock-Lung研究では、世界28地域から集められた、生涯喫煙経験のない肺がん患者871人の腫瘍について全ゲノム解析が行われた。

ここで注目されたのが、大気中の微小粒子状物質を含む大気汚染との関連だ。

NIHによると、大気汚染への曝露が高い地域の患者では、がん抑制遺伝子として知られるTP53の変異が多くみられ、テロメアが短くなる傾向も確認された。

さらに、高い大気汚染曝露は、これまで喫煙との関係で知られてきた「SBS4」と呼ばれる変異パターンの増加とも関連していた。

興味深いのは、研究者が受動喫煙についても調べていることだ。

受動喫煙経験のある人では全体的な変異量がわずかに多い傾向はあったものの、この研究では特定のドライバー遺伝子変異や明確な変異シグネチャーとの強い関連は確認できなかった。

ただし、ここは誤解してはいけない。

これまでの疫学研究では、受動喫煙によって肺がんリスクが上昇することが示されており、日本の国立がん研究センターも、受動喫煙によって肺がんになる危険性が2~3割程度高くなるとしている。

今回の研究結果は「受動喫煙は安全だった」という意味ではない。むしろ、非喫煙者の肺がんが単一の原因で説明できないほど複雑であることを示していると考えるべきだろう。


日本では「非喫煙者+肺腺がん+EGFR」が重要なキーワード

日本人にとって特に重要なのが「EGFR遺伝子変異」である。

肺がんはいくつものタイプに分類されるが、なかでも日本人に多いのが肺腺がんだ。

国立がん研究センターによると、EGFR遺伝子変異は日本人を含むアジア人の肺腺がんのおよそ40%で確認され、特に非喫煙者の肺腺がんで多い。

さらに、日本を含む東アジアでは、欧米と比較してEGFR変異を持つ肺がんが多いことが以前から知られている。

2024年には国立がん研究センターなどの国際共同研究チームが、日本、台湾、中国、香港、シンガポール、韓国の非喫煙女性を対象に大規模な解析を実施した。

肺腺がん患者998人と肺がんになっていない非喫煙女性4544人の遺伝情報を比較したところ、複数の遺伝子多型、つまり生まれつき持っている遺伝子の個人差の組み合わせが、EGFR変異型肺腺がんへのなりやすさに影響していることが分かった。

これは、「肺がんの遺伝子変異=親からそのまま受け継ぐ遺伝病」という意味ではない。

EGFRなどの「ドライバー遺伝子変異」は基本的にはがん細胞の中で生じた変化であり、いわゆる「がん家系」と単純に同一視することはできない。

ただ、肺がんになりやすさを左右する遺伝的背景には個人差があり、それが環境要因などと組み合わさって発症に関係する可能性が見えてきたということだ。


日本では年間12万人以上が肺がんと診断されている

日本で肺がんが持つインパクトは非常に大きい。

国立がん研究センターの最新統計では、2023年に日本で新たに肺がんと診断された人は12万3989人。

男性8万1381人、女性4万2607人だった。

さらに2024年には7万5569人が肺がんで死亡している。

肺がんは依然として、日本のがん死亡を考えるうえで最も重大な疾患の一つだ。

もちろん、これらすべてが非喫煙者というわけではない。喫煙が最大の危険因子であるという事実も変わらない。

重要なのは、「喫煙をしていない」という一つの条件だけで、自分を肺がんとは無関係なグループに分類してしまうことの危うさである。

特に日本人の場合、非喫煙者に多いEGFR変異型肺腺がんという特徴があるだけに、「タバコを吸っていないから肺がんではないだろう」という思い込みには注意が必要だ。


PM2.5は日本でも無関係ではない

大気汚染という言葉を聞くと、中国やインドなど、深刻なスモッグが問題となる地域をイメージする人も多いかもしれない。

実際、日本の大気環境は過去数十年間で大きく改善している。

環境省が2026年5月に公表した2024年度の測定結果では、PM2.5の環境基準達成率は一般環境大気測定局で99.5%、自動車排出ガス測定局では100%だった。

年平均濃度も一般局で1立方メートル当たり8.4マイクログラム、自排局で8.9マイクログラムとなっている。

したがって、「日本の都市部に住んでいるだけで肺がんになる」と不安をあおるのは適切ではない。

しかし、環境基準を満たしていることと、健康影響が完全にゼロであることも同じではない。

大気汚染への曝露は人によって異なり、交通量の多い道路の周辺、職業上の粉じんやディーゼル排気への曝露など、生活環境による差も存在する。

また、非喫煙者肺がんの原因候補はPM2.5だけではない。

アスベスト、シリカ、ラドン、屋内空気汚染、受動喫煙、既往疾患、そして遺伝的な感受性など、複数の要素が複雑に関係すると考えられている。

「犯人はPM2.5だ」と一つの原因に飛びつくのではなく、「肺がんにはタバコ以外にも複数の経路がある」と理解する方が、現在の科学に近い。


SNSで目立つ「吸ったことがないのに」という戸惑い

この問題をより身近に感じさせるのが、SNSやオンラインコミュニティに投稿される患者や家族の声だ。

Redditで投稿を見る

 

今回確認した公開投稿はDeccan Chronicleの記事そのものへの反応に限定したものではなく、「非喫煙者肺がん」という同じテーマを扱った投稿だが、そこにはいくつか共通した感情が見える。

海外掲示板Redditでは、肺がんと診断された人物が「タバコも電子タバコも吸ったことがない。薬物も使わない。喫煙者のそばにもいない。それなのに、なぜなのか分からない」と戸惑いを投稿している。

別の投稿では、非喫煙者のアジア人女性である母親がステージ4の非小細胞肺がんと診断され、EGFR変異が見つかったケースについて、娘が「自分自身も将来どのような検診を受けるべきなのか」と不安を語っていた。

2026年の投稿には、非喫煙者肺がんと診断された人が、周囲から繰り返し「でも、タバコは吸っていたの?」と尋ねられることへの違和感を訴えるものもある。

また、大気汚染と非喫煙者肺がんを扱った科学記事がRedditで紹介された際には、自分の祖母や友人など「一度もタバコを吸わなかった人が肺がんになった」という経験談や、大気汚染、受動喫煙、遺伝的要因について議論するコメントが多数投稿された。

もちろん、こうしたSNS投稿は医学的な統計ではない。

SNSの書き込みだけから「非喫煙者肺がんが急増している」「大気汚染がこの人の肺がんを引き起こした」と結論付けることはできない。

しかし、これらの投稿から浮かんでくる重要な問題がある。

それは、肺がんに対する社会的なイメージだ。


「喫煙していないから肺がんではない」が発見を遅らせる可能性

肺がんに「喫煙者の病気」という強いイメージがあると、本人も周囲も症状を軽視しやすくなる。

長く続く咳があっても、

「風邪が長引いているだけ」

「アレルギーだろう」

「喘息かもしれない」

「私はタバコを吸わないから肺がんではない」

と考えてしまう可能性がある。

元記事でも、3週間以上続く咳、原因の分からない息切れ、胸痛、繰り返す呼吸器感染症、血痰、原因不明の体重減少、強い疲労感、声のかすれなどを、無視すべきではない症状として挙げている。

もちろん、このような症状の大半が肺がんを意味するわけではない。

咳や息切れの原因には感染症、喘息、アレルギーなど数多くの病気がある。

それでも、治療しても改善しない、何度も繰り返す、以前と比べて明らかに悪化している、血痰や体重減少など別の異常を伴うといった場合は、「非喫煙者だから」という理由だけで肺の病気を除外しないことが重要になる。


では、非喫煙者も全員CT検査を受けるべきなのか

ここで一つ注意したい。

「非喫煙者にも肺がんがある」という事実を知ると、「それなら健康な人も毎年CTを撮ればいいのでは」と考えたくなる。

しかし、現在の日本の科学的評価はそこまで単純ではない。

国立がん研究センターがまとめた2025年版肺がん検診ガイドラインでは、重喫煙者に対する低線量CTについて、肺がん死亡率を下げる科学的根拠があるとして推奨している。

一方、重喫煙者以外に低線量CTを行うことについては、死亡率を下げる効果が現時点では十分明らかになっておらず、対策型検診として一律に行うことは推奨されていない。

理由の一つが「過剰診断」だ。

CTは非常に小さな肺の影まで見つけることができる。

その結果、生涯ほとんど健康に影響しなかった可能性のある極めて進行の遅いがんまで発見し、不必要な精密検査や治療につながる可能性がある。

放射線被ばくや偽陽性による追加検査、精神的負担も考えなければならない。

日本では2026年度から、厚生労働省が50~74歳の重喫煙者を原則対象とした低線量CT肺がん検診の実証事業を、小樽市、柏市、横浜市、小諸市、飯山市などで進めている。

つまり現在は、「リスクが高い人にはCT検診をどのように導入するか」が検討されている段階であり、「すべての非喫煙者が定期的にCTを受けるべき」という状況ではない。

非喫煙者については、今後の研究でどのような人を高リスク群として絞り込めるかが大きな課題になる。

遺伝的背景、家族歴、大気汚染への曝露、既往歴などを組み合わせたリスク評価が実用化されれば、検診のあり方そのものが変わる可能性もある。


非喫煙者肺がんでは「遺伝子を調べる」意味も大きい

もう一つ、ここ十数年で劇的に変化したのが肺がん治療だ。

かつては肺がんの治療というと、手術、抗がん剤、放射線という大きなくくりで語られることが多かった。

しかし現在では、がん細胞が持つ遺伝子変異によって治療薬を選択する「精密医療」が極めて重要になっている。

代表例がEGFRだ。

EGFR変異がある肺がんでは、その働きを狙う分子標的薬が治療の選択肢となる。

このほかにもALK、ROS1、BRAF、MET、RET、KRASなど、肺がんではさまざまな治療標的が明らかになってきた。

特に非喫煙者の肺腺がんでは、こうした治療につながるドライバー遺伝子変異が見つかるケースが少なくない。

「タバコを吸っていないのに肺がんになった」という事実は、ただ原因が分からないという意味ではない。

むしろ現在の医学では、「どの遺伝子変化によってこのがんが増殖しているのか」という、より細かな分類へと視点が移りつつある。


日本人がこのニュースから学ぶべきこと

非喫煙者肺がんの研究から、日本人が受け取るべきメッセージは「誰でも突然肺がんになるから怖がろう」ではない。

第一に、喫煙が最大の予防可能な危険因子であることは今も変わらない。

タバコを吸わないこと、すでに吸っているなら禁煙すること、受動喫煙をできるだけ避けることは、引き続き重要だ。

第二に、「非喫煙者なら肺がんにならない」という考えも正しくない。

日本を含む東アジアでは、非喫煙者や女性に多いEGFR変異型の肺腺がんが存在する。

第三に、大気汚染や職業上の曝露など、本人だけでは完全にコントロールできない環境因子が存在する。

アスベストや粉じん、ディーゼル排気などを扱う仕事では、定められた防護策を守ることが重要になる。

第四に、症状が続く場合は「私は吸わないから」と自己判断しないことだ。

そして第五に、恐怖から自己判断で頻繁にCT検査を受けるのではなく、自分の年齢、症状、家族歴、喫煙歴、職業歴などを医療機関で伝え、必要な検査を相談することが重要である。


肺がんを「自己責任」の病気として見ないために

非喫煙者肺がんの研究が社会にもたらす最も大きな変化の一つは、肺がんに対する「自己責任」というイメージを弱めることかもしれない。

肺がん患者に対して真っ先に、

「タバコを吸っていたの?」

と尋ねる文化は根強い。

喫煙歴は治療上重要な情報なので、医療者が確認することには当然意味がある。

しかし社会生活の中で、その質問が「自分で招いた病気なのではないか」というニュアンスを持つこともある。

SNSで非喫煙者の患者が感じている戸惑いは、まさにそこにある。

肺がんは、喫煙という極めて大きなリスク要因を持ちながらも、それだけでは説明できない病気だ。

遺伝子、大気汚染、受動喫煙、職業曝露、加齢、そしてまだ解明されていない要因が複雑に重なっている。

科学が進歩するほど、「肺がん=タバコ」という一行だけの説明では足りなくなっているのである。

「タバコを吸っていないから大丈夫」と安心し過ぎない。

同時に、「空気を吸っているだけで肺がんになる」と過度に怖がらない。

必要なのは、この二つの極端の間にある科学的な理解だろう。

肺がんをめぐる新しい時代のキーワードは、もはや「喫煙しているか、していないか」だけではない。

誰に、どのような遺伝的背景があり、どのような環境に長期間さらされ、どのタイプの肺がんが発生しているのか。

その一人ひとりの違いを理解することが、予防、早期発見、そして最適な治療につながる時代が始まっている。



出典

Deccan Chronicle「The Rise of Lung Cancer Among Never-smokers」
非喫煙者肺がん、大気汚染、受動喫煙、職業曝露、遺伝子変異、早期発見の重要性などを紹介。
https://www.deccanchronicle.com/tabloid/hyderabad-chronicle/the-rise-of-lung-cancer-among-never-smokers-1981106

米国国立衛生研究所(NIH)「Factors linked to lung cancer in never-smokers」
Sherlock-Lung研究の解説。非喫煙者肺がんが世界の肺がんのおよそ4分の1を占めることや、大気汚染と遺伝子変化の関連を説明。
https://www.nih.gov/news-events/nih-research-matters/factors-linked-lung-cancer-never-smokers

Nature「The mutagenic forces shaping the genomes of lung cancer in never smokers」
28地域・871人の非喫煙者肺がんを全ゲノム解析したSherlock-Lung研究の原著論文。大気汚染、TP53、SBS4などとの関連を報告。
https://www.nature.com/articles/s41586-025-09219-0

国立がん研究センター「非喫煙者に多く発生するEGFR変異を持つ肺がん」
東アジアの非喫煙女性を対象にした研究。EGFR変異型肺腺がんと遺伝的な個人差、日本・東アジアでの特徴を解説。
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2024/1223/index.html

国立がん研究センター「肺がん統計」
日本では2023年に12万3989例が新たに診断され、2024年に7万5569人が死亡したとの最新統計。
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/12_lung.html

国立がん研究センター「肺がん 予防・検診」
喫煙、受動喫煙、アスベストなど、日本で確認されている主な肺がんリスクについての一般向け解説。
https://ganjoho.jp/public/cancer/lung/prevention_screening.html

国立がん研究センター「肺がん検診ガイドライン2025年版」関連情報
重喫煙者に対する低線量CTの推奨と、重喫煙者以外では死亡率減少効果の根拠がまだ不十分であること、過剰診断などの問題を解説。
https://ganjoho.jp/med_pro/cancer_control/screening/screening_lung.html

厚生労働省「令和8年度重喫煙者に対する低線量CTによる肺がん検診実証事業」
2026年度に小樽市、柏市、横浜市、小諸市、飯山市を採択して進められている低線量CT肺がん検診の実証事業。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/newpage_69640.html

環境省「令和6年度 大気汚染状況について」
日本国内のPM2.5環境基準達成率や年平均濃度の最新公表値。一般局99.5%、自排局100%の達成率を報告。
https://www.env.go.jp/press/press_04765.html

Reddit・非喫煙者肺がんに関する公開投稿
「一度も喫煙していないのになぜ肺がんになったのか」という患者の戸惑いや、非喫煙アジア人女性・EGFR変異、検診への不安など、SNS反応の参考とした投稿。個人の体験談であり医学的根拠そのものではない。
https://www.reddit.com/r/cancer/comments/17d4hjc
https://www.reddit.com/r/lungcancer/comments/186rjqt
https://www.reddit.com/r/science/comments/1ih87qs