官僚主義削減でドイツ経済が大躍進?「2億5,000万時間」行政改革の試算が日本に問うこと

官僚主義削減でドイツ経済が大躍進?「2億5,000万時間」行政改革の試算が日本に問うこと

同じ会社名や住所を何度も入力する。提出済みの証明書を、別の窓口から再び求められる。申請の中身より、添付書類をそろえることに時間がかかる。

一つひとつは小さな手間でも、社会全体で積み重なれば膨大な時間になる。その時間を取り戻すことに、どれほどの経済効果があるのか。ドイツで報じられた研究は、行政手続きの改革を「働く時間の使い道」という視点から考える材料になる。

ただし、効率化は誰にとっても直ちに利益になるわけではない。研究には、短期的な失職の可能性も盛り込まれている。日本が参考にすべきなのは、大きな経済効果の数字だけでなく、その効果を実現するまでの道筋だ。


手続き負担を25%減らすと、何が起きるのか

BUSINESS-PANORAMAが2026年9月29日に配信したdts通信の記事によると、研究は、ドイツの官僚的・事務的な負担を4分の1減らせば、2億5,000万時間の労働時間が解放され、5年以内に実質的な経済活動の規模が420億ユーロ増える可能性を示した。

研究者は、研究開発型製薬企業の業界団体に所属するクラウス・ミヒェルゼン氏、ジーモン・ユンカー氏と、ベルリン技術経済大学のフェルディナント・フィヒトナー氏。ドイツ経済紙ハンデルスブラットが研究を取り上げたという。

ここでいう負担の削減は、公務員の人数を一律に25%減らすという意味ではない。企業などが手続きに費やす労力を減らし、そこで働く人を、より生産的な仕事に振り向けるという考え方だ。

また、420億ユーロは政府の歳出削減額でも、企業の利益増加額でもない。報道が伝えるのは経済全体への効果であり、すでに実現した成果ではなく、一定の条件に基づく試算である。

元記事の短い説明だけでは、2億5,000万時間の集計期間やモデルの詳細まで確認できない。「毎年必ずこれだけ浮く」「日本にも同じ割合で当てはまる」と読み替えることはできない。


効率化の先に、失職のリスクもある

研究が示す移行過程は、単純な成功物語ではない。

手続きが減ると、企業内で必要な作業量も減る。新しい業務や需要がすぐに生まれなければ、人員が余る可能性がある。報道によれば、最初の2年間に最大2万3,000人が職を失うおそれがあるという。

一方、長期的には、価格低下と実質所得の増加が消費や投資を刺激するとされる。特に大きな増加が見込まれるのは個人消費で、180億ユーロの拡大が示された。ミヒェルゼン氏は、2030年末以降に緩やかな好況局面が始まる可能性に言及している。

ここで重要なのは、「作業がなくなること」と「別の仕事で能力を発揮できること」の間には距離があるという点だ。

書類確認を担当していた人が、翌日から営業や開発、介護などの仕事に移れるとは限らない。必要な技能も、勤務地も、待遇も違う。時間を削減する計画と、人の移行を支える計画を一緒に設計してこそ、効率化の利益が広がる。


日本が考えたいのは、採用の前に減らせる仕事

日本の職場に引き寄せると、この議論は「人を増やす前に、減らせる作業はないか」という問いになる。

例えば、少人数の会社で経営者が申請書の作成に追われているとする。必要書類の確認や転記が減れば、その時間を顧客対応、商品改善、従業員の育成に使える。大企業のように専任部署を置けない職場ほど、数時間の削減が仕事の進め方を変える可能性がある。

ただし、これはドイツの研究から日本への示唆を考えたもので、日本での効果を数値的に予測したものではない。

日本で成果を測るなら、「オンライン化した手続きの件数」だけでは足りない。申請者が準備にかける時間、同じ情報を入力する回数、差し戻しの回数、窓口への移動、処理結果を待つ日数まで見る必要がある。

申請画面を作っても、添付書類を別の窓口で取得し、印刷し、再びスキャンして送るなら、負担の中心は残っている。


「紙を画面にする」から「一度出せば済む」へ

日本でも、この問題に対応する仕組みづくりは進められている。

デジタル庁が整備を進めるベース・レジストリは、住所や法人名称など、複数の制度で参照する基礎情報のデータベースだ。同庁は、一度提出された情報を再び提出しなくてよい「ワンスオンリー」の実現につなげるとしている。

改革の価値は、申請書の見た目が新しくなることより、利用者が同じことを繰り返さずに済む点にある。

例えば、行政が適切に参照できる情報まで申請者に毎回入力させる必要があるのか。別の機関が保有する情報を確認するために、本人が証明書を運ぶ必要があるのか。こうした問いから手続きを組み直すことが、実際の負担軽減につながる。

もちろん、情報を連携すれば何でもよいわけではない。誰が何の目的で情報を見るのかを明確にし、誤りの訂正や不正利用への対応も用意する必要がある。使いやすさと信頼性を同時に高めることが、改革を定着させる条件になる。


SNSに見える不満は「同じ書類を、なぜまた?」

今回の試算そのものに対するSNSの反応は、確認できた範囲では十分に集められなかった。ここでは、関連する背景として、ドイツの行政手続きをめぐる既存のReddit投稿を紹介する。今回の報道への直接反応でも、世論全体を代表する調査でもない。

 

「German bureaucracy is no joke」というスレッドでは、EUブルーカードの手続きを進める投稿者が、すでに複数回提出した書類を再び求められたと訴えていた。投稿者の体験談であり、行政側の事情は確認できないが、重複提出への不満が具体的に表れている。

コメントには、職員数の多さを問題にする意見がある一方で、業務量に対して人が足りず、人数を減らす前に作業を減らすべきだという反論もあった。

さらに、普段の手続きはオンラインで済み、役所に行く機会は少ないという利用者の声も見られた。必要になる手続きや本人の立場によって、行政の使いやすさへの評価は異なる。

この議論から読み取れるのは、職員数だけで問題を説明することの難しさだ。負担を感じる人がどこでつまずき、何を何度繰り返しているのか。改革の出発点は、その具体的な経験を調べることにある。


「お役所仕事をなくせ」だけでは進まない

元記事は、改革の難しさを扱う別の研究にも触れている。

社会学者シュテファン・キュール氏は、ローマン・ヘルツォーク研究所向けの研究で、1950年代以降の官僚制批判を六つの波として検討したという。改革には大きな労力が注がれても、十分に進まない例があったとされる。同氏は、官僚制を一律に悪者にする批判をいったん控えるよう提案している。

日本でも、こうした視点は有用だ。

記録や審査には、不正を防ぐ、扱いの公平性を保つ、事故の経緯を検証するといった役割がある。面倒に見える手続きのすべてが不要とは限らない。一方で、過去の事情から増え続け、目的が曖昧になった確認作業も点検する必要がある。

問うべきなのは、その作業が何を守っているのか、同じ目的をもっと少ない負担で達成できないかということだ。


取り戻した時間を、誰のために使うのか

ドイツの試算を日本の改革に生かすなら、三つの視点が必要になる。

第一に、削減対象を具体化すること。重複入力、証明書の取り直し、形式だけの確認など、利用者と担当者の時間を消費する工程を見つける。

第二に、負担を別の人へ移していないかを確かめること。窓口業務が減っても、申請者が複雑な操作を背負えば、社会全体の効率化になったとは言い切れない。

第三に、浮いた時間と人材の使い道を準備すること。配置転換や研修、相談対応の充実など、削減後の働き方まで考える必要がある。

2億5,000万時間という数字は大きい。しかし、その時間が価値を生むかどうかは、手続きが消えた後に何ができるようになるかで決まる。

日本が目指したいのは、申請する人が本来の仕事や生活に戻れ、行政の担当者も必要な支援に力を注げる仕組みだ。書類を減らす改革の成否は、減らした枚数より、取り戻した時間の使い道に表れる。


出典URL

  1. BUSINESS-PANORAMA/dts通信(2026年9月29日)
    労働時間、経済効果、短期的な失職の試算、キュール氏の研究に関する記述。
    https://business-panorama.de/news.php?newsid=6713079

  2. デジタル庁「ベース・レジストリ」
    日本の基礎情報整備と、同じ情報の再提出を不要にするワンスオンリーの説明。
    https://www.digital.go.jp/policies/base_registry

  3. Reddit「German bureaucracy is no joke」
    ドイツの行政手続きに関する既存の利用者投稿とコメント。重複提出への不満、人員をめぐる意見の対立、オンライン手続きへの異なる評価を参照。今回の研究への直接反応ではない。
    https://www.reddit.com/r/germany/comments/1rvby91/german_bureaucracy_is_no_joke/