人類の代謝が地球に与える影響:人間の体が生み出すCO₂、30年で74%増加。その数字が伝える本当のこと

人類の代謝が地球に与える影響:人間の体が生み出すCO₂、30年で74%増加。その数字が伝える本当のこと

人類の呼吸でCO₂が年間20億トン——それでも「息をするのが悪い」ではない理由

駅まで歩く。昼食を食べる。仕事をする。夜になれば眠る。私たちの体は、その間も休まずエネルギーを使い続けている。

この生命活動に伴って生まれるのが、二酸化炭素(CO₂)だ。一人ひとりの体が生み出す量を世界中で合計すると、どれほどになるのだろうか。

英バース大学が主導した研究は、その規模を2015年時点で年間20.5億トンと推計した。1985年の11.8億トンから、30年間で約74%増えたという。

驚くような数字だ。しかし、このニュースを「人間は呼吸するだけで地球を汚している」と受け取ると、研究の大事な部分を見落としてしまう。

焦点は、人間の存在を排出源として責めることではない。食べ物、体、大気の間を移動する炭素を、これまでより精密に捉えることにある。


「年間20.5億トン」は、いつの数字なのか

まず確認しておきたいのは、研究の発表時期と、数字が表している時期の違いだ。

研究は2026年に発表されたが、年間20.5億トンという値は2015年についての推計である。2026年現在の世界人口の呼吸を測って、そのまま合計した数字ではない。

対象となったのは1985年から2015年までの変化だ。人間の代謝によるCO₂生成量は、この間に年間約8.7億トン増えた計算になる。

また、ここでいう代謝は、運動中だけに起きるものではない。体温を保ち、心臓を動かし、体のさまざまな働きを維持するために、食べ物に含まれる栄養素を利用する過程も含まれる。

つまり、これは暮らしの中の特定の行動だけを評価した数字ではなく、人間の生命活動に伴う炭素の流れを捉えようとした研究なのだ。


世界中の人の呼吸を、どうやって推計したのか

もちろん、研究チームが全人類に測定装置を取り付けたわけではない。

研究者が活用したのは、日常生活を送る人々の代謝を調べた測定データだ。研究者本人の公開説明によると、6,756人分の「二重標識水法」による測定と、世界の人口や体重に関するデータを組み合わせている。

二重標識水法とは、水素と酸素の安定同位体を目印として使い、体内での動きを追う方法である。体から失われる速さの違いを利用して、CO₂の生成量やエネルギー消費量を推定できる。

この方法の利点は、日常生活の中でのエネルギー消費を調べられることだ。実験室で短時間だけ測る場合とは異なる形で、人の暮らしと代謝を結び付けられる。

今回の研究は、こうした個人の測定を世界規模の人口情報へつなぐことで、全体像を描いている。

ただし、実測データを基にしていても、世界全体の値はモデルによる推計だ。あらゆる地域の住民を同じ条件で直接測った結果ではない。この違いは、数字の精密さを考えるうえで押さえておきたい。


74%増えた最大の理由は「人数が増えたこと」

CO₂が30年間で約74%増えたと聞くと、一人ひとりの体が以前より大量のエネルギーを消費するようになったのかと思うかもしれない。

しかし、研究で示された中心的な要因は人口増加だった。増加分の6割超が、世界の人口が増えたことに由来するとされる。

ここでいう「6割超」は、CO₂の総量の6割という意味ではない。1985年から2015年までに増えた分のうち、人口増加によって説明される割合である。

研究者の説明では、体重の増加も寄与したが、その影響は人口増加より小さい。

この結果を、特定の体格の人に環境上の責任を負わせる話へつなげるのは適切ではない。研究が扱っているのは集団全体の炭素の流れであり、個人の生活態度や価値を判定するものではないからだ。

世界全体の合計値を読むときには、「一人当たりの変化」と「人数の変化」を分ける。この基本が、今回も重要になる。


同じCO₂なのに、なぜ化石燃料とは違うのか

呼吸で出るCO₂も、石油や石炭を燃やして出るCO₂も、分子としては同じである。呼吸由来だから、特別な性質に変わるわけではない。

違うのは、そこに含まれる炭素が、どこから来たのかという点だ。

私たちは食べ物を通じて炭素を取り込む。その炭素は、食物連鎖をたどれば、主に植物が光合成によって比較的最近、大気から取り込んだものにつながる。

植物が取り込み、食べ物となり、人間の体を通って、再び大気に戻る。呼吸は、この比較的短い時間で進む炭素循環の一部なのだ。

一方、化石燃料の燃焼では、地下に非常に長い間蓄えられていた炭素を取り出し、大気へ放出する。

したがって、両者の排出量を横に並べて、そのまま同じ温暖化への寄与や責任を割り当てることはできない。

呼吸について考えるなら、その前段階にある植物の吸収も含めて見る必要がある。出口だけを数え、入口を忘れると、炭素の収支を読み違えてしまう。


「炭素が動く量」と「大気に増える量」は別の話

今回の研究を理解する鍵は、「大量のCO₂が生まれる」ことと「その量だけ大気中のCO₂が純増する」ことを区別することだ。

たとえば、水槽に水が入り、同時に水が出ていく場合を考えてみよう。出口から流れた量だけを見ても、水槽の水位がどれだけ上がったかは分からない。入口からの流入と、出口からの流出の両方が必要になる。

炭素についても、似た見方が求められる。

人間の体を通じて動く炭素が大きな量になることは、循環を記述するうえで重要だ。しかし、それはそのまま、新たな温暖化要因が20.5億トン見つかったという意味ではない。

研究者が目指しているのは、炭素がどこからどこへ移るのかを、より詳しく描くことだ。特に人口が集中する都市では、人々の代謝に由来するCO₂も、地域の炭素の動きを理解する一つの要素になる。

「排出源として把握する」ことと「削減対象として扱う」ことは、同じではない。


SNSでは何が語られている? 研究者が強調した点

今回の研究について、公開情報として確認できたSNS上の発信には、研究を主導したハビエル・ゴンザレス教授のLinkedIn投稿と、それを再共有したバース大学の研究センターの投稿がある。

ゴンザレス教授は研究結果を紹介するとともに、代謝によるCO₂が生物由来であり、光合成で最近取り込まれた炭素を循環させるものだと説明している。化石燃料の炭素を新たに大気へ加える場合との違いを、SNSでも明確にしていた。

研究センターも、人間の代謝が地球全体のCO₂生成にどう関わるかという問いを提示し、論文を紹介している。

ただし、これらは研究者・研究機関による発信であり、一般読者の賛否を代表するものではない。今回の研究に直接反応した一般ユーザーの投稿は、確認できた公開情報だけでは十分に把握できなかった。

そのため、「SNSで批判が殺到」「呼吸への課税を心配する声が続出」といった反応を、実際に確認した事実として紹介することはできない。

確認できる発信から読み取れるのは、研究者側が、数字の大きさだけでなく「炭素の由来」を一緒に伝えようとしていることだ。この説明こそ、見出しだけでは抜け落ちやすい重要な部分である。


日本の読者が気を付けたい、三つの読み違い

このニュースは、日本でも「年間20億トン」という部分だけが切り取られると、意味が大きく変わってしまう。

一つ目は、「呼吸を減らせば環境に良い」という読み違いだ。

研究チームは、呼吸が問題だとは述べていない。研究を根拠に運動を控えたり、食事を変えたりするよう勧めてもいない。生命活動の測定と、行動を制限する提案は別の話である。

二つ目は、「世界人口が増えたのだから、気候変動は人数だけの問題だ」という読み違いだ。

今回推計したのは人間の代謝によるCO₂であって、交通、発電、産業などを含む社会全体の排出ではない。研究対象を越えて、気候変動の原因を一つに絞り込むことはできない。

三つ目は、「呼吸が循環の一部なら、食生活に関わる排出もすべて気にしなくてよい」という読み違いだ。

体の中で食べ物を代謝することと、食べ物を生産し、加工し、運ぶことは、対象となる過程が異なる。呼吸の炭素についての説明だけで、食料を届ける仕組み全体の環境負荷を結論付けることもできない。

大切なのは、何を測った数字なのか、その数字から何が言えるのかを、一つずつ分けて考えることだ。


「どれだけ出たか」の次に、「どこから来たか」を

20.5億トンという推計は、人間の体も地球の物質循環の中にあることを、目に見える規模で示している。

食卓に並ぶ食べ物は、私たちの体を動かし、その一部の炭素は呼吸を通じて大気へ戻っていく。日々の何気ない営みは、植物や土壌、空気と切り離されていない。

だからこそ、この研究の面白さは「呼吸まで悪者になった」という話にはない。身近すぎて意識しない生命活動を、地球規模の炭素の流れとして捉え直したところにある。

CO₂のニュースを読むときは、量の大きさに注目した後で、もう一つ問いを加えたい。

その炭素は、どこから来て、どこへ戻るのか。

そこまで見て初めて、巨大な数字が何を意味しているのかが分かってくる。


出典・参考資料

  1. Phys.org: 研究の概要、1985〜2015年の推計、人口増加の寄与、呼吸と化石燃料の違いを紹介。
    https://phys.org/news/2026-10-human-metabolism-billion-metric-tons.html

  2. バース大学:研究機関による公式発表。 数値の意味、研究の目的、呼吸や運動を減らすことを求める研究ではないという説明の確認に使用。
    https://www.bath.ac.uk/announcements/human-metabolism-produces-two-billion-tonnes-of-co2-a-year-global-study-finds/bath.ac.uk

  3. The Lancet Planetary Health:原著論文。 論文名は「Accounting for global carbon dioxide production from human metabolism between 1985 and 2015: a modelling study」。公開書誌情報・取得できた要旨を参照。
    https://doi.org/10.1016/j.lanplh.2026.101546ScienceDirect

  4. バース大学の栄養・運動・代謝研究センターのLinkedIn公開ページ。 研究者本人の投稿と研究機関による共有を確認。6,756人の測定データ、人口増加の寄与、生物由来の炭素についての説明を参照。一般ユーザーの反応集計ではない。
    https://uk.linkedin.com/company/cnem-bathLinkedIn

  5. 国際二重標識水データベース:測定方法の説明。 安定同位体を用いてCO₂生成と日常生活のエネルギー消費を調べる方法の補足に使用。
    https://www.dlwdatabase.org/