若者の未来を質入れ? ― トランプ減税法案が招く世代間“富の大移動”

1. はじめに

6月25日午前9時。ワシントンD.C.の国会議事堂を覆う湿った夏の空気の下、共和党指導部は「One Big Beautiful Bill（OBBB）」の上院最終案を公表した。1,314ページに及ぶ法案は、2017年に期限付きで導入されたTax Cuts and Jobs Act（TCJA）を恒久化しつつ、新たにチップ・残業代非課税、65歳以上の標準控除4,000ドル上乗せ、相続税控除2,000万ドルへの拡張などをパッケージ化している。支持派は「中間所得層を救う」と胸を張るが、独立系シンクタンクはこぞって**「若年層から高齢者への富の移転」**を警告する。infomoney.com.br

2. 法案の骨子と数字で見る恩恵

• 高齢者優遇：社会保障給付の課税対象額縮小、医療費控除のフロアを7.5%→5%に引き下げ。

• 富裕層優遇：SALT上限緩和、パススルー所得控除の期限撤廃、相続税基礎控除2000万ドル。

• 若者・低所得層負担：Medicaidマッチング率最大7pt減、学資援助税額控除の上限引き下げ。
  ペン・ウォートン・バジェット・モデルによると、40歳中央値所得者は生涯で7,500ドルの損失、70歳同所得者は17,500ドルの利益を得る。負担格差の7割は国債増発に伴う金利上昇が原因だ。reuters.com

3. 財政赤字と“Old Age Premium”

連邦債務残高は既に36.2兆ドル（GDP比135%）。OBBB成立で10年以内に40兆ドル台へ膨張する。CBO想定シナリオでは2035年度の利払い費が1.3兆ドルに達し、連邦予算の19%を飲み込む。市場は早くも反応し、骨子発表直後に30年債利回りが20bp急騰、「若者の将来を担保に取った減税」と揶揄された。washingtonpost.com

4. 若年層の家計を直撃する三重苦

1. 住宅ローン金利：2055年に初めて家を買う30歳世帯の年間返済額＋4,000〜6,000ドル。

2. 学資ローン：補助縮小と金利市場連動で返済期間+3年。

3. 出産費用：Medicaid補助減で年間8万件が自己負担増。「子どもを持つ余裕がない」という投稿が“#NoFutureDebt”で40万件以上リポストされた。devdiscourse.com

5. 高齢者が得る“隠れた年金”

AARPは表向き「世代間公平」を掲げつつ、会員向けブリーフで「介護インフレヘッジの好機」と評価。ニューヨーク在住68歳男性は「年金を投資に回せる」とXで発信し4万いいね。Truth Socialには「チップ非課税はブルーカラー救済」との投稿が並び、賛否が世代よりイデオロギーで割れる構図が浮き彫りだ。theguardian.com

6. 上院での攻防―“赤字は成長で相殺”は本当か

6月24日の上院財政委公聴会。民主党エリザベス・ウォーレンは「富裕層と高齢者への白紙小切手」と批判。対するテッド・クルーズは「実質成長率+1ptで相殺」と反論。しかしCBOは潜在成長率押し上げ効果を+0.2ptと試算し、ギャップは依然3,800億ドル。共和党の財政保守派すら沈黙を貫く背景には、翌年予備選での「トランプ支持度テスト」があると言われる。reuters.com

7. SNSが映す世代間分断

• X（旧Twitter）：“#TrumpTaxScam2”がトレンド1位。「祖父母は得、孫は負担」の投稿が数十万件拡散。

• Reddit：/r/politicsで「1票差で通過＝世代間戦争」と題したスレが3.1万アップボート。

• Truth Social：保守系インフルエンサーが「チップ非課税＝若者応援」と強調し支持を固める。
  ジャーナリストのマシュー・イグレシアス氏は「Direct File潰しとセットなら若者の損失はさらに拡大」と指摘。投稿は1時間で1.2万リポストを獲得した。theguardian.com

8. 専門家の視点

• ジェシカ・リードル（マンハッタン研究所）：「若年層の消費縮小が株価を押し下げ、高齢者の資産効果も相殺される」

• ジョン・リッコ（イェール・バジェット・ラボ）：「住宅ローン追加負担は中流家庭の資産形成を遅らせ、社会保障の財源不足を加速」

• ラーズ・サージェント（シカゴ大）：「世代契約（世代間保険）を逆転させる制度は長期的に社会のリスク分散機能を失わせる」

9. 国際比較と日本への示唆

高齢化と財政赤字は日本も直面する課題だ。消費税の逆進性を緩和しないまま年金給付を維持すれば、OBBBと同様に若年層へ負担が転嫁される。米国の議論は対岸の火事ではなく、「成長で逃げ切る」か「分配と負担を再設計する」かを迫るリトマス試験紙となる。

10. 結論―世代連帯の再構築へ

OBBBは成立すれば米史上最大級の世代間再分配となる。だが可視化された不公平は、逆に世代を超えた対話の契機にもなり得る。若者の「未来への投資」と高齢者の「安定した老後」を両立させるためには、単なる給付削減や減税競争ではなく、教育・研究開発・育児支援といった成長投資を軸に再設計する必要がある。SNSで噴出した怒号を熟議へと変えられるか――それこそがアメリカ、ひいては先進国共通の課題だろう。