TikTokを知らないおばあちゃんが、なぜバズるのか 鍵は「飾らない台所」にあった

TikTokを知らないおばあちゃんが、なぜバズるのか 鍵は「飾らない台所」にあった

“バズるおばあちゃん”が教えてくれる、SNS時代に本当に求められているもの

スマートフォンの画面を開けば、完璧に整えられた料理動画がいくらでも流れてくる。白い皿、無駄のない手元、テンポよく切り替わるカット、最後に湯気の立つ完成品。いまや料理は「作るもの」であると同時に、「見せるもの」でもある。

だが、ドイツで人気を集めているある料理動画は、そうしたSNSの定番とは少し違う。舞台は派手なスタジオではなく、レックリングハウゼンの家庭の台所。主役は最新トレンドに詳しいインフルエンサーではなく、79歳の祖母アンネマリーさん。そしてカメラを向けるのは、37歳の孫娘ヴァネッサさんだ。

動画の中でアンネマリーさんは、昔ながらの家庭料理を淡々と作る。パン粉をつけるときの考え方、赤キャベツの煮方、澄んだスープにするためのひと手間。レシピ本には短くしか書かれないような小さな知恵が、手元の動きや何気ない説明の中に詰まっている。

視聴者が惹かれているのは、料理そのものだけではない。そこにあるのは、祖母の台所に入れてもらったような感覚だ。きれいに作り込まれた動画ではなく、少し不器用で、少し生活感があり、でも妙に安心する。その“自然さ”こそが、彼女たちの最大の魅力になっている。


始まりは、祖母のクルステンブラーテンだった

この人気は、最初から狙って作られたものではなかった。

きっかけは、アンネマリーさんが作るクルステンブラーテン。ドイツの伝統的なローストポーク料理で、皮を香ばしく仕上げるのが特徴だ。ヴァネッサさんは、祖母の得意料理をただ紙のレシピとして残すのではなく、手順や雰囲気ごと記録したいと考えた。

そこでスマートフォンを構え、肉の下ごしらえや塩の振り方、調理の流れを撮影した。特別な演出をしたわけではない。祖母がいつものように作り、孫がそれを撮っただけだった。

ところが、その動画をTikTokに投稿すると、予想を超える反応が起きた。クルステンブラーテンの動画は短期間で数百万回規模の再生を記録し、多くの人がアンネマリーさんの台所に引き寄せられた。

SNSで成功するには、企画力、編集技術、トレンド分析が必要だと思われがちだ。もちろん、それらは重要だ。しかし、この動画が示したのは、真逆の可能性だった。作り込まれていないもの、本人がSNSの仕組みに詳しくないもの、狙いすぎていないものが、むしろ強く届くことがある。

アンネマリーさん自身は、TikTokやInstagramが具体的にどういうものなのか、深く理解しているわけではないという。それでも彼女は、自分の知っていることが「インターネットのどこか」にいる誰かの役に立つならうれしい、という姿勢で料理を続けている。

その距離感がいい。SNSで成功したいから料理をしているのではなく、料理をしていたらSNSで愛された。ここに、視聴者が敏感に感じ取る誠実さがある。


“映え”よりも“暮らし”が見たい人たち

SNSの料理動画には、長く「映えること」が求められてきた。美しい断面、鮮やかな色、意外な食材の組み合わせ、短時間で完成する驚き。視覚的な刺激が強ければ強いほど、スクロールする手を止めやすい。

しかし、アンネマリーさんとヴァネッサさんの動画にある魅力は、そうした刺激とは違う。むしろ逆だ。視聴者は、派手な料理ではなく、日々の食卓に近い料理を見ている。特別な日にだけ作るごちそうではなく、家族のために何度も作られてきた味。手際の中に経験があり、言葉の端々に生活がある。

たとえば、調理道具も特別に高級なものばかりではない。長く使ってきたミルや、キッチンばさみ、普段使いの鍋。そこには「撮影用の台所」ではなく、「本当に使われている台所」の気配がある。

この生活感は、いまのSNSではかえって新鮮に映る。多くのコンテンツが洗練され、整えられ、見る側もどこかで「これは見せるために作られている」と分かっている。その中で、アンネマリーさんの自然体は、予定調和を崩す。

専門家が指摘するように、高齢のクリエイターや世代をまたいだ動画が支持される理由の一つは、SNSの一般的な仕組みに対して少し“ズレ”ていることにある。流行を追いすぎない。カメラを意識しすぎない。きれいに見せようとしすぎない。そのズレが、逆に信頼感になる。

「これは本物っぽい」ではなく、「これは本物だ」と感じられること。SNSにおいて、それは非常に強い価値になっている。


コメント欄に集まる“オンラインの孫たち”

彼女たちの動画につく反応は、単なる「おいしそう」という感想にとどまらない。

もちろん、料理への反応は多い。昔ながらのレシピを懐かしむ声、作り方をまねしたいという声、祖母や母の味を思い出すという声。Instagramのプロフィールでも、彼女たちは「祖母と孫娘の台所」「笑い、思い出、おいしい食事」といった世界観を打ち出している。検索結果で確認できる投稿の断片からも、家庭料理や昔の暮らしの知恵に反応する人が多いことがうかがえる。

一方で、元記事で印象的なのは、視聴者の感情的な反応だ。なかには、動画を見て泣いたという人もいる。ヴァネッサさんには、祖母の料理を食べたいからという理由で冗談交じりの結婚申し込みのような反応も届くという。

この反応は、料理動画への反応というより、家族の記憶への反応に近い。

現代では、親や祖父母と同じ地域で暮らす人ばかりではない。進学、就職、結婚、移住によって、家族は物理的に離れやすくなった。祖母の家に行けば台所からいい匂いがして、何かを食べさせてもらえる。そんな記憶を持つ人にとって、アンネマリーさんの動画は、画面越しにその場所へ戻る入口になる。

一方で、そうした記憶を十分に持たない人にとっても、動画は「こんな祖母がいたらいいな」という疑似体験になる。記事では、こうした存在が“仮想の祖父母”のように受け止められていることが示されている。これは単なる比喩ではない。SNSが人間関係を薄くするだけでなく、時に新しい親密さを生むことを示している。

興味深いのは、彼女たちの視聴者の中には、アンネマリーさんのゆっくりした話し方を通じてドイツ語を学んでいる人もいるという点だ。料理、家族、言葉、記憶。短い動画の中で、それらが自然に結びついている。


好意だけではない、細かすぎる視線と批判

もちろん、SNSで注目されるということは、温かい反応だけを受け取るという意味ではない。

コメント欄には、細かな指摘も集まる。味見に使ったスプーンは同じではないか、途中で映っている器が変わっていないか、昔の料理として紹介しているのにその調味料は当時あったのか。視聴者は驚くほど細かい部分まで見ている。

これは、SNS時代の宿命でもある。動画は親密さを生む一方で、監視にも近い視線を呼び込む。家庭の台所で起きていることが、数十万、数百万の目にさらされる。少しの矛盾や違和感が、コメントの材料になる。

さらに、批判が向かうのは主にヴァネッサさんだという。祖母を手伝っていない、楽をしている、というような見方をされることがある。しかし実際には、アンネマリーさんは自分で動きたい人で、台所を任されるより自分でやったほうが納得できるタイプでもある。視聴者は、動画に映っている一部だけを見て判断してしまう。

この構図は、多くの家族系コンテンツに共通している。見る側は、短い動画から関係性を読み取ろうとする。だが、家族にはカメラに映らない文脈がある。何十年分の関係、性格、距離感、役割分担がある。そこを知らずに「こうあるべき」と言ってしまう危うさが、コメント欄には常につきまとう。

ヴァネッサさんは、行き過ぎたコメントには対応し、必要ならブロックするという。祖母にはそうした嫌な反応を伝えないようにしている点も印象的だ。SNSでの成功は、楽しい時間の延長である一方、見えない管理や防衛の作業も伴う。祖母の自然体を守るために、孫娘が裏側で受け止めているものがある。


高齢者を“ひとくくり”にしない力

この人気が面白いのは、高齢者を単に「懐かしさの象徴」として消費していない点にもある。

アンネマリーさんは、昔ながらの料理を大切にしている。けれど、過去に閉じこもっているわけではない。記事によれば、彼女は現代的な調理家電であるエアフライヤーも愛用している。伝統料理を作る祖母が、便利な新しい道具を楽しそうに使う。その姿は、高齢者像を少し柔らかく更新する。

高齢者という言葉は、しばしば一つのまとまった集団のように使われる。保守的、デジタルに弱い、変化を嫌う。そうしたイメージは根強い。しかし実際には、一人ひとりの生活も好みも違う。伝統を大事にしながら、新しい道具を受け入れる人もいる。SNSの仕組みは分からなくても、そこで誰かに届くことを楽しめる人もいる。

アンネマリーさんの姿は、「おばあちゃんらしさ」を演じているのではなく、結果として“その人らしさ”が見えているから魅力的なのだろう。そこには、かわいらしい高齢者を眺めるだけではない、もう少し対等な関係がある。

専門家が指摘するように、こうしたコンテンツは、高齢者を一枚岩として見る視線をほどく可能性がある。高齢者もまた、経験を持ち、好奇心を持ち、誰かの役に立ちたいと思い、時には新しいものを面白がる存在だ。その当たり前のことが、SNSの中では意外な発見として受け止められている。


“役に立つ”よりも“いてくれる”ことの価値

料理動画として見れば、アンネマリーさんのコンテンツには実用性がある。レシピが分かる。コツが分かる。家庭料理の知恵が学べる。実際、彼女たちの人気は料理本の出版にもつながった。書籍では、家庭料理の定番や思い出を呼び起こすメニューがまとめられている。

だが、この現象の本質は、実用性だけでは説明できない。

なぜなら、レシピだけなら検索すればいくらでも出てくるからだ。クルステンブラーテンの作り方も、スープの作り方も、赤キャベツの煮方も、文字情報としてはすでに大量に存在する。それでも人々がアンネマリーさんの動画を見るのは、「誰が作っているか」が重要だからだ。

彼女は、効率よく料理を教える講師というより、台所にいてくれる人に近い。何かを急かさない。大げさに盛り上げない。いつもの調子で、目の前の食材に向き合う。その姿を見ることで、視聴者は単に料理を学ぶのではなく、安心する。

SNSは、情報を得る場所であると同時に、感情を調整する場所でもある。疲れたときに見る動画、眠る前に流す動画、孤独なときに開くアカウント。アンネマリーさんとヴァネッサさんの台所は、多くの人にとって、そうした“戻ってこられる場所”になっているのかもしれない。

だからこそ、コメントには懐かしさや感謝が集まる。料理がおいしそうだから見るのではなく、そこにある空気ごと味わいたくなる。これは、いまのSNSにおいて非常に強い支持の形だ。


孫娘が撮るからこそ生まれる距離感

もう一つ見逃せないのは、撮影者が孫娘であることだ。

プロの制作チームが撮る祖母の料理動画だったら、ここまでの親密さは出なかったかもしれない。ヴァネッサさんが撮るからこそ、アンネマリーさんは自然体でいられる。カメラを強く意識せず、普段の延長で料理ができる。

一方で、ヴァネッサさんはただ撮っているだけではない。SNSに投稿し、反応を見て、コメントを管理し、必要に応じて祖母を守る。仕事を終えた後や週末に撮影しているという点からも、これは気軽な遊びであると同時に、かなりの労力を伴う活動だ。

祖母の知恵と、孫娘のデジタルの橋渡し。その組み合わせが、二人のコンテンツを成立させている。アンネマリーさん一人では、SNSに投稿するところまで行かなかったかもしれない。ヴァネッサさん一人では、ここまで深い郷愁や信頼感を生む料理動画にはならなかったかもしれない。

世代間の違いは、しばしば断絶として語られる。だが、この二人の場合、その違いが役割分担になっている。祖母は料理を作り、孫は記録して届ける。古い知恵と新しいメディアが、台所で自然につながっている。


なぜ今、“祖母の台所”が求められるのか

この現象は、単に一組の人気アカウントの話ではない。背景には、いまの社会が抱える感情の不足がある。

私たちは、かつてないほど多くの情報に触れている。料理の知識も、生活の知恵も、動画一本で手に入る。だが、知識が増えるほど、逆に「誰かから教わる」という体験は薄れている。検索結果は答えをくれるが、思い出はくれない。短い解説動画は便利だが、家族の声までは再現できない。

アンネマリーさんの動画が満たしているのは、その空白だ。料理を通じて、誰かの経験が伝わってくる。正確さだけでなく、手の感覚、暮らしのリズム、食べる人への思いが伝わってくる。

また、SNSそのものへの疲れも関係しているだろう。完璧な暮らし、完璧な美容、完璧な食事、完璧な家族。そうした投稿に触れ続けると、人はどこかで疲れてしまう。だからこそ、不完全で、生活感があり、でも温かい動画に救われる。

アンネマリーさんは、SNSの勝ち方を研究して成功したわけではない。むしろ、SNSの外側にあった価値が、たまたまSNSに乗ったことで可視化された。それは、家族の記憶、手作りの料理、誰かに食べさせる喜び、年を重ねても役割を持つことの充実感だ。


バズの先に残るもの

彼女たちの活動がいつまで続くのかは、アンネマリーさん次第だという。もし本人がやめたいと言えば、それで終わり。ヴァネッサさんは、その時間を何より大切にしている。

この姿勢もまた、支持される理由の一つだろう。数字が伸びたから続ける、収益化できるから続ける、という発想だけではない。祖母が楽しめること、二人の時間が守られることが優先されている。

SNSでは、バズった瞬間からコンテンツは消費され始める。もっと投稿してほしい、もっと見たい、次は何を作るのか。視聴者の期待は増え、アルゴリズムは継続を求める。だが、アンネマリーさんとヴァネッサさんの動画の価値は、そうした圧力に飲み込まれないところにある。

祖母がいつものように料理をする。孫がそれをそばで撮る。誰かがそれを見て、少し懐かしくなり、少し元気になる。そのくらいの距離感が、このコンテンツには合っている。

料理動画は、食べ物を見せるものだと思われてきた。しかし、彼女たちの動画が見せているのは、食べ物だけではない。世代を超えて受け継がれる時間、家族の会話、暮らしの手触り、そして「誰かの役に立てる」という年齢を超えた喜びだ。

SNSで本当に人の心を動かすのは、必ずしも最新の編集技術や派手な演出ではない。ときには、台所で祖母がゆっくり料理をする姿のほうが、何百万回もの再生に値する。

アンネマリーさんが教えてくれるのは、レシピだけではない。自然体でいること、誰かに食べさせること、知っていることを分け合うこと。そして、家族の何気ない時間が、思っている以上に尊いということだ。



出典・参考URL

Tagesspiegel「Soziale Medien: Erfolgsrezept Natürlichkeit: Wenn Oma viral geht」
アンネマリーさんとヴァネッサさんの料理動画、SNSでの反応、専門家コメント、活動の経緯を参照。
https://www.tagesspiegel.de/gesellschaft/panorama/soziale-medien-erfolgsrezept-naturlichkeit-wenn-oma-viral-geht-15561152.html

Instagram「Oma&Vanessa」公式プロフィール
アカウント概要、フォロワー数、投稿数、プロフィール文の確認に使用。
https://www.instagram.com/omaundvanessa/

Recklinghäuser Zeitung「Oma-Enkelin-Duo begeistert Millionen Menschen mit Hausmannskost」
地元紙による紹介記事。アカウント名、レックリングハウゼンの祖母・孫娘デュオとしての活動、クルステンブラーテンから始まった経緯の補足に使用。
https://www.recklinghaeuser-zeitung.de/recklinghausen/recklinghausen-oma-und-vanessa-instagram-tiktok-rezepte-hausmannskost-w1041700-6001007686/

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