英国では参加者が約10倍に Z世代が「バードウォッチング」に向かう理由

英国では参加者が約10倍に Z世代が「バードウォッチング」に向かう理由

通知を切ると、鳥の声が聞こえた――Gen Zが夢中になる「古くて新しい趣味」

電車を待つ数分間、信号が変わるまでの時間、注文した飲み物が運ばれてくるまでのわずかな間。私たちは無意識にスマートフォンへ手を伸ばす。

メッセージを確認し、短い動画を眺め、ニュースの見出しを追う。ひとつの投稿を最後まで読む前に次の通知が届き、画面を閉じた直後には、さっき何を見ていたのか思い出せないことさえある。

そんな情報過多の生活から距離を置く方法として、若者たちが関心を寄せている趣味がある。

バードウォッチングだ。

日本語では「野鳥観察」と呼ばれ、英語圏の愛好家は「バーディング」と表現することも多い。かつては、立派な双眼鏡と図鑑を持った年配の愛好家が楽しむ趣味という印象が強かった。しかし、そのイメージは変わり始めている。

鳥を見るために早朝の公園へ出かける若者が増え、SNSには観察した鳥の写真や動画が投稿されている。識別用アプリを使い、鳴き声から鳥の種類を調べる人もいる。

鳥を見るという極めてアナログな行為が、デジタル世代の新しい休息になっている。


約75万人の若者が鳥を観察

英国王立鳥類保護協会に関連して公表された調査によると、英国で定期的にバードウォッチングを楽しむ16~29歳は、約75万人に達したとされる。

2018年と比較すると、その増加率は1088%。単純にいえば約10倍という急激な伸びだ。調査対象となった趣味の中でも、バードウォッチングは若い世代で特に成長している分野のひとつになった。

もちろん、この数字だけで世界中のGen Zが一斉に鳥を見始めたとはいえない。英国の調査結果を、そのまま日本やドイツなど別の国に当てはめることもできない。

それでも、鳥を見る行為が「一部の熱心な愛好家だけの趣味」ではなくなりつつあることを示す材料にはなる。

背景にあると考えられているのが、自然への回帰とデジタル疲労だ。

若者はデジタル機器を嫌っているわけではない。むしろ、スマートフォンやSNSを生活の一部として使いこなしてきた世代である。だからこそ、オンラインから完全に離れるのではなく、意識的に接続を弱める時間を求めている。

バードウォッチングは、その要求に適している。

鳥を探している間は、風景をぼんやり眺めるだけでは不十分だ。木の枝が揺れた場所を確認し、草むらから聞こえる小さな音に耳を澄ませる。鳥の輪郭や飛び方、羽の色を見分けるため、自然と目の前の一つの対象に意識が集まる。

スマートフォンを「見ないように我慢する」のではない。鳥を追うことに集中した結果として、画面を見る必要がなくなっていくのである。


目的があるから、散歩が続く

自然の中を歩くことが心身によいと知っていても、ただ歩くだけでは退屈に感じる人は少なくない。

バードウォッチングには、散歩に小さな目的を与える働きがある。

「あの鳴き声はどの鳥だろう」

「今、枝の間を横切ったのは何だったのか」

「先週見た鳥は、今日も同じ場所にいるだろうか」

こうした疑問が生まれると、いつもの公園や通学路が探索の場所に変わる。遠くの自然保護区へ行かなくても、街路樹、河川敷、学校の敷地、集合住宅の庭など、身近な場所で観察できる。

最初から鳥の名前を覚える必要もない。

黒っぽい鳥、胸が赤い鳥、尾を上下に動かす鳥といった特徴を眺めるだけでもよい。種類を特定できなくても、「今日は三種類ほど違う鳥を見た」と気づければ、それまで背景だった自然が具体的な存在になる。

継続するうちに、同じ場所でも季節によって鳥が変わることが分かってくる。春には繁殖期の鳴き声が増え、夏には巣立った若鳥が現れる。秋には渡り鳥が移動し、冬には葉の落ちた枝で小鳥を見つけやすくなる。

バードウォッチングは鳥だけを見る趣味ではない。

気温、日の出の時刻、木々の変化、昆虫の増減、水辺の状態など、鳥を取り巻く環境全体へ注意を向ける入口でもある。


「見る」より先に「聞く」

初心者は、鳥を目で探そうとする。しかし実際には、姿より鳴き声が先に届くことが多い。

どこからか声が聞こえたら、すぐに動き回るのではなく、その場で立ち止まる。声の高さや間隔を確かめ、方向を推測する。枝の先、電線、建物の屋根などを順番に探していく。

この作業では、日常生活で使う機会が減った「待つ力」が必要になる。

動画の再生速度を上げることも、興味のない部分を飛ばすこともできない。鳥は人間の都合に合わせて姿を現してくれないからだ。

数分待っても何も見つからないことがある。一度だけ鳴いて、そのまま飛び去ってしまう場合もある。珍しい鳥を期待して出かけたのに、身近な鳥しか見られない日もある。

それでも、失敗とは限らない。

目的の鳥を見つけられなかったからこそ、風の音や木の葉の動きに気づくことがある。結果を急がず、その場所にとどまる時間自体が体験になる。

情報を次々に切り替える習慣とは正反対の時間だ。


研究が示したメンタルヘルスへの可能性

鳥を見ると気分が落ち着くという感覚は、愛好家だけの印象ではない。

米ノースカロライナ州立大学の研究チームは、大学のキャンパスに関係する112人を対象に、鳥の観察や自然の中での散歩が心理状態に与える影響を調べた。

参加者は、バードウォッチングを行うグループ、自然の中を散歩するグループ、通常の生活を続ける対照グループに分けられた。自然活動を行う参加者は、5週間にわたって週1回、30分を超える活動に取り組んだ。

その結果、自然の中で活動したグループでは、心理的苦痛が軽減する方向の変化が確認された。なかでも鳥を観察したグループは、主観的な幸福感の向上と心理的苦痛の減少において、特に有望な結果を示したと報告されている。

ただし、鳥を見るだけであらゆるストレスや精神的不調が解決するわけではない。調査は参加者自身の回答をもとにしており、対象者や期間も限られている。医療や専門的な支援の代わりになるものでもない。

それでも、専門施設へ行かなくても始められる自然活動に、心理面の改善を支える可能性が示された意味は大きい。

大学のキャンパスや都市公園にも鳥はいる。特別な旅行や高額な参加費を必要としないため、生活の中に組み込みやすいからだ。


高価な道具がなくても始められる

バードウォッチングという言葉から、大型カメラや高性能の双眼鏡を想像する人もいるだろう。

しかし、入門段階で高価な機材は必要ない。

最初は肉眼で十分だ。近所の公園を30分歩き、見えた鳥や聞こえた声を意識するだけで始められる。もう少し詳しく見たくなった段階で、小型の双眼鏡や図鑑を用意すればよい。

スマートフォンも完全に排除する必要はない。

鳥の鳴き声や写真から種類の候補を示すアプリは、初心者にとって有力な案内役になる。鳥の名前が分からないために興味を失うという、最初の壁を低くしてくれる。

重要なのは、スマートフォンの役割が変わることだ。

SNSや短い動画を際限なく眺めるための装置ではなく、目の前の自然を理解する道具として使われる。画面が現実から意識を奪うのではなく、現実へ戻る手助けをする。

デジタルと自然は必ずしも対立しない。使い方次第で、アプリが屋外へ出るきっかけになる。


観察記録が研究につながる

鳥を見た場所や日時、種類を記録するサービスも普及している。

世界的な鳥類観察データベースであるeBirdでは、利用者が観察結果をチェックリストとして登録できる。集められたデータは研究者や教育関係者、自然保護活動に関わる人々が利用し、鳥の分布や個体数の変化を把握する材料となる。

ドイツとルクセンブルクでは、鳥類の観察記録を集めるornitho.de/ornitho.luが運営されている。投稿されたデータを科学的な分析や自然保護に役立てるとともに、鳥に関心を持つ人々をつなぐことも目的としている。

つまり、個人の散歩中に見つけた鳥が、継続的に記録されることで市民科学の一部になる。

ただ見るだけでなく、自分の観察が大きなデータの一部になることは、参加者に達成感を与える。

SNSでは「いいね」の数によって行動の価値が測られがちだ。一方、鳥の観察記録には、注目を集めなくても蓄積される価値がある。

派手な写真を撮れなくてもよい。珍しい鳥を発見できなくても、普通の鳥が、いつ、どこに、どの程度いたのかという情報には意味がある。

この仕組みは、若い参加者が感じる自己効力感とも相性がよい。


SNSでは「やってみたい」「意外とゲーム感覚」の声

 

バードウォッチング人気を紹介するニュースや動画は、Instagram、YouTube、Facebook、Redditなどでも話題になっている。

SNS上で目立つのは、「無料で始められるのがよい」「外に出る理由になる」「鳥の識別アプリがあるので初心者でも楽しめる」といった肯定的な反応だ。

海外の鳥類観察コミュニティでは、アプリによって鳥の特定が簡単になり、ゲームのような楽しさが生まれたという意見も見られる。

見つけた種類が増えていくこと、季節によって出会える鳥が変わること、鳴き声から候補を絞ることには、確かに収集ゲームや謎解きに似た要素がある。

ただし、画面の中のゲームと違い、鳥との出会いには偶然性がある。前日と同じ場所へ行っても、同じ結果になるとは限らない。

この予測できなさが、日々の小さな楽しみになっているようだ。

また、世界情勢や将来への不安が強く、自分では多くのことをコントロールできないと感じるとき、身近な自然の美しさに注意を向けるのは理解できるという反応も投稿されている。

大きな問題を直接解決できなくても、今いる場所で鳥を探し、その声を聞くことはできる。その小さな行為が、現実との接点を取り戻す助けになるという見方だ。


「昔からある趣味を再発見しただけ」との冷静な見方も

一方で、すべての反応が新しい流行として歓迎しているわけではない。

「鳥を見ることは昔から行われてきた」「散歩や編み物など、従来からある活動に新しい名称を付けて流行として紹介しているだけではないか」といった指摘もある。

若者が音楽も会話もなしに歩く「サイレント・ウォーキング」が注目された際にも、「普通の散歩を新しいウェルネス習慣として呼び直している」と疑問視する声があった。

バードウォッチングにも似た構図はある。

若者が古い趣味を発明したのではなく、以前から存在していた楽しみを、自分たちの生活に合う形で見つけ直しているにすぎないという考え方だ。

しかし、再発見であることは価値を損なわない。

読書、編み物、ガーデニング、フィルムカメラ、レコードなど、若い世代が関心を寄せる「アナログな趣味」の多くは、新しく生まれたものではない。

それらが改めて支持される背景には、速さと効率を求め続ける生活への疲れがある。

SNSが昔の趣味を新しい言葉で紹介することを軽薄だと見ることもできるが、その投稿をきっかけに実際に外へ出る人が増えるのであれば、入り口としての役割は無視できない。

実際、SNSはデジタル疲労を生む一方で、新しい趣味や仲間を発見する場所にもなっている。

皮肉ではあるが、画面から離れる方法を画面の中で見つける時代なのである。


一人でいられ、同時に誰かともつながれる

バードウォッチングは、一人でも集団でも楽しめる。

疲れている日は、一人で静かに公園を歩けばよい。誰かと話す必要はなく、成果を報告する義務もない。鳥が見つからなくても、誰かに評価されることはない。

一方、観察会や地域のグループに参加すれば、同じ興味を持つ人と自然に会話が生まれる。

「何の鳥ですか」

「あの木の上にいます」

「この時期はよく見られます」

話題の中心に鳥がいるため、初対面でも交流のきっかけをつかみやすい。社交そのものを目的とする集まりが苦手な人にとっても、参加しやすい形だ。

オンライン上では常に誰かと接続しているのに、現実では孤独を感じるという若者は少なくない。

バードウォッチングの集まりでは、同じ場所で同じ方向を見ながら、必要なときだけ言葉を交わせる。一人の時間と共同体への参加が両立する。

この距離感も、現代の若者に受け入れられている理由のひとつだろう。


競争しなくても成立する時間

現代の趣味は、しばしば成果と結びつく。

運動をすれば距離や消費カロリーを記録し、旅行をすれば写真を投稿する。料理、読書、勉強なども、記録や発信を通じて他人と比較されやすい。

バードウォッチングにも、見た種類の数を競う楽しみ方はある。しかし、競争しなければ成立しない趣味ではない。

鳥を一羽見つけただけでもよい。種類が分からなくてもよい。写真を撮れなくても、SNSに投稿しなくてもよい。

誰にも見せず、記録にも残さなかった時間に価値がある。

若者が鳥を見ることに惹かれているとすれば、そこには「成果を出さなくても過ごしてよい時間」への欲求もあるのではないか。

何者かになろうとせず、効率を高めようともせず、ただ目の前の生き物を観察する。

それは一見、何も生み出さない行為に見える。

だが、その間に集中力が戻り、気分が落ち着き、身近な環境への理解が深まる。結果として、失われつつある重要な能力を育てている。


若者が取り戻す「本当に見る力」

私たちは毎日、大量の映像や写真を見ている。

しかし、「画面に表示されたものを見ること」と、「目の前の環境を観察すること」は同じではない。

鳥を探すとき、人は自分で見る場所を決める。アルゴリズムが次の映像を自動的に選んでくれるわけではない。何が現れるか分からない空間に注意を向け、わずかな変化を自分で見つけなければならない。

そこでは視覚だけでなく、聴覚、記憶、予測が使われる。

前に聞いた鳴き声と似ている。先ほど鳥が飛び込んだ木の中で葉が動いている。水辺にいる鳥は、くちばしの形が少し違う。

こうした細かな手掛かりを組み合わせて対象を理解することは、短い動画を受動的に眺め続ける状態とは異なる。

バードウォッチングによって若者が身につける重要な能力とは、単に鳥の名前を覚えることではない。

立ち止まり、耳を澄まし、注意を一つの場所に留める力。そして、自分の周囲で起きている小さな変化に気づく力だ。


最初の一歩は、イヤホンを外すだけ

バードウォッチングを始めるために、夜明け前に起きる必要はない。

休日の午前中でも、通勤や通学の途中でもよい。まずは10分だけイヤホンを外し、近くで聞こえる音を確認する。

鳥の声がしたら、どの方向から聞こえたのかを探す。見つからなくても構わない。毎日同じ場所を通るなら、前日との違いを意識してみる。

興味が続いたら、双眼鏡や図鑑、識別アプリを試す。地域の観察会に参加する方法もある。

スマートフォンを家に置く必要もない。通知を切り、ポケットに入れておくだけで十分だ。

次に取り出すのは、退屈を埋めるためではなく、目の前で見つけた鳥を調べるときにすればよい。

何かを始めるために、高価な道具や特別な才能が必要だと思いがちな時代に、鳥を見ることは驚くほど単純だ。

外へ出て、少し静かにし、周囲を見る。

それだけで、昨日まで気づかなかった世界が動き始める。

鳥は最近になって街へやってきたわけではない。私たちが画面から顔を上げ、ようやくその存在に気づき始めたのである。


出典URL

Gen Zの間でバードウォッチングが広がっている背景や、学生・自然保護活動家への取材内容を紹介した記事。
https://www.op-online.de/deutschland/gen-verliebt-sich-in-boomer-hobby-und-lernt-dabei-eine-wichtige-faehigkeit-zr-94414567.html

ノースカロライナ州立大学
鳥の観察が大学生の幸福感や心理的苦痛に与える影響を調査した、2024年の研究についての大学公式発表。
https://news.ncsu.edu/2024/05/birdwatching-can-help-students-improve-mental-health-reduce-distress/

Journal of Environmental Psychology
バードウォッチングや自然の中での散歩が、大学生の主観的幸福感と心理的ストレスに与える影響を検討した研究論文。
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0272494424000793

The Guardian
英国で若い世代のバードウォッチング人口が増加していることや、自然との触れ合いを求める背景を紹介した記事。
https://www.theguardian.com/environment/2026/may/01/birdwatching-boom-britain-nature-gen-z-rspb-environment

Geographical
英国で定期的にバードウォッチングを行う若者が約75万人に達したとする調査結果を紹介した記事。
https://geographical.co.uk/news/almost-750000-gen-z-ers-regularly-birdwatch-new-research-finds

eBird Science
一般の利用者が登録した野鳥観察データを、鳥類研究、教育、自然保護に活用する仕組みを紹介する公式ページ。
https://science.ebird.org/ja/research-and-conservation

ornitho.de
ドイツとルクセンブルクにおける鳥類の観察記録や個体数調査のデータを集める、市民科学ポータル。
https://www.ornitho.de/

Merlin Bird ID
鳥の鳴き声や写真、特徴などから種類の識別を支援するアプリの公式サイト。
https://merlin.allaboutbirds.org/

Reddit「Birding」コミュニティ
バードウォッチングの始めやすさ、低コストで楽しめる点、鳥類識別アプリの活用などについて投稿されたSNS上の反応例。
https://www.reddit.com/r/birding/comments/1ujc4j4/why_is_gen_z_suddenly_obsessed_with_birdwatching/

Instagram投稿
Gen Zの間でバードウォッチングが人気を集めていることを紹介したSNS投稿の一例。
https://www.instagram.com/p/DXyyk4sCHa_/

Reddit「Hobbies」コミュニティ
若い世代による昔ながらの趣味の再発見や、SNSが趣味の流行に与える影響について語られた反応例。
https://www.reddit.com/r/Hobbies/comments/1k9w4ee/the_decrease_in_peoples_hobbies/