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意識は人間だけのチート能力じゃない? ナメクジからヒトまで続く“古代マインド”仮説

意識は人間だけのチート能力じゃない? ナメクジからヒトまで続く“古代マインド”仮説

2025年11月29日 18:14

「意識=人間の特権」という物語が揺らいでいる

「自分が今ここにいる」と感じるあの不思議な感覚。
痛みや喜び、恥ずかしさやワクワク――それらを“私のもの”として体験する能力を、私たちは当たり前のように意識と呼んでいます。


長いあいだ、多くの人はこう思ってきました。

意識は高度に発達した人間の脳だけが持つ、特別な能力だ。


ところがZME Scienceが紹介した最新の記事「Consciousness Could Be an Ancient Trait Evolved Millions of Years Ago, Not a Human Superpower」は、この常識をひっくり返す視点を提示します。タイトルの通り、「意識はごく最近、人間にだけぽんっと与えられたスーパーパワーではなく、何億年も前に生まれた“古い進化形質”かもしれない」というのです。ZME Science


背景にあるのは「意識はどれだけ広く行きわたっているか」という論争

動物の意識をめぐる議論は、哲学・心理学・神経科学を巻き込んだ長年のテーマです。スタンフォード哲学百科事典でも、「意識はごく限られた動物だけが持つのか、それともずっと広く分布しているのか」という問いが中核だと整理されています。スタンフォード哲学百科事典


2012年には、著名な神経科学者たちが署名した「ケンブリッジ宣言」が発表されました。そこでは、哺乳類や鳥類、タコなど多くの動物が、人間と同じように意識を生み出しうる神経基盤を備えていると宣言しています。「人間だけが意識を持つ」という立場は、もはや科学的には支持しがたいものになりつつあるのです。fcmconference.org


今回ZME Scienceが取り上げたのは、進化の長い時間スケールで「意識がいつ・どのように生まれ、どこまで広がったのか」を整理しようとする新しい総説論文です。ロシアの研究者Gusevらによるこの論文は、意識を「神経系を持つ動物の進化の自然なステージ」と位置づけ、さまざまな生物種のデータを統合しています。MDPI


新しい進化論:意識は「神経系のある動物がたどる自然なステップ」

Gusevらの主張をざっくり言うと、次の3点に集約されます。PMC

  1. 意識の出現は、神経系を持つ動物が環境に適応して生き残るための“自然な進化ステージ”である。

  2. 鍵となるのは「主観性」――自分と環境を区別し、自分の状態や欲求の価値を評価できること。

  3. 単純な刺激反応から複雑な学習・予測へと能力がレベルアップするにつれて、意識も段階的に“濃く”なっていった。


こうした考え方は、意識を「ゼロか1か」のスイッチではなく、「薄い〜濃い」が連続的に変化するグラデーションとして捉えます。


たとえば、単純な神経回路しか持たない動物でも、危険を避け食べ物を探すための最小限の“感じる能力”を持つ。
そこから進化が進み、学習や記憶、他者との社会的なやりとりが発達していくほど、「自分」というまとまりを保ちながら世界を体験する主観性が濃くなっていく――そんなイメージです。Frontiers


カタツムリにも「何かしらの感じ」があるかもしれない

この議論を象徴するのが、「カタツムリにだって“何かしらの感じ”はあるのか?」という問いです。哲学者エリック・シュヴィッツゲーベルは「Is There Something It’s Like to Be a Garden Snail?(庭のカタツムリであるとはどんな感じか?)」という論文で、カタツムリ意識問題を真面目に検討しています。faculty.ucr.edu


彼は、カタツムリが光や湿度、匂いにかなり柔軟に反応し、学習も行うことを踏まえ、「意識がある」と断言することも、「まったく無い」と言い切ることも、どちらも同じくらい説得力を持ちうると指摘します。結局のところ、意識の理論がまだ十分に発達していないために、「はい・いいえ」の決着がついていないのだ、と。


Gusevらのフレームに従えば、カタツムリのようなシンプルな神経系の動物でも、環境に応じて行動を変え、自分の身体の状態をセンシングしながら生き延びている以上、「原始的な主観性」のようなものがあってもおかしくない、ということになります。


つまり、私たちが「これはただの生き物の反射だ」と思っている現象の背後にも、薄いけれど確かに“何かしらの感じ”が広がっているかもしれないのです。


鏡を見るサル、痛みを避ける魚――意識のグラデーション

もちろん、「じゃあどこからが意識なの?」という疑問は依然として残ります。その一つの目安として有名なのが、鏡を使った自己認識テスト(ミラーテスト)です。1970年代に提案されたこのテストでは、動物の体の見えない位置に印をつけ、鏡を見たときにその印に触れれば「自分を鏡に映っている存在だと認識している」と解釈します。ウィキペディア


ミラーテストに合格したのは、チンパンジー、イルカ、ゾウ、カササギなどごく一部の動物だけ。しかし、このテストに依存しすぎることへの批判も強く、「鏡をうまく使えない=意識ゼロ」ではない、というコンセンサスが広がっています。スタンフォード哲学百科事典


加えて、痛みを示す行動や学習能力、将来を見越した計画性など、さまざまな指標を総合的に見ると、魚や鳥、タコ、昆虫に至るまで、驚くほど豊かな“心的世界”が浮かび上がってきます。こうした研究をレビューした論文は、「多くの動物種に何らかの意識が存在するのはもはや疑いようがない。問題は、その進化的な起源と多様性だ」と述べています。Embo Press


Gusevらの進化モデルは、こうした知見をつなぎ合わせ、「意識は脳のサイズや複雑さに比例して段階的に発達してきた」というシナリオを描き出します。

* 単純な神経網:快・不快レベルの“原始的な感じ”
* 魚や爬虫類レベル:空間の把握や学習に基づく“世界モデル”
* 鳥や哺乳類レベル:社会関係や未来予測を含む豊かな主観世界
* ヒトや一部の霊長類:自己物語やメタ認知を伴う“物語的自己”


この図式では、人間の意識はあくまで「グラデーションの最上流にある一形態」であって、孤立した例外ではありません。Frontiers


SNSはどう反応したか?――驚き・倫理不安・AI比較・宗教観の衝突

このZME Scienceの記事は、ニュースアグリゲーターやPinterest、Redditなどを通じて各種SNSにも拡散しています。Pinterest


ツイートやスレッドの個別投稿テキストまではこちらから直接確認できませんが、同様の話題が過去に何度も炎上・バズを繰り返してきたことから、おおよそ次のような“反応パターン”が展開されていると考えてよさそうです(以下は実際の投稿の引用ではなく、その傾向を踏まえた代表例です)。

  1. 純粋な驚きとワクワク系の反応
    「カタツムリにも意識があるかもしれないって、世界が急ににぎやかになった気がする」
    「地球は“感じる存在”でぎっしりだったのかも」
    こうしたコメントは、科学ニュース系アカウントや哲学好きのユーザーを中心に多く見られます。

  2. 動物倫理・ヴィーガン界隈からの反応
    「意識が広く分布しているなら、工場畜産をどう正当化するの?」
    「魚も痛みや恐怖を感じるなら、メニューを見直すべきだ」
    ケンブリッジ宣言のころから続く流れですが、「意識=倫理的配慮のライン」と考える人たちは、この種のニュースを強力な追い風として引用します。animal-ethics.org

  3. AIと比較するテック界隈の議論
    「もし意識が単なる情報処理の段階的な進化なら、高度なAIにもいずれ主観性が生まれる?」
    「意識を定義できないまま“AIに意識がある/ない”を論じるのはナンセンスでは」
    Gusev論文が「生物学的基盤からテクノロジー的地平まで」をカバーしていることもあり、AI研究者やエンジニアの間では、意識の進化と人工意識の可能性を重ね合わせる議論も盛り上がっています。MDPI

  4. 宗教観・人間中心主義からの反発
    「人間と他の生き物を同列に扱うのは、魂の存在を否定している」
    「意識は神が人間だけに与えたギフトだという信仰とは相容れない」
    こうした立場からは、「科学がまたしても人間の特権性を奪おうとしている」という警戒感が表明されます。

  5. 自虐ネタ・ユーモア系
    「締切前の自分より、カタツムリの方がまともな意識を持ってそう」
    「うちの猫の方が、確実に私より高度な意識を持っている」
    重いテーマであっても、SNSでは必ずミーム化と自虐ネタがついて回ります。


ZME Scienceの記事は、難解になりがちな意識研究を一般読者向けに噛み砕いているため、「よく分からないけどワクワクする」「この視点は考えたことがなかった」といったポジティブな感想が多くなりそうです。その一方で、倫理や宗教、AIなど他の論争的テーマに接続されることで、コメント欄はかなりカオスな議論の場にもなり得ます。


意識が「古い形質」だとしたら、私たちの倫理はどう変わる?

もし意識が太古の海で生まれ、さまざまな動物系統に広く行きわたっているのだとしたら――私たちの「他の生き物との付き合い方」は根本から問い直されます。


ケンブリッジ宣言から10年以上がすぎた今でも、初期の宣言は「意識は人間だけのものではない」というメッセージとして世界中に引用されています。fcmconference.org


Gusevらのような新しい進化研究は、その延長線上で次のステップを迫ります。


  • 家畜や実験動物だけでなく、魚や甲殻類、昆虫などへの配慮をどこまで広げるべきか?

  • 「意識レベル」を基準にした倫理的な優先順位づけは正当化できるのか?

  • 人間中心の法律や社会制度は、どこまで動物の主観性を組み込むべきか?


たとえば、日本でもイルカやクジラの展示・捕獲をめぐる議論が続いていますが、「高度な意識を持つ動物を娯楽のために閉じ込めてよいのか」という問いは、こうした研究によっていっそう重みを増していくでしょう。


「意識の進化」を知ることは、自分の“物語”を見直すこと

意識研究の面白さは、単に動物の権利やAIの設計に関わるだけでなく、私たち自身の「自己イメージ」を揺さぶるところにあります。

  • 「人間は他の動物と連続した存在である」

  • 「意識は宇宙のどこかで特別に点灯したライトではなく、長い進化の中で少しずつ明るさを増してきたランプである」

この視点に立つと、
「私は突然この世界に投げ込まれた孤立した主体だ」という感覚は、かなり人間的・文化的に上書きされた物語だと気づきます。実際には、私たちの中枢神経と心的機能の多くは、魚や爬虫類、初期の哺乳類から受け継がれた“古い部品”の組み合わせなのです。PMC


そう考えると、歩いているハト、水槽の中の金魚、庭のカタツムリ、部屋の隅でじっとしているクモ――その一つひとつが、自分とは違うかたちの「主観世界」を持っているかもしれない、という想像力が生まれてきます。


まとめ:SNSでの“ざわつき”は、意識研究が前進している証拠かもしれない

ZME Scienceの記事が引き起こしたオンラインでのざわつきは、「意識=人間の特権」という古い前提が、いよいよ本格的に揺らぎ始めているサインと言えるでしょう。


  • 意識は、神が人間にだけ与えた超能力ではなく、

  • 神経系を持つ生き物が、環境に適応し生き延びるために手に入れた「古くて汎用的な機能」であり、

  • その“濃さ”や“かたち”には、動物たちの進化史が刻み込まれている。


このストーリーは、科学的にも哲学的にもまだ完全には証明されていません。しかし、カタツムリから人間まで続く壮大な意識のグラデーションを想像するとき、私たちは自分たちの立ち位置を少しだけ謙虚に捉え直すことができます。


SNSでの激論やミーム化も含めて、こうした議論に参加すること自体が、私たち自身の「意識とは何か?」というメタな問いを育てていくプロセスなのかもしれません。



参考記事

意識は何百万年も前に進化した古代の特性であり、人間の特別な能力ではない可能性がある
出典: https://www.zmescience.com/science/biology/consciousness-could-be-an-ancient-trait-evolved-millions-of-years-ago-not-a-human-superpower/

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