広告は流れた。でも、誰の記憶にも残らない ― 映画館広告はなぜ強い? 新調査とSNSの不満から考える「見てもらう」の条件

広告は流れた。でも、誰の記憶にも残らない ― 映画館広告はなぜ強い? 新調査とSNSの不満から考える「見てもらう」の条件

その広告、表示されただけ? カナダ調査が示した「見られない広告」の高い代償

スマートフォンを開くと、次々と広告が流れてくる。しかし、少し前に見た商品の名前を聞かれて、すぐに答えられるだろうか。

広告主の管理画面には「配信済み」と記録される。一方、受け手は広告に気づかないまま、次の投稿へ指を動かしているかもしれない。

この隔たりを、広告費の問題として捉えた調査がカナダで発表された。

2026年10月6日、映画館広告を手がけるCineplex Mediaと、広告への注意を研究するAmplifiedが公表したカナダ版「The Eye-Watering Cost of Dull Media」は、注意を集めにくいメディア環境が生む年間の効率面の不利益を、15.2億カナダドルと推計している。

ここでいう「Dull Media」は、単純に内容がつまらない広告を意味しない。広告が表示されていても、人が実際にはほとんど注意を向けない掲載環境を指す。

広告の出来栄えを議論する前に、その広告が目に留まる機会を得ているか。今回の調査は、その入口を問い直している。


映画館17.5秒、Facebook3.2秒――何を比べた調査なのか

発表によると、研究ではカナダの視聴者を対象に、映画館、Facebook、ウェブで計5,400件の広告視聴を、視線追跡や顔検出を用いて測定した。さらに、Instagram、YouTube、TikTokなどについて、約36万件の広告接触をモデルで推計した。

ここは重要だ。約36万件すべてについて、人の視線を直接測ったわけではない。また、5,400という数字も参加人数ではなく、広告視聴の件数である。

直接測定した環境では、1回の広告接触あたりの平均能動的注視時間は、映画館が17.5秒、Facebookが3.2秒、ウェブが0.3秒だった。

ただし、これを「映画館なら売り上げが何倍になる」と読むことはできない。広告尺や形式、接触状況などの比較条件も関わるためだ。研究が扱ったブランドの選ばれやすさや記憶との関連も、実際の購入額とは区別する必要がある。

それでも、「広告を1回届ける」という同じ表現の内側に、異なる接触体験があることは伝わってくる。


15.2億カナダドルは、消えた現金の集計ではない

巨額の数字は目を引くが、その意味を押さえておきたい。

今回の金額は、企業の決算書から広告の損失を合計したものではなく、注意の集まり方による広告効率の違いを金額で表した推計だ。発表では、低注意の環境で同等の広告成果を目指す場合、支出1ドルに対して約25セントの追加投資に相当すると説明している。

つまり、「広告費の25%が必ず無駄になる」という一律の判定ではない。

日本の企業にも、似た問題を考える余地はある。たとえば、安価な広告枠を大量に買って表示回数を増やせたとしても、それがブランドを知ってもらう機会になっていなければ、安さだけでは投資の妥当性を説明できない。

反対に、単価の高い枠でも、対象となる人に届かなければ割高になる。「注目されやすいか」と「届けたい相手に届くか」を、両方見なければならない。


「映画館が勝った」で話を終わらせない

調査を読む際には、発表主体にも目を向ける必要がある。

Cineplex Mediaは映画館広告を販売する企業であり、映画館の価値が高く評価されることに事業上の利益がある。これは研究結果が誤っていることを意味しない。ただし、独立した第三者による比較と同じ前提で受け取るべきでもない。

公開された発表だけでは、広告尺や対象ブランド、参加者構成、推計の不確実性などを十分に検討するには限界がある。実際の予算配分に使うなら、詳細な条件を確かめ、自社の商品や顧客に当てはまるかを検証したい。

そもそも、広告の目的は一つではない。

新しいブランドの名前を覚えてもらいたい場合と、すでに商品を探している人に購入先を示したい場合では、必要な情報も接触の仕方も変わる。長い注視時間が得られたという結果だけで、あらゆる広告の優先順位は決まらない。

この調査から考えたいのは、「どの媒体が絶対に優れているか」よりも、「目的に合った接触を買えているか」という問いだ。


SNSの反応――広告業界の納得と、観客のうんざり

今回のカナダ版発表そのものに対するSNSの反応は、公開検索で確認できた範囲では、傾向を判断できるほど集まっていない。そこで、以下では関連研究への投稿と、映画館広告に関する既存の利用者の声を区別して紹介する。

Redditで投稿を見る

 

LinkedInでは、Jolene Sng氏が先行する「The Eye-Watering Cost of Dull Media」を取り上げ、延々とスクロールする広告より、テレビ広告の方が自身の印象に深く残ってきたと述べている。同時に、その議論がテレビ側に有利であることにも触れていた。

コメント欄には、金額による裏づけを評価する声や、以前から同じ考えだったという反応が見られる。広告の表示回数だけでは捉えにくい実感を、調査が言葉にしたと受け止める人がいるようだ。

一方、映画館の観客側には別の視点がある。

RedditのCineplex関連コミュニティでは、2025年12月に立てられた「広告と予告編が20分ある」という投稿に、長い広告や同じCMの繰り返しへの不満が寄せられている。映画を楽しみに来たのに、広告で気分がそがれるという声もあった。

その一方で、広告収入が映画館の運営を支えることに理解を示すコメントもある。

これらは調査への直接の反論でも、観客全体を代表する世論調査でもない。しかし、広告主が望む「見てもらえる環境」と、観客が望む「快適な鑑賞体験」が、必ずしも一致しないことを考えさせる。


見られることと、好かれることは違う

広告が視界に入った。商品名を覚えた。それでも、不快感が残る可能性はある。

注目を得るために音を大きくする、同じ映像を繰り返す、操作を妨げる。こうした方法が視線を引きつけたとしても、その後にどんな印象を残すかは別の問題だ。

SNSの不満が示しているのは、「注意を集めれば、それで成功」とは言い切れないということだろう。

広告を評価する際には、気づいてもらえたか、内容が伝わったか、ブランドへの印象がどう変わったか、購入や問い合わせにつながったかを、段階ごとに考える必要がある。

視聴者の時間を使う以上、その時間に見合う情報や楽しさを返せているかも問われる。


日本の広告主が見直せること

電通の「2025年 日本の広告費」によると、日本の総広告費は8兆623億円。インターネット広告費は4兆459億円で、総広告費の50.2%を占め、初めて過半数に達した。

デジタル広告への投資が大きい日本でも、配信量と接触の質を一緒に考える意味はある。ただし、カナダの推計を日本市場にそのまま掛け合わせて「日本の損失額」を算出することはできない。

実務への示唆としては、次の三つが考えられる。

まず、表示回数やクリック数の報告に加え、広告の内容やブランドがどれだけ伝わったかを確認すること。数字が増えた理由まで見れば、改善すべき場所を絞りやすくなる。

次に、掲載環境に合わせて表現を変えること。短時間で通り過ぎる場面なら、伝えたい情報の順番が重要になる。音を聞かずに見る人も想定するなら、映像だけで理解できるかを点検したい。

そして、配信回数を増やす前に、繰り返しが負担になっていないかを確かめること。同じ人への接触を増やすだけでなく、新しい人へ届いているか、頻度を変えると成果や印象がどう動くかを検証する余地がある。

これらは今回の調査が日本で実証した結論ではなく、その問題提起を日本の広告運用に引き寄せた考察である。

広告主が買っているのは、画面上の場所や再生の機会だ。しかし、本当に求めているのは、その先にある理解や記憶、選択だろう。

管理画面に並ぶ大量の表示回数。その向こうで、人は広告をどう受け止めているのか。広告費を増やす前に確かめたいのは、その手触りである。



出典URL

  1. Aktiencheck:2026年10月6日の調査発表を紹介。
    https://www.aktiencheck.de/news/Artikel-New_Canadian_Research_Estimates_Dull_Media_Costs_Advertisers_More_Than_1_5_Billion_Annually-20149805

  2. GlobeNewswire/Cineplex:調査の一次発表。実測件数、モデル推計、注視時間、追加投資相当額、調査方法の説明。
    https://www.globenewswire.com/news-release/2026/10/06/3375538/0/en/new-canadian-research-estimates-dull-media-costs-advertisers-more-than-1-5-billion-annually.htmlglobenewswire.com

  3. Amplified:カナダ版調査の公式紹介。年間15.2億「カナダドル」の効率面の不利益であることを明記。
    https://www.amplified.co/resources/cost-of-dull-canadaCanada Edition

  4. LinkedIn/Jolene Sng氏:先行する関連研究への感想とコメント。今回のカナダ版発表への直接の反応ではない。
    https://www.linkedin.com/posts/jolenesng_the-cost-of-dull-media-dr-karen-nelson-field-activity-7472461124890939392-MWO6Jolene Sng

  5. Reddit/r/cineplex:映画館の広告・予告編の長さをめぐる利用者の議論。不満と広告収入への理解の双方を紹介。
    https://www.reddit.com/r/cineplex/comments/1pv5baj/cineplex_ads_and_trailers_are_20_minutes/reddit.com

  6. 電通:「2025年 日本の広告費」の公式発表。日本の総広告費、インターネット広告費と構成比の出典。
    https://www.dentsu.co.jp/en/news/release/2026/0305-011006.html