Booking.comが「民泊規制は必要」と認めた意味 ― 日本の観光都市にも迫る“住む人か、泊まる人か”問題

Booking.comが「民泊規制は必要」と認めた意味 ― 日本の観光都市にも迫る“住む人か、泊まる人か”問題

世界の旅行市場を支えてきた巨大プラットフォーム自身が、「民泊には規制が必要だ」と語り始めた。

2026年8月21日、ドイツの金融情報サイト「Aktiencheck」は、Booking.comを展開するBooking Holdingsのグレン・フォーゲルCEOが、バケーションレンタルや民泊について一定の規制を支持する考えを示したと報じた。

フォーゲル氏の主張は、単純な「規制賛成」ではない。

旅行者、宿泊事業者、住宅を必要とする住民、そして都市を運営する行政。その間で公平なバランスを探す必要があり、何のルールもなければ混乱が起きる。一方で、実効性のない過剰な規制まで導入すれば、単に非効率を生み出すだけだ――という考え方だ。

この発言は、日本にとっても極めて重要な意味を持つ。

なぜなら、日本でも訪日外国人の増加を背景に民泊市場が拡大する一方、東京や京都、大阪などでは、住宅街への観光客流入、ごみ、騒音、深夜の出入り、近隣住民とのトラブルなどをめぐり、規制強化を求める声が強まっているからだ。

欧州で先行して起きた問題が、日本でも同じ形で表面化する可能性がある。


世界的旅行プラットフォームにとっても民泊は巨大市場になった

Booking.comと聞けば、ホテル予約サイトというイメージを持つ人は多いだろう。

しかし現在のBookingは、ホテルだけを扱うサービスではない。一般住宅やアパート、別荘、ゲストハウスなどの「オルタナティブ・アコモデーション」、つまりホテル以外の宿泊施設を重要な成長分野としている。

Aktiencheckの記事によると、Bookingに掲載される宿泊リスティングは3,200万件を超え、そのうち2026年第2四半期末時点で約910万件が代替宿泊施設だった。

前年同期比では約8%増えている。

Booking Holdingsの2026年第2四半期資料でも、オルタナティブ宿泊施設の供給拡大が続いていることが示されており、民泊やアパートメント型宿泊施設が、もはや旅行業界の周辺市場ではないことが分かる。

ホテルより広い部屋を利用でき、キッチンや洗濯機を備える施設も多い。家族旅行やグループ旅行、長期滞在では利便性が高く、インバウンド旅行との相性もいい。

旅行者から見れば、宿泊の選択肢が増えることは基本的には歓迎すべきことだ。

問題は、その部屋が本来誰のための住宅だったのかという点にある。


観光客のベッドが増えれば、住民の部屋が減る可能性

民泊をめぐって欧州で最も大きな問題になってきたのが住宅との競合だ。

パリ、アムステルダム、ベネチア、ベルリンといった観光都市では、住宅を一般の住民に長期賃貸するより、旅行者に短期貸しした方が高い収益を得られるケースがある。

例えば、月15万円で貸せる住宅でも、1泊2万円で月20泊利用されれば売上は40万円になる。

もちろん清掃費やプラットフォーム手数料、家具、光熱費などが必要になるため単純比較はできない。それでも観光需要が極めて強い地域では、短期宿泊向けに転換する経済的なインセンティブが生まれる。

一軒だけなら大きな問題ではない。

しかし、ある地域で数百、数千という住宅が同時に短期滞在市場へ移れば、長期賃貸住宅の供給が減る可能性がある。

その結果として、

住宅が見つからない。

家賃が上昇する。

中心部から地元住民が離れていく。

マンションの隣室が頻繁に旅行者へ入れ替わる。

こうした現象が積み重なれば、都市の性格そのものが変わってしまう。

観光客に人気の街だからこそ、その街をつくってきた住民が住めなくなるという逆説だ。

フォーゲル氏が語る「公平なバランス」とは、まさにこの問題を指していると考えられる。


日本ではすでに民泊が特別な存在ではなくなった

日本では2018年に住宅宿泊事業法、いわゆる「民泊新法」が施行された。

住宅宿泊事業法による民泊の場合、原則として年間の営業日数は180日以内とされている。

一方、自治体は地域事情に応じ、条例によって営業できる曜日や区域をさらに制限することができる。

観光庁の集計によると、2026年7月15日時点で住宅宿泊事業の累計届出件数は6万5,837件に達した。

制度開始当初の2018年6月15日時点では2,210件だったことを考えれば、大幅な増加である。

廃業した施設も含む累計値ではあるものの、日本でも民泊が短期間で巨大な宿泊インフラへ成長したことは間違いない。

特に東京、大阪、京都、福岡など外国人観光客が多い都市では、マンションや戸建て住宅が旅行者向け宿泊施設として利用される光景は珍しくなくなった。

そして市場が大きくなるほど、「観光産業」と「住民生活」の境界線が問題になる。


東京では自治体レベルの規制強化が進む

日本における今後の方向性を考えるうえで象徴的なのが東京だ。

東京23区では自治体ごとに民泊に対する考え方が異なる。

住宅宿泊事業法そのものは全国共通だが、地域の生活環境を守るため、独自条例で営業日や地域を制限することができるためだ。

台東区は2026年、民泊条例を改正した。

2026年10月1日以降に新たに届け出る住宅宿泊事業については、家主が同居するタイプか不在型かにかかわらず、原則として平日の営業を制限する仕組みが導入される。

浅草や上野など、日本有数の観光地を抱える台東区だからこそ、観光需要と地域生活のバランスを調整しようとしていると見ることができる。

一方、新宿区でも民泊の増加が続く。

新宿区が公表している資料では、住宅宿泊事業の年度末施設数は2021年度の1,366施設から、2025年度には3,749施設まで増えた。

わずか数年間で約2.7倍だ。

この数字は、民泊が宿泊市場において無視できない存在となった一方、行政が監視や指導に多くのリソースを投入しなければならなくなっていることも意味する。


SNSでは「もっと規制すべき」という意見

日本のSNSでも民泊をめぐる議論は活発だ。

 

X上では、住宅街に民泊や簡易宿所が増えることについて、「事業者は利益を得るが、周囲の住民だけが負担を受ける」という趣旨の批判が見られる。

また、海外では民泊の透明性や規制が強化されているのに、日本の規制はまだ十分ではないという意見もある。

特に住民側から問題視されやすいのが、騒音、ごみ出し、路上喫煙、深夜の出入り、誤って近隣住宅に入ろうとする行為などだ。

ホテルの場合、フロントや管理スタッフが常駐しているケースが多く、問題があればすぐに対応できる。

しかし無人型民泊の場合、運営事業者が現場から離れた場所にいることもある。

宿泊者にとっては「数日だけ滞在する場所」でも、近隣住民にとっては365日暮らす住宅地である。

この認識の違いがトラブルの根本にある。

そのためSNSでは、「民泊禁止」とまでは言わなくても、管理者の常駐や緊急連絡体制、本人確認、ごみ処理、騒音対策などを厳しくするべきだという考え方が一定数存在する。


一方で「民泊そのものが悪いわけではない」という声も

ただし、SNSの反応は規制強化一色ではない。

民泊事業者側からは、「問題なのは民泊という仕組みではなく、運営品質の低い事業者だ」という指摘も出ている。

適切な宿泊ルールを設定し、多言語で分かりやすく案内する。

ごみの出し方を説明する。

夜間の騒音を禁止する。

緊急時にすぐ対応できる管理者を用意する。

近隣住民と事前にコミュニケーションを取る。

こうした管理を徹底すれば、多くのトラブルは防げるという考え方だ。

この点は非常に重要である。

「民泊で問題が起きた」という事実と、「民泊そのものに問題がある」という結論は同じではない。

ホテルでも騒音問題は起きるし、賃貸住宅でもごみや近隣トラブルは発生する。

問題を起こす事業者と、適切に運営する事業者を同じ規制で扱うべきなのかという議論は残る。

フォーゲル氏が過剰な規制について「非効率を生むだけだ」と警告している背景にも、こうした事情があるだろう。


「東京」と「地方」を同じルールで考える危険性

日本の民泊政策を考える際、特に注意すべきなのが地域差だ。

例えば東京・新宿と、人口減少が続く地方都市では事情がまったく異なる。

東京中心部では住宅不足や家賃上昇が問題になり得る。

一方、地方には誰も住まなくなった空き家が大量に存在する。

こうした地域で空き家を民泊へ転換すれば、住宅供給を圧迫するどころか、放置された住宅の維持管理につながる可能性がある。

宿泊施設の少ない地方では、民泊がなければ観光客を受け入れられないケースもある。

旅行者が宿泊すれば、飲食店、スーパー、交通事業者、観光施設などにも消費が発生する。

海外旅行者がホテルのない小さな町に宿泊し、地域の飲食店を利用する。

これは地方創生という視点では大きな価値を持つ。

そのため、

「民泊はすべて規制する」

あるいは、

「民泊はすべて自由化する」

という二択で考えること自体が現実的ではない。


日本に必要なのは「場所によって変わる規制」

今後、日本が目指すべきなのは、民泊の全面禁止でも全面自由化でもないだろう。

重要なのは、住宅需給や観光客数に応じて規制を変える仕組みである。

例えば住宅不足が深刻な地域では、住宅全体を一年中旅行者向けに提供するタイプの民泊を厳しくする。

一方、家主が居住しながら空いている部屋を旅行者に貸すホームシェア型については比較的柔軟に認める。

空き家率が高く宿泊施設が不足している地域では、むしろ民泊への転換を促進する。

同じ「民泊」という名称でも、社会に与える影響は大きく異なる。

政策も一つである必要はない。


OTAにも責任を求める時代になる

もう一つ重要なのが、Booking.comやAirbnbなどオンライン旅行予約プラットフォーム、いわゆるOTAの責任だ。

これまで民泊問題では、運営者と行政の責任が中心に議論されることが多かった。

しかし実際には、旅行者が民泊を見つける入口の多くをOTAが握っている。

もし違法な施設や行政処分を受けた施設がプラットフォーム上に掲載され続ければ、利用者には合法施設との区別が難しい。

逆に、行政とOTAがデータを共有し、登録番号や営業可能日を自動確認できれば、違法営業を大幅に減らせる可能性がある。

日本の住宅宿泊仲介業者には、制度上一定の責任が課されている。

今後はさらに、

登録番号の自動照合、

営業可能日数の管理、

行政処分を受けた施設の掲載停止、

苦情件数の把握、

運営者情報の透明化、

といった仕組みが求められる可能性がある。

これは事業者にとって必ずしもマイナスではない。

違法民泊が減れば、法律を守って運営する事業者が不当に価格競争で不利になる状況も改善するからだ。


民泊をめぐる本当の問題は「観光客か住民か」ではない

民泊規制の議論では、しばしば「観光客を優先するのか、住民を優先するのか」という対立構図がつくられる。

しかし、この二者択一は適切ではない。

住民が暮らしにくくなった街は、長期的には観光地としての魅力も失う。

地域の商店がなくなり、住宅がすべて宿泊施設になれば、その街は巨大なホテルのようになってしまう。

観光客が求めているのは、必ずしも観光客だけで構成された街ではない。

京都なら寺院だけではなく、路地や商店、住宅、地域の人々の日常も含めて京都である。

東京でも同じだ。

観光の魅力を守るためには、そこに暮らす人々の生活を守る必要がある。

つまり住民保護と観光振興は、本来対立する政策ではない。

持続可能な観光を実現するための両輪なのである。

Bookingの発言は旅行業界の転換点になるか

Bookingトップが民泊規制の必要性を公に認めたことは象徴的だ。

旅行プラットフォームにとって掲載施設が増えるほど、原則としてビジネスチャンスは増える。

その企業自身が「規制は必要だ」と語る背景には、民泊市場が一定の成熟段階に入ったこともあるだろう。

市場が小さかった時代には「どう普及させるか」が最大のテーマだった。

しかし市場が巨大化すれば、「どう社会の中で維持するか」が重要になる。

これは配車アプリやフードデリバリー、SNSなど、多くのデジタルプラットフォームが経験してきた道でもある。

イノベーションは最初に市場をつくる。

次に市場が社会へ影響を与える。

そして最後に、その影響を調整するためのルールが必要になる。

民泊もその段階に入ったということだ。


日本に残された時間はそれほど長くない

訪日外国人市場が拡大すれば、日本の宿泊需要は今後も増える可能性が高い。

ホテル建設だけでは需要に追いつかない地域では、民泊が重要な受け皿になる。

その一方で、観光地周辺の住宅が旅行者向け施設へ急速に転換すれば、欧州で起きた住宅問題を日本が繰り返す可能性もある。

だからこそ、問題が深刻化してから全面禁止に近い規制を導入するのではなく、市場が成長している今の段階でルールを整備することが重要だ。

違法事業者は厳しく排除する。

適切な運営者は事業を続けられる。

住宅不足地域と空き家地域では制度を変える。

OTAと行政がデータを共有する。

住民が苦情を簡単に伝えられる仕組みをつくる。

こうした細かな制度設計の積み重ねが必要になる。

BookingのフォーゲルCEOが示した「規制は必要だが、非効率な規制はいらない」という考え方は、日本にも当てはまる。

民泊をゼロにすることでも、無制限に増やすことでもない。

観光客が泊まれる街と、住民が暮らし続けられる街を同時につくれるか。

世界的な観光都市が直面してきたこの難問に、日本も本格的に向き合う時期に来ている。

SNS上の反応は、特定の投稿や検索で確認できる意見を整理したもので、世論調査のように日本社会全体の意見を代表するものではない。しかし、規制強化を求める住民側と、適正運営を前提に事業継続を求める運営者側の双方が存在することは、今後の制度設計を考える上で重要なポイントだろう。


出典・参考資料

1. Aktiencheck
Booking Holdingsのグレン・フォーゲルCEOによる民泊規制についての発言、Booking.comに掲載される代替宿泊施設数などを報じている。
URL:https://www.aktiencheck.de/news/Artikel-Reiseportal_Booking_will_Regulierung_von_Ferienwohnungen-20036837

2. Booking Holdings Investor Relations「Quarterly Results」
Booking Holdingsの2026年第2四半期決算関連資料・公式IR情報。Booking.comを含むグループの事業動向や宿泊市場の状況を確認するために参照。
URL:https://ir.bookingholdings.com/financials/quarterly-results/default.aspx

3. 国土交通省・観光庁「住宅宿泊事業法(民泊新法)とは?」
日本の住宅宿泊事業法の基本制度を説明する公式資料。住宅宿泊事業では、人を宿泊させる日数が原則年間180日以内とされていることなどを確認するために参照。
URL:https://www.mlit.go.jp/kankocho/minpaku/overview/minpaku/law1.html

4. 国土交通省・観光庁「住宅宿泊事業法の施行状況」
日本全国の住宅宿泊事業の届出件数、廃業件数、住宅宿泊管理業者・住宅宿泊仲介業者の登録状況などを掲載。2026年7月15日時点の届出状況を確認するために参照。
URL:https://www.mlit.go.jp/kankocho/minpaku/business/host/construction_situation.html

5. 国土交通省・観光庁「各自治体の情報・窓口案内(条例等の状況等)」
住宅宿泊事業について、自治体ごとに条例を制定し、営業地域や営業期間などを制限できる制度を確認するために参照。
URL:https://www.mlit.go.jp/kankocho/minpaku/municipality.html

6. 東京都台東区「住宅宿泊事業(民泊)における台東区の条例を改正しました」
台東区が2026年に実施した民泊条例改正についての公式情報。2026年10月1日以降に届け出る住宅宿泊事業について、平日の営業を制限する内容などを確認するために参照。
URL:https://www.city.taito.lg.jp/kenchiku/jutaku/eisei/jutakulaw/minpanku20180613_003.html

7. 東京都新宿区「届出状況及び苦情処理について」
新宿区内の住宅宿泊事業の施設数、届出件数、廃止件数、実査監視件数などを掲載。新宿区における民泊施設増加の状況を確認するために参照。
URL:https://www.city.shinjuku.lg.jp/kenkou/eisei03_002100.html

8. X「りょうすけ・りえ【民泊×インバウンド】地方でもできる」
海外の民泊規制、東京・京都などのオーバーツーリズム、Booking.comを含む複数OTAの活用などについて発信している民泊関連アカウント。SNS上の事業者側の議論を確認する参考として使用。
URL:https://x.com/ryosuke2294

9. X「NEXSIA民泊事業部」
民泊をめぐる問題について、民泊そのものではなく運営品質やゲストへの案内、管理体制が重要だという趣旨の発信を行っている事業者アカウント。SNS上の異なる立場を確認する参考として使用。
URL:https://x.com/NEXSIA345696

10. X「ぷらも屋さん」
海外では民泊運営の透明化や規制が進んでいる一方、日本では規制が十分ではないとの趣旨の投稿などが確認できるアカウント。規制強化を求めるSNS上の意見を確認する参考として使用。
URL:https://x.com/leezazturbo

11. X/Booking.comと民泊新法の180日ルールに関する投稿
Booking.comで民泊新法に基づく物件を運営する場合の予約管理や180日ルールについて言及した投稿。日本におけるBooking.comと民泊運営の実務的な関係を把握する参考として使用。
URL:https://x.com/sohtanagasaka/status/2012704327530578255