「作る力」から「意味を決める力」へ ― 生成AIが変える広告業界

「作る力」から「意味を決める力」へ ― 生成AIが変える広告業界

広告会社とテクノロジー企業の境界が急速に薄れている。

データ分析、顧客管理、生成AI、マーケティングオートメーション、ソフトウェア開発。現在の広告ビジネスは、コピーや映像を制作し、テレビやインターネットに掲載するだけでは成立しない。

顧客が抱える経営課題を理解し、技術、クリエイティブ、データ、人材を組み合わせ、事業の成長につながる仕組みを構築することが求められている。

こうした変化は、広告業界の創造性を弱めるのだろうか。それとも、広告会社が提供できる価値を広げるのだろうか。

ブラジルの広告会社Suno United Creatorsを率いるGuga Ketzer氏は、UOLの番組「Mídia e Marketing」に出演し、生成AI時代の広告、組織、人材について語った。

その発言から浮かび上がるのは、「AIか人間か」という単純な対立ではない。

問われているのは、技術を導入するかどうかではなく、技術によって得られた能力や時間を、何のために使うのかという問題だ。


すべての顧客に同じサービスを売る時代は終わった

Ketzer氏は、広告会社をサービス企業として捉えている。

ただし、すべての顧客に同じパッケージを提供するのではない。顧客企業が違えば、必要なサービスも違わなければならないという考えだ。

ある企業には、データを活用した高度なマーケティングシステムが必要になる。別の企業には、テレビを中心とする大規模なキャンペーンが有効かもしれない。さらに別の企業には、アプリ、店舗、EC、SNS、顧客対応を一つにつなぐ体験設計が必要になる。

つまり、広告会社の価値は、あらかじめ用意した商品を売ることではなく、顧客の課題に合わせて自らの組織と能力を変えられることにある。

これは従来型の広告会社にとって大きな転換だ。

企画、制作、メディア、データ、システム開発といった部門が、それぞれ独立して動いているだけでは複雑な課題に対応できない。案件ごとに必要な専門家を集め、異なる言語を話す人々が協働できる環境を作る必要がある。

広告会社の競争力は、優秀なコピーライターや映像作家が在籍しているかどうかだけでは測れなくなった。

顧客ごとに異なる問題を見抜き、最適なチームを作り、技術と表現を組み合わせられるか。それ自体が、クリエイティブ能力になっている。


広告はテクノロジー産業であり、同時に「人の産業」である

広告業界には、以前とは比較にならないほど多くのテクノロジーが導入されている。

それでもKetzer氏は、広告は人によって成り立つ産業だと強調する。

その姿勢を象徴するのが、Sunoが主要顧客だったSantanderの案件を失った際の対応だ。

通常、大きな顧客を失えば、人件費の削減が経営課題になる。特に給与の高い経験者は、短期的なコスト削減の対象になりやすい。

しかし、Sunoは中核となる人材を組織に残す判断をしたという。

広告会社の価値が、社員の経験、知識、関係性、判断力によって生み出されるのであれば、優れた人材を失うことは、将来の競争力を手放すことにもなる。

広告の仕事は、一人の天才が単独で完成品を作るものではない。

戦略担当者、コピーライター、デザイナー、映像制作者、データ分析者、エンジニア、営業担当者、プロデューサーなど、多数の人間による判断の積み重ねから生まれる。

成果が集団によって作られる以上、人材は単なる費用ではない。組織内に蓄積された人間関係や共同作業の経験も含めて、事業の基盤そのものなのである。


「Suno=太陽」に込められた組織哲学

Sunoという社名は、エスペラント語で「太陽」を意味する。

Ketzer氏は、太陽が異なる惑星を一つの軌道に結び付けているように、異なる個性や専門性を持った人々を、共通の目的によってそろえることを重視している。

ここでいう「そろえる」とは、全員を同じ考え方にすることではない。

異なる背景、価値観、専門性を維持したまま、同じ目的へ進める組織を作るという意味だ。

生成AIの普及によって、誰もが似たツールを利用できるようになった。だからこそ、組織にどのような人が集まり、どのような議論が行われ、何を大切にして判断するかが差になる。

同じAIを使っていても、全員が似た経験しか持たないチームと、異なる文化や専門領域を持つ人々が議論するチームでは、得られる結果は同じではない。

技術が共通化するほど、組織の違いが競争力になる。

Ketzer氏が語る太陽の考え方は、AI時代の組織設計にもつながっている。


創造性は「きれいな広告を作る技術」だけではない

生成AIは、画像、動画、文章、音声の制作速度を大幅に高めた。

以前なら数日を要した試作品を、短時間で複数作れる場面も増えている。制作コストが下がり、小規模な企業や個人でも高度な表現に挑戦できるようになった。

こうした変化だけを見ると、人間のクリエイターが持つ制作技術の価値は低下するように思える。

しかし、Ketzer氏が語る創造性は、広告を美しく仕上げる技術だけを意味していない。

創造性とは、別の角度から問題を見ること、顧客自身も言語化できていない課題を見つけること、既存の選択肢とは違う考えを提示することでもある。

AIは、与えられた条件に沿って大量の案を作ることには優れている。

だが、そもそも何を問うべきなのか。どの案がブランドにふさわしいのか。その表現が社会にどのような印象を与えるのか。今は使わないほうがよい案はどれか。

こうした判断には、人間の経験、価値観、責任が必要になる。

制作可能な案が増えるほど、作る能力よりも選ぶ能力が重要になる。

百個の案を生成できることよりも、その中から一つを選び、選択の理由を説明し、関係者を納得させる力のほうが希少になる可能性が高い。


「AIと優れた人間の組み合わせは無敵」

Ketzer氏は、AIによって仕事を失うのではないかと不安を感じながらも、自分の才能に自信を持つ人に対し、むしろ一緒に働きたいという趣旨の発言をしている。

その根底にあるのは、AIと優れた人間の組み合わせは、どちらか一方だけでは実現できない力を生み出すという考えだ。

AIは、膨大な情報の整理、パターンの発見、アイデアの展開、作業の自動化を得意としている。

一方、人間は、曖昧な状況を読み、相手の感情を理解し、倫理的な判断を行い、結果に対する責任を引き受ける。

AI時代に価値を失いやすいのは、人間そのものではない。

目的や背景を考えず、決められた作業だけを繰り返す働き方である。

反対に、AIを使って調査や初期制作を効率化し、得られた時間を顧客との対話、戦略、検証、改善へ振り向けられる人は、以前よりも大きな価値を生み出せる。

重要なのは、AIによって生まれた時間を、さらに多くの作業で埋めることではない。

人間にしかできない判断と思考へ振り向けることである。


マーケティング人材がソフトウェア開発に必要になる

Ketzer氏は、マーケティングとコミュニケーションの専門家が担う役割を、人間を理解することだと捉えている。

この能力は、広告制作だけに使われるものではない。

企業がアプリやオンラインサービスを開発する際、技術的に動くものを作るだけでは十分ではない。利用者がどこで迷い、何に不安を感じ、どのような言葉なら理解でき、どの手順なら行動を続けられるのかを考える必要がある。

優れたソフトウェアとは、単に機能が多いソフトウェアではない。

必要な人が、必要な機能を、迷わず安心して使えるソフトウェアである。

その設計には、データ分析に加えて、観察、会話、文化、感情への理解が欠かせない。

未来のマーケティング人材は、広告を作る人から、人間の行動や欲求を技術へ翻訳する人へ変わっていく可能性がある。

プログラマーが不要になるわけではない。技術者と人間理解の専門家が、開発の初期段階から協働する必要性が高まるということだ。

広告会社がテクノロジーに近づくことで、創造性が失われるとは限らない。

人間を理解する力が製品やサービスの設計にも活用されれば、広告会社の創造性が発揮される範囲は、むしろ広くなる。


若手から「経験を積むための仕事」が消えていく

Ketzer氏が示した問題の中で、特に深刻なのが若者の市場参入である。

これまで新人は、情報収集、資料整理、簡単な画像制作、文章の初稿、データ入力など、比較的限定された仕事を担当しながら経験を積んできた。

ところが、こうした業務は生成AIが代替しやすい。

企業にとっては効率化であっても、若者にとっては学習機会の消失になる可能性がある。

経験者だけを採用し、新人向けの仕事をAIに任せれば、数年後には経験者になる人そのものが不足する。

業界への入口を閉じることは、長期的には業界自身の人材基盤を弱める行為だ。

そのため、若手に教える内容も変える必要がある。

AIが文章の初稿を作るのであれば、若手には初稿を評価し、修正する方法を教えなければならない。AIが情報を集めるのであれば、情報の信頼性を疑い、比較し、採用する情報を決める力を育てる必要がある。

操作方法だけでなく、判断基準、問題設定、顧客との対話、リーダーシップ、結果に対する責任を教えることが求められる。

新人教育は、単純作業を順番に経験させる方式から、実際の判断に早い段階で参加させる方式へ変わっていくだろう。


SNSに見える「期待」「警戒」「雇用不安」

番組が公開されてから間もないこともあり、公開検索で確認できる範囲では、番組そのものに対するSNS上の直接的な反応はまだ限られている。

一方で、ブラジルの広告、マーケティング、教育関係者が公開しているAI関連の投稿を見ると、Ketzer氏の発言と重なる議論が活発に行われている。

大きく分けると、三つの反応が見えてくる。

1.AIと人間の組み合わせを歓迎する声

一つ目は、AIを人間の競争相手ではなく、人間の能力を拡張する道具として評価する反応だ。

公開投稿では、AIに人間を加えるだけでなく、希少な才能、異なる経験、好奇心、ユーモア、批判的な視点を組み合わせることが重要だという意見が示されている。

投稿に寄せられたコメントでも、AIを学ぶことによって創造性が失われるのではなく、発想や制作の選択肢が広がったと評価する声が見られる。

この反応は、Ketzer氏が示した「AIと優れた人間の組み合わせ」という考えに近い。

AIを導入しただけでは、組織が創造的になるわけではない。

誰が利用するのか。その人がどのような経験を持ち、どのような問いを立て、どのような判断基準を持っているのかによって結果が変わる。

2.広告が均質化することへの警戒

二つ目は、AIによって広告やブランドの表現が似通ってしまうことへの懸念だ。

複数の企業が同じツールを使い、似た指示を与えれば、効率的で整っている一方、強く記憶に残らない広告が大量に作られる可能性がある。

ブラジルの広告関係者による投稿では、AIの生産性を評価しながらも、広告からブラジルらしい文化、音楽、ユーモア、感情、物語性が失われることへの警戒が示された。

コメント欄でも、AIは制作工程を速めるために利用すべきであり、ブランドや地域が持つ独自性まで機械に任せるべきではないという趣旨の反応が寄せられている。

また、別の投稿では、道具だけがあっても、文化的な知識や観察、経験がなければ、結果は「どこかで見たもの」になりやすいとの指摘もある。

AIが普及するほど、優れた広告の条件は制作技術から、人間の持つ経験や文化的理解へ移っていく。

誰でも作れるようになったからこそ、何を作らないのか、何を守るのかという判断が重要になる。

3.若手の入口が狭くなることへの不安

三つ目は、新人や若手が経験を積む機会が減ることへの不安である。

SNS上では、これまでインターンや若手社員が担当してきた調査、整理、要約、初稿作成といった仕事が自動化され、最初の経験を得る場所が失われるのではないかという問題が提起されている。

投稿への反応では、AIが基礎業務を引き受ければ、将来の熟練者をどのように育成するのかという疑問も示された。

若手は、単純作業だけを学んでいたわけではない。

仕事を通じて、優先順位、顧客の意図、社内の進め方、失敗への対処、品質の基準を身に付けていた。

その過程を取り除きながら、若手に最初から高度な判断力を求めれば、企業は経験を持たない人に経験者の能力を要求することになる。

AIによる効率化と人材育成を両立させるには、企業が意図的に学習機会を設計しなければならない。


「東洋を見る」という発言が持つ意味

Ketzer氏は、AIや世界の未来を理解するためには、米国を中心とする西側の議論だけでなく、東洋にも目を向ける必要があると語っている。

この発言は、単にどの国の技術が進んでいるかを比較するものではない。

私たちが無意識に受け入れている成功モデルや価値観を、別の視点から見直す提案だと考えられる。

広告やテクノロジーについて語るとき、多くの企業は同じプラットフォーム、同じ経営者、同じ成功事例を参照する。その結果、未来に対する想像も似通いやすい。

創造性とは、既存の前提から距離を取る能力でもある。

異なる文化における働き方、消費行動、個人と集団の関係、技術との向き合い方を知れば、自分たちの常識を相対化できる。

誰もが同じAIを利用できる時代には、ツールへのアクセスだけでは差別化できない。

何を見るのか。どの文化から学ぶのか。どのような問題意識を持って技術を利用するのか。その違いが競争力になる。


価値が高まるのは「作る人」ではなく「意味を決める人」

生成AIは広告制作の時間と費用を下げる。

しかし制作が容易になるほど、世の中に流通するコンテンツの量は増え、人々の注意を得ることは難しくなる。

その状況で価値が高まるのは、何を作るかを決める人、なぜ作るのかを説明できる人、必要がなければ作らないと判断できる人である。

企業に必要なのは、AIが提示した案をそのまま採用する担当者ではない。

ブランドの歴史、顧客の感情、事業の目的、社会的な文脈を踏まえ、案を選び直せる人材だ。

広告会社も、大量のコンテンツを安く制作するだけでは価格競争に巻き込まれる。

顧客が本当に解決すべき問題を定義し、技術と創造性を組み合わせ、異なる専門家を動かしてこそ、代替されにくい価値が生まれる。

Ketzer氏の発言は、AIを無条件に礼賛するものではない。同時に、技術を恐れて過去の方法に戻ろうとするものでもない。

技術の進歩を受け入れながら、人間の価値をより具体的に定義し直す姿勢である。

AI時代の広告会社は、広告物を制作する会社から、人間、事業、文化、技術の関係を設計する会社へ変わっていく。

その中心に残るのは、創造性、判断力、信頼、文化への理解、そして異なる才能を一つの目的に結び付ける組織の力である。


出典URL

・UOL「Mídia e Marketing #242」。Guga Ketzer氏へのインタビュー、Sunoの事業観、AIと人材、創造性、若手育成、東洋への視点に関する発言の参照元。
https://economia.uol.com.br/videos/2026/07/20/midia-e-marketing-242-guga-ketzer-ceo-da-agencia-suno-united-creators.htm

・Domenico Massareto氏のLinkedIn公開投稿。AIに人間の才能、経験、好奇心、ユーモアなどを組み合わせるという議論と、投稿に対する反応の参照元。
https://pt.linkedin.com/posts/domenicomassareto_mais-poderoso-que-ia-ia-humanos-e-mais-activity-7300477219317977089-y8nQ

・Luiz Lara氏のLinkedIn公開投稿。AIによる広告の効率化と、表現の均質化、ブラジルらしい文化やブランドの個性が失われる危険性についての議論およびコメントの参照元。
https://pt.linkedin.com/posts/luiz-lara-1aaa3b155_publicidade-comunicacao-ia-activity-7476039573563777024-FMXX

・Pedro Luiz Marcilio氏のLinkedIn公開投稿。AIツールだけでは独創的な表現は生まれず、文化、観察、経験、批評、方向性が必要だとする議論の参照元。
https://pt.linkedin.com/posts/pedromarcilio_pedromarcilio-marketing-propaganda-activity-7457049772458319872-V9Jv

・Luciana Zappala氏のLinkedIn公開投稿。AIが普及するほど、人間の視点や意味を生み出す力が希少な価値になるという議論の参照元。
https://pt.linkedin.com/posts/luciana-zappala-83b1b413_sxsw-publicidade-criatividade-activity-7438250078907060224-M9pc

・Pierre Lucena氏のLinkedIn公開投稿。若手が経験を得てきた基礎業務の自動化、就職の入口、将来の熟練人材の育成を巡る議論とコメントの参照元。
https://pt.linkedin.com/posts/pierrelucena_se-voc%C3%AA-est%C3%A1-procurando-o-primeiro-emprego-activity-7482517654956564480-2Kn6

・Suno United CreatorsのLinkedIn企業ページ。全員を「creator」と位置付け、多様な創造活動を重視する同社の組織的な考え方を確認するための参照元。
https://br.linkedin.com/company/suno-unitedcreators