「昔は普通」がじつはNGだった? タバコ、体罰、放任主義 : 60年代子育てと子どもの脳の話

「昔は普通」がじつはNGだった? タバコ、体罰、放任主義 : 60年代子育てと子どもの脳の話

「昔は普通」だった60年代の子育てを、いま脳科学から見直すと

木目調のステーションワゴン、ノーヘルメットで風を切る自転車、車内にはタバコの煙。
アメリカの60年代〜70年代の子ども時代といえば、こんなノスタルジックなイメージがよく語られます。


米AOLに掲載されたMediaFeedの記事「The ’60s parenting practices we now know were terrible for kids’ brains」は、そんな「自由でワイルドだったあの頃」の子育て習慣を、最新の科学研究と照らし合わせて検証し、「じつは子どもの脳にはかなりきつかった」と指摘しています。AOL


この記事を手がかりに、60年代の親たちが「当たり前」としていたことを、脳科学・公衆衛生・心理学の視点から整理しつつ、SNS上でいま噴き出しているブーマー世代・X世代の本音も拾ってみましょう。



1. 「あの頃の普通」は、いま見るとかなりハードだった

60年代の子育てを振り返る記事やコミュニティを見ると、よく出てくるフレーズがあります。

  • 「親は家でタバコを吸っていたし、車の中でもモクモク」

  • 「子どもは近所を走り回り、日が暮れるまで戻らなかった」

  • 「砂糖たっぷりのシリアルとジュース、ヘルメットなんて誰もかぶらない」Country Living


当時の文化を振り返るブログでは、「子どもは見られるものであって、聞かれる存在ではなかった」「泣いたら『泣き止まないともっと泣く理由を教えるぞ』と言われた」といった“あるある”も並びます。The Expert Editor


多くの大人たちはSNSで

「それでも私たちはちゃんと生き延びたし、むしろタフになった」

と誇らしげに語ります。実際、Gen X世代を「ブーマーの厳しい子育ての中で育ったから、今のレジリエンスがある」とポジティブに描く記事もあります。SJ O'Neill Consulting


しかし、近年の研究は、「生き延びたこと」と「影響がなかったこと」は別問題だ、と冷静に告げています。



2. 車の中のタバコ――小さな脳が吸い込んだ受動喫煙

60年代の家庭で、ごく普通に行われていたのが「室内・車内での喫煙」です。AOLの記事でも、車の中でタバコを吸う親の姿が典型例として挙げられ、その後追いかけてきた研究を紹介しています。AOL


現在の調査では、車内での受動喫煙は、窓を開けていても煙のない家庭と比べて濃度が数十倍になることが報告されています。子どもの肺は小さく呼吸数も多いため、同じ空気を吸っていても、体重あたりの吸収量は大人より高くなりがちです。no-smoke.org


タバコの煙に含まれる有害物質、とくにニコチンや一酸化炭素、細かな粒子は、子どもの脳の発達とも関係します。複数の研究で、受動喫煙にさらされた子どもは語彙や推論能力が低下しやすいことや、注意欠如・多動傾向が増える可能性が指摘されています。PMC


当時の親たちはもちろん「脳に悪い」と思って煙を浴びせたわけではありません。喫煙が「大人の普通」であり、健康リスクの知識も今ほど広まっていなかっただけです。それでも、科学が進んだいま振り返ると、「何も知らない子どもがかなりきつい環境に置かれていた」ということは否定できません。



3. 叩いてしつける? 体罰が脳に残す傷あと

60年代の子育てを語るとき、避けて通れないのが体罰です。ビンタ、尻叩き、ベルトや物で軽く打つ――どれも「愛のムチ」として正当化されてきました。


しかし、ここ20年ほどの研究は、体罰が子どもの脳と心にどんな影響を与えるのか、かなりはっきりした絵を描き始めています。

  • ハーバード大学の研究では、体罰を受けた子どもは脅威に対する脳の反応が強くなり、虐待と似たパターンを示すことが報告されました。gse.harvard.edu

  • WHOは2025年のレポートで、体罰は発達の遅れや不安・うつ・低い自己肯定感など、多くのリスクと結びつき、行動面にも長期的な悪影響をもたらすとまとめています。世界保健機関

  • 大規模な縦断研究では、体罰と認知発達の遅れ、学業成績の悪化の関連も繰り返し確認されています。PMC


もちろん、すべての子どもが同じようなダメージを受けるわけではありません。たとえ叩かれても、他の場面で十分な愛情や安全基地を感じられた人もいるでしょう。それでも、統計的には「叩かれないほうが、より健全に育つ確率が高い」と言わざるをえないところまで、エビデンスは積み上がっています。



4. 「子どもは黙っていなさい」――権威主義的な子育ての影響

60〜70年代の「厳しい親」を振り返る記事には、こんなルールが並びます。The Expert Editor

  • 子どもは「見られるもの」であり、口を出すものではない

  • 大人の権威には決して逆らわない

  • 感情は見せない、特に男の子は泣くな

  • しつけは素早く、しばしば体罰を伴う

  • 「いい子」でいることが、愛される条件のように扱われる


心理学では、こうしたスタイルを「権威主義的(authoritarian)」な養育と呼びます。近年のレビューによれば、権威主義的な親のもとで育った子どもは、不安・抑うつ、自己肯定感の低さ、抑圧された感情、行動上の問題を抱えやすいとされています。国立バイオテクノロジー情報センター


対照的に、明確なルールや期待は示しつつ、子どもの気持ちを尊重し対話を重ねる「権威的(authoritative)」なスタイルは、学業成績の向上やライフサティスファクションの高さと強く関連していることが、多国間研究で確認されています。サイエンスダイレクト


60年代の親の多くは、「厳しくしておけば間違いない」と信じていました。彼ら自身が、さらに厳しい親に育てられていたことも多いからです。ただ、いま私たちができるのは、その善意を否定することではなく、「結果として子どもの脳と心に何が起きていたのか」を理解し、次世代の子育てに活かすことです。



5. ヘルメットもシートベルトもなし、そして環境毒素

また、60年代の子ども時代を語るとき、忘れられないのが「安全意識」の大きな違いです。

  • 車の後部座席で、シートベルトなしで寝転ぶ

  • ピックアップトラックの荷台に乗ったまま走る

  • 自転車・スケボーは当然ノーヘルメット

  • 遊具はコンクリートの上、高さも今よりずっと高い

こうした環境は、頭部外傷や事故のリスクを高めます。医学的には、幼少期の強い頭部外傷が、その後の認知機能や精神疾患リスクに影響しうることが示されていますが、60年代当時はそこまでの認識がありませんでした。


さらに深刻なのが、環境毒素、なかでも「鉛」です。

  • CDCやWHOは、鉛に「安全なレベルは存在しない」とし、少量の暴露でも子どもの脳の発達遅延や行動問題、IQの低下に結びつくと警告しています。疾病対策センター

  • ニュージーランドの縦断研究では、幼少期に高い血中鉛濃度を示した人々は、成人期のIQが低く、学歴や職業ステータスも下がる傾向が確認されました。ジャーナル・オブ・アメリカン・メディカル・アソシエーション

  • 1950〜80年代に子ども時代を過ごしたアメリカ人の大半が、現在の基準なら「高すぎる」血中鉛レベルにあったと推定する研究もあり、その結果として失われたIQポイントは、国全体で何億ポイントにも及ぶと試算されています。PMC


当時は、ガソリン・塗料・水道管などあらゆるところに鉛が使われていました。「親の子育て」というより社会全体の責任ですが、60年代の子どもたちの脳は、今日では考えられないレベルの環境ストレスにさらされていたことになります。



6. SNSで噴き出すブーマー世代の本音

こうした話題がメディアに出ると、SNSはすぐに賛否両論で荒れます。実際、このAOL記事に反応した投稿を追ってみると、いくつかのパターンが見えてきます。


① 「だから我々は強くなった」派

Facebookのグループやブログでは、

  • 「あの頃は放課後に外で遊びほうけていたけど、それが自立心とレジリエンスを育てた」

  • 「ブーマー世代は、体罰や厳格な学校教育を乗り越えたからこそタフだ」

と語る声が目立ちます。ベビーブーマーブリス


「受動喫煙も、シートベルトなしも、今の基準では危ないけれど、当時は普通だった。過去を全部“虐待”と決めつけるな」という反発も根強くあります。


② 「本当は傷ついていた」派

一方で、「ブーマーの“タフな子育て”で今も苦しんでいる」と打ち明ける投稿も少なくありません。

  • 「赤ちゃんのころから“抱き癖がつく”と言ってあまり抱いてもらえなかった」

  • 「泣くと怒鳴られ、叩かれた。いまも感情表現が怖い」

といった声は、海外の育児フォーラムでもよく見られます。Reddit


「私たちは『生き延びた』けれど、メンタルヘルスの代償を払ってきたのでは?」という問いかけです。


③ 「科学は大げさだ」派

さらに、「科学はしばしば大げさで政治的だ」として記事そのものを批判する論調もあります。倫理ブログ「Ethics Alarms」では、このAOL記事について

研究を恣意的に選び、自分の主張を補強するために“科学”を持ち出している

と手厳しく論じています。Ethics Alarms


この視点も、ある意味で重要です。科学的な知見は常に更新され続けるものであり、一つの記事や一つの研究だけを根拠に、ある世代を丸ごと断罪するのは危険だからです。


④ 「うちの親は例外だった」派

また、LinkedInなどでは「記事に書いてあるようなことは、うちの親はしていなかった」と語る人もいます。両親がタバコをやめたり、学校やスポーツ行事に積極的に関わったりと、当時としては先進的な育児をしていた例も共有されています。LinkedIn


同じ60年代でも、家庭によって体験は大きく違う――それを忘れないためのカウンター・ストーリーと言えるでしょう。



7. 「ダメだったこと」と「よかったこと」をどう引き継ぐか

ここまで見ると、60年代の子育ては「悪のオンパレード」のように聞こえるかもしれません。しかし、公平に言えば、当時の子育てには、いま見ても魅力的な点も存在します。

  • 子ども同士で外遊びを思い切りできる「自由さ」

  • 近所全体で子どもを見守るコミュニティ感覚

  • 親が常に「発達に良いか悪いか」を気にせず、肩の力を抜いていた点


科学は、「何が脳や健康に悪影響か」を教えてくれますが、「どうすれば家族が幸せか」まで決めてくれるわけではありません。

これからの世代にとって大事なのは、

  1. 明確にダメと分かったことは、しっかり手放すこと

    • 体罰や暴力的なしつけ

    • 子どもの前や車内での喫煙

    • 鉛をはじめとした環境毒素への無自覚な暴露

  2. 60年代の「良かった部分」は、形を変えて引き継ぐこと

    • 危険をコントロールしながら、外遊びや自発的な冒険の機会を確保する

    • 近所付き合いや地域コミュニティのつながりを再構築する

    • 子どもの主体性や失敗の経験を、過度に管理しすぎずに見守る

  3. 最新の知見に振り回されず、「自分の家族にとってのちょうどよさ」を探すこと

    • 科学論文やニュースを鵜呑みにせず、複数の情報源を見る

    • 自分たち親世代のメンタルヘルスやストレスにも目を向ける

    • 子どもと対話しながら、ルールや価値観をアップデートしていく

ことだと言えるでしょう。



おわりに:ノスタルジーをアップデートする

「60年代の子育ては、子どもの脳に悪かったのか?」という問いは、単なる歴史の話ではありません。


それは、

  • 自分の子ども時代をどう意味づけるか

  • 親をどう理解しなおすか

  • そして、自分が親として何を選び、何を手放すか

という、とても個人的で感情的なテーマでもあります。


SNSでは、「昔の親たちを責めるな」「いや、ちゃんと問題として認識しよう」と、今後もしばらく議論が続きそうです。

大切なのは、どちらか一方に振り切ることではなく、

  • 親世代の善意や当時の制約を認めつつ

  • 科学が教えてくれるリスクも直視し

  • そのうえで、次の世代によりよい選択肢を手渡すこと

なのかもしれません。


ノスタルジーを捨てる必要はありません。ただ、そのノスタルジーを、最新の知識で「アップデート」していく――それこそが、60年代に育った私たち世代に与えられた、新しい役割と言えるでしょう。



参考記事

「1960年代の育児法:今では子どもの脳に悪影響を与えるとわかっていること」 - AOL.com
出典: https://www.aol.com/60s-parenting-practices-now-know-165654903.html