【テニス】ダブルスは本当に不人気なのか ― 縮小案をめぐる選手とファンの反発

【テニス】ダブルスは本当に不人気なのか ― 縮小案をめぐる選手とファンの反発

男子プロテニス界で、競技の将来を左右しかねない改革案が浮上している。

ATPが2028年以降、ツアー大会における男子ダブルスの出場枠を大幅に縮小し、ダブルスに配分する賞金の割合も引き下げる方向で検討を進めているというものだ。

報じられている案では、ATPマスターズ1000のダブルスは現在の32組から16組へ、ATP500とATP250では16組から8組へと半減する。大会賞金のうちダブルスに割り当てられる比率も、おおむね20%から10%程度に下げることが検討されている。

まだ最終決定ではない。しかし、単なる大会形式の変更として片付けるには、あまりにも影響が大きい。

失われるのは試合数だけではない。出場機会、ランキングポイント、賞金、スポンサーとの接点、コーチやトレーナーの仕事、若手選手がプロを目指すための道筋まで狭くなる。ダブルスという種目を小さくすることが、結果としてテニスという競技全体を小さくしてしまうのではないか。これが今回の議論の核心である。


ATPがダブルスを縮小したい理由

ATP側の発想には、一定の経営合理性がある。

現在の男子ツアーで、商業的な中心にあるのは圧倒的にシングルスだ。大会の宣伝、テレビ中継、動画の再生数、スポンサー露出の多くは、シングルスのトップ選手を軸に組み立てられている。

一般のスポーツファンが大会名を聞いて思い浮かべるのも、ほとんどの場合はシングルスの優勝者である。ダブルス専門選手の名前を何人も挙げられる人は、熱心なテニスファンに限られるだろう。

大会運営にも難しさがある。シングルスとダブルスの両方に出場する選手がいると、試合日程の調整が複雑になる。人気シングルス選手のナイトセッションを組みたいのに、その選手のダブルスが残っているため希望通りに動かせない、といった問題も生じる。

加えて、下位のシングルス選手が抱える経済的な厳しさも無視できない。遠征費、宿泊費、コーチ代、トレーナー代などを選手自身が負担する個人競技では、世界ランキング上位に入らなければ安定した収入を得にくい。ATPは、ダブルスへの配分を減らした分をシングルスの序盤敗退者に回し、より多くの選手がプロ生活を維持できるようにする考えを示している。

大会が限られた時間、コート、賞金、放送枠を使って運営される以上、収益を生みやすい種目を優先するという判断は理解できる。「見たい人が多いものに多く投資する」という市場原理だけで考えれば、ダブルス縮小案は不自然ではない。

だが、スポーツは現在の売り上げだけで価値を測れる商品ではない。


「人気がない」のか、「見える場所にない」のか

ダブルス側から最も強く出ている反論は、「人気がないから露出が少ない」のではなく、「露出が少ないから人気が育たない」というものだ。

大会公式サイトやSNSを見ても、投稿の大半はシングルスで占められる。ダブルスの試合は映像が配信されないことがあり、配信されても探しにくい。好カードが小さなコートや観客の少ない時間帯に割り当てられ、決勝でさえシングルスの前後に付け加えられたような扱いを受ける場合がある。

選手の背景やペア結成の経緯、戦術、ライバル関係も、ほとんど紹介されない。これでは、新しいファンが選手の名前や物語を覚える機会がない。

知られていない選手の試合は見られない。視聴者が少ないため、さらに中継や宣伝が減る。その結果を見て、運営側が「需要がない」と判断する。この循環が何年も続いてきた。

ダブルス選手たちが問題視しているのは、収益性だけではない。十分に売る努力をしないまま、「商品として弱い」と評価されることへの不信感である。

実際、著名なシングルス選手がダブルスに出場すると、観客が集まることは珍しくない。オリンピックや国別対抗戦では、ダブルスが勝敗を決める重要な試合として大きな注目を浴びる。つまり、ダブルスという競技形式そのものに魅力がないわけではない。

速い展開、ネット際の反応、二人の連係、ポジショニングの駆け引きは、シングルスとは異なる面白さを持つ。ラリーの長さだけでは測れない緊張感もある。

問題は、観客がその面白さに出会うための入口が、あまりにも少ないことだ。


選手たちが恐れる「職業としての消滅」

ドローが半分になれば、単純計算で大会に参加できるペアも半分になる。

マスターズ1000で16組、ATP500や250でわずか8組となれば、上位の限られたチームだけで出場枠の大半が埋まる可能性が高い。ランキングを上げようとする中堅や若手は、大きな大会に出る機会そのものを失う。

大会に出られなければポイントを獲得できず、ポイントがなければ次の大会にも出られない。テニスのランキング制度では、入口が狭くなるほど上位選手が固定されやすくなる。

ダブルス選手の共同声明では、賞金だけでなく、意思決定の透明性や選手とのコミュニケーション不足も問題視された。影響を最も強く受ける当事者が、十分な説明や協議を受けないまま改革が進んでいるという懸念である。

ダブルスの名手として時代を築いたボブ・ブライアン、マイク・ブライアン兄弟も、機会を減らすのではなく、競技を成長させる方向を目指すべきだと批判した。

ダブルスは、シングルスで成功できなかった選手の「受け皿」ではない。サーブ、リターン、ボレー、反射、予測、パートナーとの意思疎通など、専門的な能力を必要とする独立した競技である。

しかし、出場機会と賞金が同時に減れば、その技術を磨いて生計を立てるという職業モデルが成立しにくくなる。トップ数組以外は遠征費を賄えず、引退を選ばざるを得なくなるだろう。

それは選手本人だけの問題ではない。帯同するコーチ、フィジオ、トレーナー、エージェントにも影響が及ぶ。世界各国の大会やクラブに蓄積されてきたダブルス指導の知識も、プロへの出口を失えば徐々に弱くなっていく。


SNSでは賛否が真っ二つに

 

この問題をめぐるSNS上の議論は、ダブルスの現在地を映し出している。

反対派から多く見られるのは、「宣伝していない競技に対して、人気がないと言うのは不公平だ」という意見だ。公式SNSではシングルス関連の投稿ばかりが並び、ダブルスのハイライトや選手紹介が極端に少ないと指摘されている。

「賞金を減らせば有力選手がダブルスを選ばなくなり、さらに注目度が落ちる」「育ててこなかった商品を、売れないから削るのは順序が逆だ」という声も目立つ。

出場枠の縮小によって同じ上位ペアばかりが残り、新しいチームが成長する余地がなくなることを心配する投稿もある。若い選手がプロを目指す際、成功できる人数が一段と少ない競技だと判断すれば、早い段階でテニスを諦めてしまうという懸念だ。

一方で、縮小案を現実的な選択として受け入れる声もある。

「大会会場でダブルスを見ている観客は少ない」「専門選手よりも、有名なシングルス選手が出場したときだけ注目される」「収益を生まない部門を維持するために、他の選手の賞金を抑える必要はない」といった意見である。

シングルスの世界ランキング数百位の選手に資金を回す方が、競技全体の選手層を維持できると考えるファンもいる。大会運営にかかる宿泊、移動、食事、車両、練習コートなどの費用を考えれば、参加人数の削減は避けられないという見方だ。

さらに、「ダブルスは見るよりプレーする方が楽しい」「チームが頻繁に入れ替わるため応援しにくい」「長期間活動するペアを増やし、チームとしてブランド化する必要がある」といった改革提案も出ている。

SNSの反応は統計的な世論調査ではない。それでも、現在のダブルスが抱える二つの現実は明確に表れている。

一つは、ダブルスを守りたい熱心なファンが確実に存在すること。もう一つは、一般層に届く商品として十分に確立されていないことだ。


日本にとってダブルスは「脇役」ではない

この問題を日本から見ると、プロツアーの賞金配分だけでは済まされない意味が見えてくる。

日本では、ダブルスは学校部活動、市民大会、テニススクール、企業チーム、地域クラブなど、競技のあらゆる段階で親しまれている。

限られたコートを四人で利用できるため、都市部のように施設が不足しやすい地域でも参加者を増やしやすい。シングルスより守備範囲が狭く、年齢や体力に合わせて続けやすいことから、生涯スポーツとしても重要である。

初心者にとっては、パートナーと声を掛け合いながらプレーできることが継続の支えになる。個人競技でありながら、チームスポーツの楽しさを味わえる点も大きい。

学校の団体戦では、ダブルスの勝敗がチーム全体の結果を左右する。そこで連係や責任感を学び、競技を好きになる生徒も多い。プロのダブルスが小さくなれば、こうした選手たちが目標にできる舞台も小さくなる。

日本テニス協会が2026年3月に公表した調査では、2025年のジュニア登録選手は5万4682人だった。前年からは増加したものの、2023年の水準には戻っていない。

高校のテニス部員は6万7396人で、2018年の約9万6000人から大きく減少している。中学生も2025年は3万3697人で、2016年ごろの約4万5000人を下回る。加盟・登録校数も減少しており、少子化の影響とともに、競技への入口そのものが細くなっている。

もちろん、ATPのダブルス削減案が日本の部活動人口を直ちに減らすわけではない。

しかし、競技の頂点で出場機会が削られれば、「努力を続けた先にどのような未来があるのか」という問いに答えにくくなる。プロを目指す選手が減れば、指導者、地域大会、スクール、用品市場にも長期的な影響が広がる。

競技人口が自然に増えていた時代なら、頂点を多少狭くしても新しい選手が供給されたかもしれない。人口減少が進む日本では、入口と出口のどちらも守らなければ、競技の循環が切れてしまう。


錦織圭や大坂なおみの成功だけに頼れない

日本のテニス人気は、長くスター選手の活躍に左右されてきた。

世界のトップで日本人選手が勝てば、テレビやニュースでテニスが大きく扱われ、子どもたちがラケットを握るきっかけになる。しかし、次の国民的スターが常に現れる保証はない。

スターが不在の時期にも競技を支えるのは、地域の大会、学校、スクール、指導者、熱心なファン、そしてシングルス以外を含む多様な参加機会である。

トップ選手だけに投資し、その周辺を削っていけば、一時的には効率が上がる。しかし、スターを生み出す土壌は薄くなる。

ダブルスの縮小案は、現在のテニス界が抱える「少数の有名選手へ関心と資金が集中する構造」をさらに強める可能性がある。トップ選手の試合は豪華になる一方、それ以外の選手が観客に知られる機会は減る。

日本のファンにとっても、海外の有名選手だけを見るスポーツになれば、国内大会や日本人の中堅選手を応援する理由が弱くなってしまう。


削減の前に試すべきことがある

ダブルスを現在の形のまま無条件で維持すればよい、という話でもない。

観客に届いていないのであれば、競技側も変わる必要がある。だが、最初の手段が出場枠と賞金の半減である必要はない。

まず求められるのは、判断に使われたデータの公開だ。ダブルスが大会ごとにどれほどの観客、視聴時間、配信契約価値、スポンサー露出を生んでいるのか。どの時間帯やコートで数字が伸びるのか。十分な宣伝を行った大会と、ほとんど行わなかった大会で差があるのか。

データを選手と共有しなければ、改革は単なるコストカットと受け取られる。

次に、選手とチームを覚えてもらう取り組みが必要だ。長期間活動するペアをチームとして紹介し、結成の経緯、性格の違い、戦術、コミュニケーションを短い動画で伝える。シングルスと同じように、対戦の背景に物語をつくるのである。

試合の配置も重要だ。観客が残りにくい深夜や、ほとんど告知されない小コートに置いた結果だけで需要を判断してはならない。シングルスの好カードと組み合わせたチケット、地元選手が参加する特別ペア、子ども向けの戦術解説など、観戦の入口はつくれる。

有名シングルス選手の参加を促しながら、専門選手の出場枠を守る制度も考えられる。シングルスランキングだけで専門ペアが締め出される仕組みではなく、双方が共存できる枠を設けるべきだろう。

日本国内でも、地域や企業を代表する固定チーム型のダブルス大会、学校大会とプロ大会をつなぐイベント、トップ選手によるクリニックなどを強化できる。誰を応援すればよいかが明確になれば、ダブルスはシングルスとは異なるファン層を獲得できる可能性がある。


テニスの価値は効率だけでは決まらない

ATPの改革案は、スポーツが抱える難しい問いを突きつけている。

収益の少ない部門をどこまで守るべきなのか。限られた賞金を、ダブルス専門選手とシングルス下位選手のどちらに配分するのか。伝統と市場の要求をどう両立させるのか。

簡単な答えはない。

ただし、現在の数字が小さいという理由で競技機会を先に削れば、その数字が将来大きくなる可能性まで消してしまう。

ダブルスは、グランドスラム、オリンピック、国別対抗戦、学校部活動、市民大会まで、テニス文化のあらゆる場所に存在する。プロツアーの一部門であると同時に、多くの人が実際にプレーしているテニスに最も近い種目でもある。

日本の公営コートで週末にプレーしている人の多くは、シングルスではなくダブルスを楽しんでいる。競技の商業的な頂点と、日常のテニス文化をつないでいるのがダブルスだともいえる。

その橋を細くすれば、短期的には経費を減らせるかもしれない。しかし長期的には、プロを目指す選手も、試合を支える仕事も、地域でラケットを握る人も減っていく危険がある。

問われているのは、ダブルスを残すかどうかだけではない。

テニス界が、現在すでに売れているスターと大会だけを残すのか。それとも、次の選手、次のファン、次の文化が生まれる余白を守るのかという選択である。

テニスを成長させたいのであれば、最初に行うべきことは競技を小さくすることではない。見えなかった魅力を見えるようにし、知られていなかった選手を知ってもらい、参加したい人が入れる場所を増やすことだ。

ダブルスを半分にする改革が、本当にテニスを二倍強くするのか。

それとも、テニス全体を少しずつ小さくしていくのか。

2028年に向けた判断は、男子ツアーだけでなく、日本を含む世界のテニス文化の将来を左右することになる。


出典URL

Sportskeeda。ATPによる2028年以降のダブルス縮小案が、種目を越えてテニス全体に及ぼす問題を論じた記事。
https://www.sportskeeda.com/tennis/tennis-talk-tennis-is-shrinking-here-s-why-that-s-problem

ATPが検討している「Product 28」の内容。マスターズ1000を32組から16組、ATP500・250を16組から8組へ減らす案や、賞金配分、ATP側の説明を報じている。
https://www.benrothenberg.com/p/atp-doubles-rule-changes-draw-prize-money-product-28-specialists-wimbledon-mens-doubles

ダブルス選手の反発、ATPの公式見解、賞金比率を20%から10%へ引き下げる可能性などを伝えたロイター報道。
https://www.reuters.com/sports/tennis/doubles-players-angry-proposed-atp-cuts-2026-07-04/

大会運営側から見た縮小案の利点と、選手の生活が成立しなくなる懸念の双方を紹介したリチャード・クライチェクへのインタビュー。
https://www.ubitennis.net/2026/07/exclusive-reducing-doubles-draws-has-advantages-says-atp-tournament-chief-richard-krajicek/

ダブルス選手による共同声明の内容。出場機会の減少、意思決定の透明性、コーチや各国協会、次世代への影響を訴えている。
https://www.puntodebreak.com/en/2026/07/03/the-doubles-players-issue-tough-statement-asking-the-atp-to-rectify-its-changes-for-2028

ボブ・ブライアン、マイク・ブライアン兄弟が、ダブルスの機会を削減するのではなく拡大すべきだと批判したことを伝えた記事。
https://www.espn.com/tennis/story/_/id/49294999/bryan-brothers-criticize-atp-proposal-doubles-tennis

ダブルス縮小案に対するファンの議論。「宣伝不足が不人気を招いている」という反対論と、「収益や観客が少ない」という容認論の双方を確認するために参照した。
https://www.reddit.com/r/tennis/comments/1uma1i8/top_doubles_male_players_with_an_official/

改革案の第一報をめぐるファンの議論。出場枠の固定化や専門選手の排除を心配する反応を確認した。
https://www.reddit.com/r/tennis/comments/1ul27yh/breaking_atp_aims_to_reduce_doubles_on_tour/

日本テニス協会「令和7年度テニス環境等実態調査」。2025年のジュニア、高校生、中学生の登録人数と推移、登録校数を参照した。
https://www.jta-tennis.or.jp/Portals/0/resources/JTA/pdf/information/population/population_R7_jpnv7.pdf

日本テニス協会の調査一覧。ジュニア世代の選手減少や、小学校でのテニス型授業「テニピン」普及事業について説明している。
https://www.jta-tennis.or.jp/about_jta/statistics_survey/