苦戦するスターバックス――「長居を促す」巨額改装はなぜ成果に結びつかないのか（日本と海外の比較）

1. 何が起きているのか――数字で読む「改装の手応え」と限界

• 2025年10月発表の決算では、**世界の既存店売上が+1%**と7四半期ぶりに反転。原動力は国際部門（+3%）で、米国は横ばいにとどまった。売上は改善したが、レイオフ約900人、約100店舗閉鎖など再編費用が利益を大きく圧迫した。investor.starbucks.com+2Reuters+2

• 2025年夏時点では6四半期連続のマイナス（Q3 -2%）が続いており、体質改善の遅れが露呈していた。足元の反転は「底打ち」のサインだが、改装＝即効薬ではなかったことも示している。Reuters+1

2. スタバが進める「長居のための空間」――何を変えたのか

• 2025年秋から本格化した新デザインでは、過去に減らした席を“数十万席単位”で再配置し、ソファや柔らかい素材、温かい色調、地域モチーフを取り入れる。エスプレッソバーは“手仕事の見える化”を重視し、モバイル受け取りのリザーブ台も新設。restaurantdive.com+1

• 公式発表でも「座席の復活と居心地」が強調され、Back to Starbucks は“滞在価値”の再構築を狙う。スターバックスについて+1

3. それでも成果が見えにくい理由（米国）

1. マクロ逆風
   インフレ・不確実性で外食節約が進み、特に中所得層以下の外食頻度が落ちる。カフェの“滞在消費”は discretionary（裁量支出）で削られやすい。Reuters
   
   

2. デジタル×回転率の慣性
   モバイル注文やドライブスルーに最適化されたオペレーションは短時間・高回転を前提とする。「長居で客単価を上げる」モデルと衝突しやすく、**席を増やしても“座らない客の波”**が主役だと空間投資の回収が遅れる。restaurantdive.com
   
   

3. コスト構造の硬直性
   2025年は店舗閉鎖・人員削減・再編費用で損益が重く、改装効果を会計上のノイズが覆う。短期PLでは**“効いたのに見えない”**状態になりやすい。ガーディアン
   
   

4. ブランド体験の“分断”
   利用動機が**「長居（内食）」「テイクアウト」「ドライブスルー」「モバイル受け取り」**に分化。単一の店舗デザインで全方位を満たすのは難しい。restaurantdive.com

4. 日本：長居文化と景観適応のアドバンテージ

• 日本市場は**“サードプレイス志向”が根強く**、学習・打合せ・一人時間のニーズが高い。スタバは**町家や寺社景観に配慮した店舗（例：京都・二寧坂の畳席店）**など、地域文脈を取り込む設計で“長居の必然性”を高めてきた。ULPA

• 店舗網は郊外SCや地方中核都市へ拡張し、全国的なアクセスを確保。これは“日常使い”の滞在ニーズに合う。stats-japan.com

• 一方で、韓国や米国のような超高密度出店・デジタル回転モデルと比べ、日本の穏やかな拡張は“滞在設計”と親和的だが、回転率・人件費・席稼働のKPI設計が課題。コリアヘラルド

5. 海外（米国・欧州・アジア）の分岐

• 米国：売上は持ち直しつつも既存店は横ばい。価格ではなく接客・待ち時間短縮・ピーク人員最適化を打ち出すが、改装コストの吸収に時間。investor.starbucks.com

• 国際部門：既存店+3%。中国以外の伸びや、観光回復・オケージョン多様化が寄与した可能性。Reuters

• グローバル共通：2025年の席数復活・居住性向上は世界同時のデザイン刷新。**“どこでも同じ”から“土地に馴染む”**への転換が見える。スターバックスについて+1

6. 「長居は売上に効くのか？」――単純な足し算ではない

• 座席＝滞在時間↑＝客単価↑は成立しやすいが、回転率×人件費×ピーク混雑の三角形でバランスが崩れると収益はむしろ悪化する。

• 成功条件は次の5点。

  1. オケージョン別ゾーニング：集中席／談笑席／PC電源席／短時間席を明確に分ける。restaurantdive.com

  2. モバイル波の分離：受け取り導線と“滞在島”を物理的に分け、混雑体感を下げる。restaurantdive.com

  3. メニューの“滞在連動”：長居の“二杯目・軽食”を誘発する小腹メニュー・おかわり設計（午後帯の需要創出）。The Sun

  4. ピーク人員×スマートキュー：待ち時間を体感で短縮し、**“座る前の離脱”**を防ぐ。Investopedia

  5. 席稼働の可視化：席種ごとに滞在長・再注文率・混雑ストレス指数をKPI化し、内装投資の回収速度を測る。

7. “サードプレイス 2.0”のKPI設計（実務の視点）

• KPI例

  • 滞在席再注文率：≥30%（30分超滞在客の二次購入比率）

  • オフピーク誘導率：+5pt（14–17時の取扱構成比）

  • モバイル波分離指数：待機人流の滞在島侵入率≤10%

  • 席回転の最適点：平均滞在55–75分（学習席）/ 25–35分（短時間席）

  • 客単価差分：滞在席 vs 立寄り席 ≥+12%

• 運用：動線センサー・Wi-Fiログ・POSを統合し、席種別LTVで内装ROIを評価。

8. 日本と海外の比較・提言

• 日本：

  • 緻密な景観適応・座席多様化・“静かな長居”文化が追い風。

  • 提言：学習席×軽食の午後帯強化、コンセント席のプレミアム化、リフィル設計の再最適化。ULPA
    
    

• 米国：

  • ドライブスルー需要が強く、“座る理由”の再発明が必要。

  • 提言：店舗タイプ別の二極化（滞在特化型 vs 回転特化型）、回遊を生む陳列と昼下がりスナック。restaurantdive.com+1
    
    

• 共通：

  • 改装は**“空間”だけで完結しない**。価格・メニュー・デジタル・人員・回転の五位一体で初めて成果が立ち上がる。

9. これから1年の見通し

• 決算は売上反転の初期サインを示したが、利益の回復は投資の減速と稼働改善の同期が条件。アナリストは2026年の米・国際の改善を見込むが、景気と消費マインド次第で振れ幅が大きい。ブルームバーグ

• 投資家・現場にとっての合言葉は**「滞在価値の貨幣化」**。**座席の“量”ではなく“質”**で勝ち切れるかが試金石だ。