同じ給料でも、なぜ人は「自分だけ貧しい」と感じるのか

同じ給料でも、なぜ人は「自分だけ貧しい」と感じるのか

同じ給料でも、なぜ人は「自分だけ貧しい」と感じるのか

22カ国20万人調査が示した、SNS時代の“比較の毒”

給料はそこまで悪くない。生活も破綻していない。家賃も払えているし、食事もできる。けれど、友人の転職報告、同僚の昇進、同世代のマイホーム購入、海外旅行の写真を見た瞬間、胸の奥に小さなざわつきが生まれる。

「自分は遅れているのではないか」
「同じ年齢なのに、なぜあの人はあんな生活ができるのか」
「自分の収入は、本当は少ないのではないか」

この感覚は、単なる嫉妬や気の持ちようとして片づけられがちだ。しかし、カナダ・マギル大学の研究チームによる国際調査は、この“周囲より貧しいと感じること”が、人の幸福感や健康感、人生の意味、人間関係にまで影響する可能性を示している。

重要なのは、実際の収入が同程度でも、この影響が見られた点だ。つまり問題は「いくら稼いでいるか」だけではない。「誰と比べているか」「自分がその集団の中でどの位置にいると感じているか」が、心の状態を左右している。

今回の研究が扱ったのは、「相対的剥奪」と呼ばれる感覚である。これは、絶対的に生活に困っているかどうかとは別に、自分が比較対象よりも少ない、低い、劣っていると感じる状態を指す。たとえば月収が同じ人でも、周囲が同じ程度の生活をしていれば安心できる。一方で、同じ月収でも、周囲が高級マンションに住み、頻繁に旅行し、資産形成を語っていれば、自分だけが取り残されているように感じるかもしれない。

研究チームは、22カ国の20万人超を対象とした大規模データを分析した。調査では、若者、成人、高齢者を含む幅広い年齢層が対象となり、幸福感や人生満足度、心身の健康、人生の意味や目的、親密な人間関係、経済的・物質的安定など複数の側面から「人間的繁栄」が測定された。

その結果、周囲より経済的に劣っていると感じる人ほど、これらの指標が低くなる傾向が見られた。しかも、この傾向は調査時点だけでなく、1年後の追跡調査でも確認された。単なる一時的な落ち込みではなく、比較によって生まれる不利感が、時間をおいても心の状態に影を落とす可能性がある。

この結果は、多くの人にとって直感的にも理解しやすいはずだ。人は自分の収入を、統計上の中央値や全国平均だけで判断しているわけではない。むしろ日々の生活の中で目に入る、より近い他者と比較している。

同じ職場の同期。
同じ大学を出た友人。
同じ年齢のインフルエンサー。
同じ地域に住む家族。
同じ業界で働く知人。

人は自分とまったく異なる富豪よりも、「自分と似ているはずの誰か」と比べた時に、より強く揺さぶられる。大企業の創業者や有名投資家の豪邸を見ても、どこか別世界の話として距離を置ける。しかし、数年前まで同じような生活をしていた友人が家を買い、資産運用を語り、子どもの教育費を当然のように準備していると、自分の現在地が急に不安定に見えてくる。

研究が特に注目したのは、こうした感覚が「languishing」と呼ばれる状態と結びついている点だ。日本語にすると「停滞感」「空虚感」「心がしぼむような感覚」に近い。うつ病と診断されるほどではないが、前向きでもない。生活は回っているが、充実していない。何かに夢中になる感覚が薄れ、自分が人生を進めている実感が持てない。

この言葉は、新型コロナ禍をきっかけに広く知られるようになった。外出制限や社会的孤立の中で、多くの人が「病気ではないが、元気でもない」という状態を経験したからだ。今回の研究は、その停滞感が感染症や外出制限だけでなく、経済的な比較からも生まれ得ることを示している。

特に影響が強かったのは若者であり、とりわけ若い女性だった。これは、現代社会の構造を考えると見過ごせない結果である。若者はキャリア形成、恋愛、結婚、住宅、将来設計など、多くの選択を同時に迫られる時期にある。しかも、その一つひとつがSNS上で可視化されやすい。

誰かが就職する。
誰かが転職する。
誰かが結婚する。
誰かが子どもを持つ。
誰かが家を買う。
誰かが海外旅行に行く。
誰かが「資産1000万円達成」と投稿する。

それぞれは個人の喜びの共有にすぎない。だが受け取る側にとっては、自分が進んでいない証拠のように見えてしまうことがある。投稿者は人生の一場面を切り取っているだけでも、見る側はそれを相手の人生全体として受け止めてしまう。

研究チームは、今回の調査がSNSそのものを直接分析したものではないと明記している。したがって、「SNSが相対的剥奪を引き起こした」と断定することはできない。それでも、研究者は、SNSが絶え間ない上方比較を促す環境であるという懸念と今回の結果は響き合うと述べている。

実際、SNSや掲示板では、今回の研究テーマとよく似た悩みが繰り返し語られている。英語圏のRedditでは、20代のエンジニアが「自分は十分に稼いでいるはずなのに、医師、弁護士、大手IT企業勤務の友人を見ると遅れているように感じる」と投稿していた。自分の収入は決して低くない。それでも、同世代の住宅購入や高収入の話を聞くと、金融面だけでなく学業やキャリアの不安まで悪夢に出るという内容だった。

この投稿に対しては、「給与の良し悪しは住んでいる地域の生活費によって大きく変わる」「家を買ったからといって本当に余裕があるとは限らない」「家族からの援助は外から見えにくい」といった反応が寄せられていた。ここには、まさに今回の研究が示した構図がある。人は見える情報だけで比較するが、見えない背景までは比較できない。誰かの家、車、旅行、給与は見える。しかし、借金、家族援助、生活費、将来不安、労働時間、精神的負担は見えにくい。

別のReddit投稿では、貧しさの心理的影響について、「お金がない時、人は常に我慢を続けている。だから少し余裕ができると、合理的には貯金すべきでも、長く欲しかったものや食べ物に使ってしまう」といった趣旨の声があった。これは単なる浪費批判では説明できない。欠乏状態が長く続くと、意志力や判断力にも負荷がかかる。経済的余裕が少ない人ほど、常に選択を迫られ、常に何かを諦めている。その疲労が、さらに経済的な不安を強める。

一方、Bluesky上では、実質所得などの客観的な統計が改善していても、人々が「豊かになった」と感じられない現象をめぐる投稿も見られる。ある投稿では、インフレ調整後の米国家計所得が過去最高水準に達したとしても、医療、住宅、教育などの費用上昇によって、人々は長く「貧しくなった」と感じ続けると指摘していた。ここでも、統計上の豊かさと生活実感の間にズレがある。

このズレは、現代の経済議論で非常に重要だ。政府や企業が「平均所得は上がっている」「雇用は堅調だ」「GDPは成長している」と説明しても、個人が感じる現実は別のところにある。隣の人との比較、同世代との比較、SNSで流れてくる成功者との比較、将来必要になる住宅費や教育費との比較。それらが重なった時、たとえ現在の収入が同じでも、人は「自分は足りない」と感じる。

ここで注意したいのは、今回の研究が「気にしすぎる人が悪い」と言っているわけではないことだ。相対的剥奪は、個人の性格だけで生まれるものではない。社会の格差が大きくなればなるほど、比較の落差は大きくなる。住宅価格、教育費、医療費、雇用の不安定さ、地域間格差、世代間格差が広がれば、人々は自分の生活をより不安定に感じる。

たとえば、同じ収入でも、周囲の住宅価格が急騰していれば「このままでは家を持てない」と感じる。同じ収入でも、友人たちが親から資金援助を受けているなら「自分だけスタート地点が違う」と感じる。同じ収入でも、SNSで副業や投資の成功談ばかり見れば「労働収入だけでは負けている」と感じる。

つまり、相対的剥奪は個人の心の中だけで完結する問題ではない。社会の見え方そのものが、人の心に入り込んでくる問題である。

研究論文の要旨では、相対的剥奪が幸福や健康、人間関係、経済的安定など複数の領域と負に関連し、その影響は横断的にも縦断的にも確認されたとされている。また、所得格差や相対的剥奪を減らす政策は、単なる経済成長や富の増加だけでは得られない社会的便益をもたらす可能性があるとも述べられている。

これは非常に重要な示唆だ。経済政策はしばしば「全体のパイを大きくする」ことを重視する。もちろん成長は必要だ。しかし、人々の幸福は全体の平均だけでは決まらない。自分が属する集団の中で、尊厳を持って生活できていると感じられるか。将来に対して希望を持てるか。周囲との比較で自分の人生が常に劣って見えないか。そうした感覚も、社会の健全性を測るうえで欠かせない。

では、個人はどうすればいいのか。

研究者は、上ばかりを見る比較から距離を取り、今あるものを評価し、地域やコミュニティに関わることが助けになると述べている。これは単なる精神論ではない。比較の対象を「遠くの成功者」や「生活の一部だけを切り取った投稿」から、「実際に支え合える人間関係」へ戻すということだ。

 

SNS上の成功は、しばしば文脈を失っている。給与明細は見えても労働時間は見えない。家の写真は見えてもローン残高は見えない。旅行写真は見えても日々の孤独は見えない。結婚式は見えても関係の葛藤は見えない。投資利益は見えても損失や不安は見えない。

それでも人は、見えるものだけで比較してしまう。だからこそ、比較の環境を意識的に調整する必要がある。見ていて苦しくなるアカウントをミュートする。給与や資産の投稿ばかりを追わない。自分の生活圏とは大きく異なる人たちの暮らしを、標準だと思い込まない。友人の成功を祝いつつ、自分の人生の評価軸を相手に預けない。

ただし、個人の工夫だけで解決できる問題でもない。住宅や教育、医療、雇用の安定性が損なわれれば、人々は常に将来への不安にさらされる。若者が「自分は遅れている」と感じやすい背景には、単にSNSを見すぎているという問題だけでなく、将来の生活設計が立てにくい社会構造がある。

若い世代にとって、比較は以前よりも避けにくくなった。昔なら、友人の生活状況を知る機会は限られていた。今は、誰かの昇進、購入品、旅行、結婚、出産、資産形成が日常的に流れてくる。しかも、それは自分が疲れている夜、仕事で失敗した日、将来が不安な時にも容赦なく表示される。

その時、人は「自分も頑張ろう」と思えることもある。しかし何度も繰り返されれば、「自分は足りない」「自分は遅い」「自分は選ばれていない」という感覚に変わる。今回の研究が示した「languishing」は、まさにその先にある静かな消耗なのかもしれない。

この研究の価値は、貧困や格差を単なる金額の問題としてではなく、心の問題、関係性の問題、社会的な位置づけの問題として捉え直した点にある。人は数字だけで生きているわけではない。月収、年収、資産額、家賃、ローン、貯金額。それらは重要だが、それだけで幸福が決まるわけではない。

同じ収入でも、安心して暮らせる人がいる。
同じ収入でも、常に負けているように感じる人がいる。
その違いを生むのは、比較の相手であり、社会の格差であり、将来への見通しであり、自分が所属できるコミュニティの有無である。

SNS時代の豊かさは、以前よりも複雑になった。私たちは、絶対的な生活水準だけでなく、可視化された他人の生活水準とも付き合わなければならない。そこでは、誰かの成功が自分の失敗のように見え、誰かの余裕が自分の不足のように感じられる。

しかし、他人の人生のハイライトは、自分の人生の全体と比較するための材料ではない。比較から完全に自由になることは難しい。それでも、比較に飲み込まれない距離を持つことはできる。

社会としては、所得格差や住宅費、教育費、若者の不安定雇用といった構造的な要因に向き合う必要がある。個人としては、自分を常に上の誰かと比べ続ける環境から少し離れ、実際に支え合える人間関係や、自分の生活の中にある意味を取り戻す必要がある。

今回の研究が突きつけているのは、「もっと稼げば幸せになれる」という単純な話ではない。むしろ、「どれだけ稼いでも、比較の中で自分を見失えば幸福は削られる」という警告である。

財布の中身が同じでも、心の中の残高は同じではない。
そしてその心の残高は、私たちが誰と比べ、どんな社会で暮らし、どんなつながりを持てるかによって、大きく変わっていく。



出典URL

Phys.org。マギル大学研究チームの発表内容、22カ国20万人超の分析、若者・若い女性で影響が強いこと、SNSは直接調べていないが比較を促す環境との関連が示唆されることなどを確認。
URL: https://phys.org/news/2026-06-poorer-peers-linked-incomes-similar.html

マギル大学の公式ニュースリリース。研究の概要、languishingの説明、実収入が同程度でも「周囲より貧しい」と感じる人ほど幸福感や健康感などが低いこと、1年後にも傾向が残ることを確認。
URL: https://www.mcgill.ca/newsroom/channels/news/feeling-poorer-peers-linked-lower-wellbeing-even-when-incomes-are-similar-373318

Social Science & Medicine掲載論文の書誌・要旨ページ。論文タイトル、著者、対象者数、22カ国、追跡率、測定された6領域、相対的剥奪と人間的繁栄の関連、DOIを確認。
URL: https://ideas.repec.org/a/eee/socmed/v399y2026ics0277953626002790.html

Redditの関連投稿。今回の記事への直接反応ではなく、同世代・同業者との収入比較によって「遅れている」と感じる人の実例として参照。
URL: https://www.reddit.com/r/AskEngineers/comments/qu7p7y/feeling_behind_incomewise_compared_to_my_peers/

Redditの関連投稿。貧しさや経済的余裕のなさが、意志力・判断・消費行動に与える心理的負担を語るSNS上の反応例として参照。
URL: https://www.reddit.com/r/povertyfinance/comments/da0dqr/people_dont_consider_the_psychological/

Blueskyの関連投稿。客観的な所得統計と、人々の「貧しくなった」という生活実感がズレるという周辺反応の例として参照。
URL: https://bsky.app/profile/peark.es/post/3mjan45bgo22s

ケンブリッジ大学の関連研究紹介。今回の論文とは別研究だが、子ども・若者が友人より貧しいと感じることとメンタルヘルス悪化の関連を示す補足資料として参照。
URL: https://www.cam.ac.uk/research/news/feeling-poorer-than-your-friends-in-early-adolescence-is-associated-with-worse-mental-health