「毎日ごはん」はライオンに不自然? 丸ごとの獲物を与えた動物園で起きた行動の変化

「毎日ごはん」はライオンに不自然? 丸ごとの獲物を与えた動物園で起きた行動の変化

動物園のライオンに「毎日の食事」は本当に自然なのか

朝になれば餌が出てくる。翌日も、その翌日もほぼ同じ時間に食事が与えられる。

人間にとっては当たり前に思えるこの生活も、野生のライオンから見ればかなり特殊な環境だ。

野生のライオンは毎日決まった時間に食事ができるわけではない。狩りに成功すれば一度に大量の肉を食べ、その後しばらく何も食べないこともある。満腹になった後は長時間休み、時間がたつにつれて再び移動や探索に多くの時間を使うようになる。

では、動物園でも食事の内容だけでなく「食べ方」と「食べる間隔」を野生に近づけたら、ライオンの行動はどう変化するのだろうか。

そんな疑問を調べたのが、オーストラリアのアデレード大学と南オーストラリア州のモナルト・サファリパークによる研究だ。

2026年に学術誌「Applied Animal Behaviour Science」に掲載された研究では、飼育下のアフリカライオンに丸ごとの動物の死骸を与える「whole-carcass feeding(全身死骸給餌)」が試された。

結果として現れたのは、単に「食事時間が長くなった」という変化だけではない。

食べる、休む、再び動き始める。

数日間にまたがる生活そのものに、野生のライオンを思わせるリズムが現れたのである。


約200kgのカンガルーやヤギを9日ごとに与える

研究対象となったのは、モナルト・サファリパークで飼育されているアフリカライオン7頭だった。

このうち9歳の雄3頭が実験群となり、別の雄2頭と雌2頭の計4頭が対照群になった。

実験群については、まず通常の状態を4週間観察。その後8週間にわたり、カンガルーまたはヤギの死骸を組み合わせ、1回あたり合計約200kgを9日ごとに与えた。

死骸は最大3日間利用できる状態に置かれ、その後は食べ物がない期間が続く。

つまり、毎日小分けされた肉を短時間で食べるのではなく、「一度に大量の食料を手に入れ、何日もかけて食べ、その後しばらく食べない」というサイクルを作ったことになる。

研究期間は2025年2月から5月までの約3カ月。研究チームは8台の赤外線カメラを使い、昼だけでなく夜間も含めて24時間ライオンを観察した。

動物園の研究では開園時間中の行動だけを記録するケースも多いが、ライオンは夜にも活動する。そのため今回のように一日を通して追跡したデータには大きな意味がある。

特に「餌を置いた直後に何が起きたか」だけではなく、その影響が数日後までどう続くのかを調べた点が今回の研究の特徴だ。


食事時間は約3倍に

変化が最も分かりやすく現れたのが、死骸を与えた日だった。

ライオンが食事行動に使う時間は通常時と比較して大幅に増え、アデレード大学の発表によれば、ほぼ3倍になった。

理由を考えれば当然ともいえる。

切り分けられた肉なら、そのまま口にして飲み込める。しかし丸ごとの獲物となればそうはいかない。

ライオンは皮や肉を引っ張り、歯で裂き、前脚で押さえ、位置を変えながら食べなければならない。一度食べて終わるのではなく、時間をおいて再び死骸のところへ戻ることもある。

つまり死骸は単なる「栄養の入った塊」ではなく、ライオンに多くの動作を要求する対象になる。

飼育動物の福祉では、退屈を減らし、その動物が本来持っている行動を引き出すための「環境エンリッチメント」が重視される。

しかし今回の論文では、ライオンのように本来丸ごとの獲物を食べてきた動物にとって、死骸給餌を単なる「特別なお楽しみ」と考えてよいのかという、さらに踏み込んだ問題も提起されている。

獲物を引っ張る、裂く、骨や組織を扱うといった行動は、余暇の刺激ではなく、ライオンという動物の生物学的な食事行動そのものではないか、という考え方だ。


満腹になると休み、空腹になるにつれて再び動き始めた

さらに興味深いのが、食べ終わった後の変化だ。

大量に食べたライオンは、その後横になって休む時間を増やした。

そして食べ物がなくなり、絶食期間が進むにつれて徐々に移動が増えていった。

これは「大量に食べる→休む→再び活動する」という周期であり、研究チームは野生ライオンのfeast-and-fast、つまり「飽食と絶食」の生活パターンに近いとみている。

ここで重要なのは、単にライオンを「たくさん運動させればよい」という話ではないことだ。

動物福祉について考えるとき、横になっている時間が長いと「退屈している」「元気がない」と人間は考えがちだ。

しかし大型肉食獣の場合、大量の肉を食べた後に長く休むこと自体が自然な行動である可能性がある。

逆に、常に活発に歩き回っていることが必ずしも健康的とは限らない。

行動を見るときには「活動量が多いか少ないか」だけでなく、その活動が食事や時間帯とどのようなリズムを作っているのかを見る必要がある。

今回の研究は、その点を数時間ではなく数日単位で示した。


「同じ場所を歩き続ける」行動は消えなかった

一方、研究結果を「丸ごとの死骸を与えればライオンは幸せになる」と単純化するのは危険だ。

研究チームは「ペーシング」と呼ばれる行動についても調べている。

ペーシングとは、動物が決まった場所を繰り返し行き来するような反復行動だ。飼育下の肉食獣ではしばしば見られ、期待や興奮、環境から受ける刺激などさまざまな要因との関係が指摘されている。

今回の研究では、実験後半にペーシングがベースラインより高くなった。

ただし興味深いのは、食事をしない日数が増えるほど一直線に増加したわけではなかったことだ。

目立ったピークは、飼育員がやって来る時間帯や、ライオンを別の区画へ移動させる時間帯など、日常の飼育スケジュールと重なっていた。

つまりライオンは単純に「空腹だから歩き回っていた」のではなく、人が来る、扉が開く、餌が出るかもしれない、といった予測可能な合図に反応していた可能性がある。

餌そのものを自然に近づけても、「人間が決めた時間割」の影響が消えるわけではない。

これは飼育環境を考えるうえで非常に興味深いポイントだ。


心配される「餌の奪い合い」は増えなかった

巨大な肉の塊を複数の雄ライオンに与えるとなれば、もう一つ心配になるのが争いだ。

貴重な餌を巡って攻撃性が高まり、個体同士の関係が悪化する可能性も考えられる。

ところが今回観察された3頭では、死骸給餌を始めた後に攻撃性や社会的な不安定さが増加した証拠は確認されなかった。

少なくともこのグループでは、「丸ごとの獲物を置けば奪い合いが激しくなる」という単純な結果にはならなかった。

ただし、この結果をすべてのライオンに当てはめることはできない。

今回の実験群は9歳の雄3頭という非常に小さな集団だ。年齢や性別、個体同士の関係、群れの構成、飼育スペースが異なれば結果も変わる可能性がある。

研究論文自身も「small group」と表現しており、今後さらに多くの個体を対象にした検証が必要になる。


「自然に近い」と「福祉が良い」は同じ意味ではない

この研究を読むうえで最も注意したいのが、「野生らしい行動が増えた=動物福祉が全面的に改善した」と結論づけないことだ。

確かに、食事に時間をかける、肉を裂く、引っ張る、食後に長く休むといった行動は、ライオン本来の生態に近い。

しかし動物の状態を評価するには行動だけでは十分ではない。

栄養状態、体重、消化状態、ストレスに関連する生理学的指標、満腹感なども組み合わせる必要がある。

研究チームも今後、行動観察に加えて生理学的測定を行う必要があるとしている。

また、野生そのものを再現すればよいわけでもない。

野生では狩りに失敗すれば飢えるし、獲物との格闘で負傷することもある。それらまで動物園で再現することが福祉向上になるわけではない。

飼育施設が目指すのは「野生を丸ごとコピーすること」ではなく、動物を不必要な危険から守りながら、その種にとって重要な行動をどこまで表現できる環境を作るか、というバランスだろう。


SNSでは「当然」という声、一方で死骸そのものへの抵抗感も

この研究結果が公表されたのは2026年8月6日で、現時点では研究そのものについて十分な量のSNS反応が蓄積しているとは言いにくい。

 

そこで参考になるのが、以前からSNSで繰り返されてきた「動物園の肉食獣に死骸を与えること」への反応だ。

たとえば2023年、ニュージーランドのオークランド動物園でトラへの死骸給餌が話題になった際、Redditでは「肉食獣が動物を食べるのは当然」「死骸給餌の時間だと知って見に行ったのに、実際に死骸を食べていることに驚くのは不思議だ」といった趣旨の投稿が多く支持された。

つまり肉食獣の生態を理解している利用者からは、死骸を食べる光景自体を過度に残酷視することへの反発が目立つ。

別の動物園関係者らが集まるRedditの議論では、「地元の農場などから由来が分かる死骸を調達している」「薬剤で安楽死させた動物は薬物残留の問題があり餌に使えない」といった現場寄りの意見も出ている。

ここから見えてくるのは、「死骸を与えるか否か」だけでなく、「どこから来た動物なのか」「安全性は確認されているのか」という点も重要だということだ。


「自然な食事」を巡って炎上したデンマークの動物園

一方、死骸給餌が常に好意的に受け止められるわけではない。

2025年にはデンマークのオールボー動物園が、肉食獣の餌として利用するため、ウサギやモルモット、ニワトリなどの小動物、さらに条件によっては馬などの提供を市民に呼びかけたことで、世界的な議論になった。

動物園側は、肉食獣に自然に近い食事を与え、食べ物を無駄にしないための取り組みだと説明した。

しかしSNSでは「合理的だ」「食物連鎖を隠す必要はない」と理解を示す声がある一方、「元ペットを動物園の餌として募集するのは受け入れがたい」という強い拒否感も広がった。

ここには、今回のライオン研究とは別の問題が含まれている。

「死骸を食べることがライオンにとって自然か」という科学的な問いと、「その死骸をどのように調達することを社会が許容するか」という倫理的な問いは同じではない。

前者について科学的なメリットが示されたとしても、後者について自動的に答えが出るわけではない。


なぜ私たちは「肉」なら平気で「死骸」だと驚くのか

死骸給餌への反応で興味深いのは、人間側の認識の違いだ。

スーパーで売られている肉や、四角く切られた動物園の餌を見ても、そこに動物の姿を感じる人は少ない。

ところが頭や脚、皮、骨が残った状態になると、同じ肉であっても急に「一頭の動物だった」という事実が目に見える。

その瞬間、食事は生々しいものになる。

SNSで起きる死骸給餌への賛否は、ライオンの福祉についてだけでなく、人間が食物連鎖や動物の死をどこまで可視化することに耐えられるか、という問題でもある。

ライオンにとっては肉の切り身も死骸も食べ物だが、人間にとって両者は心理的にまったく同じではない。

動物園は動物を飼育する場所であると同時に、多くの子どもや家族が訪れる教育施設でもある。

死骸給餌を導入する場合には、動物への影響だけでなく、来園者にどう説明するかというコミュニケーションも重要になるだろう。


この研究が変えるかもしれない「動物園の食事」

今回の研究の価値は、「死骸を与えたらライオンが喜んだ」という単純な話ではない。

重要なのは、動物園の食事を「何を何kg与えるか」という栄養管理だけで考えるのではなく、「どんな形で」「どれくらい時間をかけて」「どの間隔で食べるか」という行動の問題として考え直した点にある。

人間の管理にとっては、毎日決まった時間に決まった量の餌を与えるほうが分かりやすい。

しかし、その便利さが動物にとって最適とは限らない。

獲物を裂く。

時間をかけて食べる。

満腹になったら休む。

そして何日か経つと再び活動量が上がる。

今回のライオンたちが見せたのは、食事そのものだけではなく、食事を中心として組み立てられた「時間の使い方」だった。

動物園が本当の意味で野生動物の福祉を高めようとするなら、豪華な施設や広い展示場だけでなく、「一日の過ごし方」や「数日間のリズム」まで考える必要があるのかもしれない。

そして私たち来園者にも問われる。

動物園で見たいのは、人間にとって見やすく、かわいらしく、清潔に整えられた動物なのか。

それとも、ときには生々しくても、その動物が本来持つ行動をできるだけ表現している姿なのか。

約200kgの死骸を前にした3頭のライオンが示した変化は、動物園における「自然らしさ」と「福祉」を考え直す、小さいながらも興味深い材料になりそうだ。



出典

Phys.org:研究概要、24時間観察、食事時間や休息、ペーシングなどを解説。
https://phys.org/news/2026-08-zoo-housed-lions-wild-style.html

Adelaide University:研究チームによる公式発表。約200kgの死骸、9日周期、食事時間が約3倍になったことなどを掲載。
https://adelaide.edu.au/about/news/2026/zoo-housed-lions-show-wild-style-behaviours-when-fed-whole-carca/

Applied Animal Behaviour Science / ScienceDirect:研究の査読済み原著論文。7頭の構成、4週間のベースライン、8週間の実験期間、カンガルー・ヤギの死骸給餌、結果などの一次資料。
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0168159126001322

Center for Zoo Animal Welfare:アジアライオンへの死骸給餌に関する2020年研究の紹介。自然な食事方法と活動、ペーシングとの関係を考えるための参考資料。
https://czaw.org/resources/using-longitudinal-data-to-evaluate-the-behavioural-impact-of-a-switch-to-carcass-feeding-on-an-asiatic-lion-panthera-leo-persica/

Reddit / r/newzealand:オークランド動物園でのトラの死骸給餌を巡るSNS上の反応。「肉食獣が死骸を食べるのは当然」とする意見などを確認するために参照。
https://www.reddit.com/r/newzealand/comments/12mfb62/

Reddit / r/zoos:動物園で死骸を肉食獣に与えることについて、飼育関係者を含む利用者が調達方法や薬剤残留、安全性などを議論しているスレッド。
https://www.reddit.com/r/zoos/comments/1cuw8bn/

The Guardian:2025年にデンマーク・オールボー動物園の死骸給餌方針がSNSを含め大きな論争になった事例。社会的・倫理的な反応を考えるために参照。
https://www.theguardian.com/world/2025/aug/09/bizarre-and-wrong-danish-zoo-sparks-debate-with-plea-for-pets-to-use-as-food