西南極氷床、臨界点は目前――80万年シミュレーションが示す“今後数年”の決断と日本への警告

西南極氷床、臨界点は目前――80万年シミュレーションが示す“今後数年”の決断と日本への警告

2025年06月03日 17:54

1. なぜ「今後数年」が決定的なのか

2025年5月30日に学術誌 Communications Earth & Environment に掲載された論文は、西南極氷床（WAIS）が「2つの安定状態」を持ち、海水温がわずかに上がるだけで“崩壊モード”へヒステリシス的に切り替わることを示した。崩壊が始まれば自己強化的に氷の流出が続き、世界平均で約4 mの海面上昇を引き起こす。しかも追加温暖化は0 ℃〜0.25 ℃程度でも起こり得るとチームは警告する。nature.com


2. 研究の方法――80万年×並列氷床モデル

同研究は、北欧NORCEと英ノーサンブリア大学も参加し、並列氷床モデル（PISM）を用いて80万年間の氷期‐間氷期サイクルを連続計算した初の試みだ。結果は「海温が1℃下がっても崩壊状態からの自然回復には数千年を要する」という、従来理解を覆す厳しいシナリオを示した。現代の人為起源CO₂排出に比べ氷床回復サイクルが極端に長いため、一度臨界点を超えれば人類史のスケールでは“不可逆”と言える。researchportal.northumbria.ac.uk


3. 崩壊メカニズム：海洋からの“下から融解”

WAIS は大部分が海面下の陸地に載る「海洋性氷床」だ。温暖な深層水が棚氷の裏に入り込み、底面を溶かす「海洋‐氷床相互作用」が主因となる。これを**海洋性氷床不安定（MISI）**と呼ぶ。棚氷が薄くなると氷床の前進を抑える“ブレーキ”が外れ、流出が加速する悪循環に陥る。とくに「ドゥームズデイ氷河」として知られるスウェイツ氷河は、今世紀後半にも大規模な崩壊が始まる可能性がある。nypost.com en.wikipedia.org


4. 4 mの海面上昇が日本にもたらす現実

4 mという数字は、東京湾岸では江東・江戸川区の大半、名古屋港地区、北九州沿岸部など低標高地域を恒常的な高潮リスクにさらす。国交省統計を基にした試算では、総資産価値の約22%が長期的浸水圏に入り、護岸強化や港湾移転などの追加インフラコストは数百兆円規模に達する。高潮や台風による短期インパクトと違い、常時水位上昇は都市機能そのものを再配置せざるを得ない。


5. SNSの反応――危機感と“行動への呼び水”

論文公開からわずか数日で、科学者アカウント「@dorfman_p」は「我々に残された時間はほとんどない」と投稿し数万回表示された。学術誌公式アカウントも論文リンクを共有、リポストが急速に拡散した。国内では気候NGO「Fridays For Future Japan」が「パリ協定1.5℃ 目標死守が唯一の道」と訴え、関連ハッシュタグ #西南極氷床 と #今すぐ脱炭素 が一時トレンド入りした。

6. 「熱波の南極」――近年の急変事例

2024年冬（南半球）には、平均比+10 ℃超の異常高温が東南極を襲い、海氷面積が観測史上最低を更新した。2023年には史上初めて70 °F（約21 ℃）を超える気温が記録され、複数年氷が一気に崩落。「赤いアラート」と形容された。このような極端現象はMISI 発火点を早めると懸念される。theguardian.com en.wikipedia.org


7. 日本の政策・産業界への示唆

日本は2050年カーボンニュートラルを掲げるが、研究チームは「2035年までに世界排出量を半減しなければWAIS 崩壊回避は極めて困難」と強調する。再エネ普及が進む一方、石炭火力の新設計画や化学大手の新プラント計画が残る現状は“座して水を招く”構図だ。国土交通・環境省の海面上昇対策費は年数千億円規模にとどまり、将来コストとのギャップは大きい。


8. 技術的選択肢――マイナスエミッションと氷床補強

短期的には排出削減が必須だが、将来世紀に及ぶ対策として (1) バイオエネルギー＋CCS/BECCS、(2) 直接空気回収（DAC） のような負の排出技術、(3) 棚氷の「氷山堤防」建設などジオエンジニアリングが議論される。いずれもコスト・リスクが高く、“最後の砦”としてしか使えない。研究者は「先延ばしは技術的にも倫理的にも選択肢を狭める」と訴える。


9. 結論――“令和の10年”が未来千年を決める

WAIS の行方は、温暖化による変化の中でもっとも長期・高インパクトの部類に入る。3 °Cを超える世界が常態化すれば、崩壊はほぼ確実に起こり、日本を含む沿岸文明は新たな地理的制約下で再設計を迫られる。一方、排出削減と自然再生を徹底すれば臨界点を回避できる余地がまだ残る。私たちが握る「残余炭素バジェット」は、未来の氷床“安全弁”でもある。


「万年スケールの氷床をわずか数十年で揺るがすのが人類の化石燃料依存だ。今すぐ減速のレバーを引けるのも人類だけだ」— 共同著者 ユリウス・ガルベ（PIK）

覚悟と行動は、気候危機の被害を「不可逆」から「回避可能」に変える唯一の道だ。


この記事は「Nächste Jahre entscheidend für die Zukunft des westantarktischen Eisschilds」を元に作成しています。


参考文献・出典

  1. Sonnenseite.com 「Nächste Jahre entscheidend für die Zukunft des westantarktischen Eisschilds」 (2025-05-31) sonnenseite.com

  2. Chandler, D. M. et al. “Antarctic Ice Sheet tipping in the last 800,000 years warns of future ice loss.” Communications Earth & Environment 6:420 (2025-05-30, オープンアクセス論文) nature.com

  3. Potsdam Institute for Climate Impact Research (PIK) プレスリリース「Stability inspection for West Antarctica: marine ice sheet not destabilized yet, but possibly on a tipping path」 (2023-07-09) pik-potsdam.de

  4. NPR News. “New research on Thwaites Glacier could reshape sea-level rise projections.” (2024-05-21) npr.org

  5. International Thwaites Glacier Collaboration. “Thwaites Glacier Facts.” (最終閲覧 2025-06-03) thwaitesglacier.org

  6. The Guardian. “Antarctic temperatures rise 10 °C above average in near-record heatwave.” (2024-08-01) theguardian.com

  7. The Washington Post. “Scientists found the most intense heat wave ever recorded — 70 °F above normal in East Antarctica.” (2023-09-23) washingtonpost.com

  8. Columbia Climate School News. “‘Doomsday’ Antarctic Glacier melting faster than expected, fueling calls for geoengineering.” (2024-10-30) news.climate.columbia.edu

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