AIが薄毛を解決!?スマホで頭頂部を撮るだけ - 頭皮診断スタートアップ MyHair AIの野望

AIが薄毛を解決!?スマホで頭頂部を撮るだけ - 頭皮診断スタートアップ MyHair AIの野望

「あなた、ちょっと薄くなってきてますよ」から始まった物語

ニューヨークの美容室で、ひとりの男性がごく普通のヘアカットを受けていた。
フランス出身の起業家シリアック・ルフォールは、そのとき美容師からこう告げられる。
「少し髪が薄くなってきましたね」


隣に座っていた友人には何も言わないのに、自分だけが“薄毛予備軍”認定された――そう感じた彼は、勧められるまま高価なシャンプーを購入した。そして気づく。「『髪が減ってますよ』と言われたら、人はほとんど何でも買ってしまうんじゃないか」と。TechCrunch


その後、専門医に診てもらうと「今のところ薄毛ではない」と告げられる。ホッとする一方で、ルフォールは薄毛ビジネスの実態を調べはじめた。そこは、誇大広告、根拠のあいまいなクチコミ、医療かエステかも判然としないクリニックが入り乱れる巨大市場だった。情報は洪水のようにあふれているのに、どれが本当に信頼できるのかが分からない。


「薄毛は、男女問わず強い感情を揺さぶるテーマだ」──そう悟った彼は、AIを使ってこの混沌にメスを入れようと決める。


MyHair AIとは何者か

こうして誕生したのが、今回TechCrunchで紹介されたスタートアップ MyHair AI だ。TechCrunch

仕組みはシンプルで、しかし野心的でもある。


  • ユーザーがスマホで頭頂部や生え際を撮影し、アプリにアップロード

  • 専用に学習された画像認識AIが、髪の密度や太さ、頭皮の見え方などを解析

  • 早期の薄毛兆候をスコアやグラフで可視化

  • 経時的に写真を蓄積していくことで、進行度をトラッキング

  • 必要に応じて、科学的根拠のある治療法やクリニックをレコメンド


単に「あなたはレベル○の薄毛です」とラベリングするだけでなく、「今の状態なら生活習慣の見直しで様子を見ても良い」「このパターンなら早期に専門医に相談したほうがいい」といったニュアンスを提示できるところが特徴だという。TechCrunch


MyHair AI は、髪の画像30万枚以上を学習に用いた“薄毛専用”のコンピュータビジョンモデルを採用している。多くのサービスが汎用LLMに画像を食わせる形で診断まがいのことをしているのに対し、あくまで医療・サイエンス寄りの精度を重視していると強調する。TechCrunch


リリースからまだ数カ月だが、すでに 20万以上のユーザーアカウントと1,000人以上の有料サブスク会員 を抱え、解析した頭皮写真は30万枚を突破した。複数の皮膚科医・クリニックとも提携し、患者の写真解析を高速化するツールとして提供している。TechCrunch


バイブコーディングで生まれたプロダクト

意外性があるのは、その開発プロセスだ。
ルフォールと共同創業者のティレン・バブニクは、すでに複数のスタートアップを回している「連続起業家コンビ」。MyHair AIは、彼らにとって3社目のプロジェクトだ。


最初のプロトタイプは、AIコーディングツール「Cursor」上で、いわゆる “バイブコーディング” スタイルで数週間で作り上げられたという。自然言語で「こんなアプリを作りたい」と書き、AIにコードを書かせ、動かしながらその場で修正していく。今や多くのスタートアップが採用する、超高速なものづくりの流儀だ。TechCrunch


その後、数カ月にわたる科学検証と臨床的なバリデーションを経て、消費者向けアプリとして夏にローンチ。現在は専任エンジニアチームによるリファクタリングとスケーラビリティ確保が進んでいる。


AIがコードを書くことで開発スピードが上がり、そのAIで薄毛を分析するアプリが生まれる──MyHair AIは、まさにAIがAIを生み出す時代の象徴的なプロダクトと言える。


なぜ「薄毛×AI」はこれほど注目されるのか

背景には、薄毛問題のスケールの大きさがある。

・男性型脱毛症(AGA)は、50歳までに男性の30〜50% が経験するとされ、米国では5,000万人の男性、3,000万人の女性が影響を受けるとの報告もある。NCBI


・ある統計では、35歳までに約3分の2の男性が何らかの薄毛を自覚し、50歳までには約85%が「髪が薄くなった」と感じるという。American Hair Loss Association


・薄毛・発毛関連市場は、シャンプーからサプリ、外用薬、植毛手術まで含めると数十億〜数百億ドル規模に達し、今後も拡大が見込まれている。グランドビューリサーチ


つまり、薄毛はありふれているのに、深刻に悩まれやすい問題であり、同時に巨大なビジネスチャンスでもある。

そこにAIが入ってくると、「本当に必要な人にだけ治療を勧められるのか」「不安をあおって不要な商品を売る手段にならないか」という両義的なインパクトが生まれる。


SNSはどう反応したか――歓迎・ツッコミ・警戒の三層構造

TechCrunchの記事公開後、MyHair AIの創業者ルフォールはLinkedInで記事をシェアした。投稿では「薄毛市場は混乱しており、人々は何が正常で、誰を信じればいいのか分からない。その問題を、コンピュータビジョンで客観データを提供することで解決したい」と抱負を語っている。linkedin.com


その投稿には、VCや起業家仲間、友人たちから

  • 「リアルワールドな問題をAIで解く良い例だ」

  • 「記事読んだ、素晴らしい!」

  • 「シンプルだけどインパクトのあるアイデアだ」

といったポジティブなコメントが並び、いいねも着実に積み上がっている。linkedin.com


一方、海外掲示板やSNSでは、もう少し温度差のあるリアクションも見られた。Fark のスレッドでは、記事タイトルをもじって「ハゲるのもAIのせいにできる時代になった」など、ブラックユーモア交じりのコメントが目立つ。fark.com


ネット上の反応を大きく分けると、次の三つのタイプが浮かび上がる。

  1. 歓迎派:客観データで救われる人たち

    • 「鏡を見るたびに不安になるより、数値で『まだ大丈夫』と言ってくれた方が精神衛生上いい」

    • 「医者に行く前の一次スクリーニングとして便利」

    • 「自分の頭皮の“ビフォーアフター”が記録できるのはモチベになる」

  2. ネタとして楽しむ層

    • 「AI『お前はもうハゲている』って通知が来たら立ち直れない」

    • 「“ハゲ診断結果をスクショして自虐ポストする”という新たなSNSコンテンツが生まれそう」

    • 「婚活アプリのプロフィールに“AIお墨付きのフサフサです”って書く人出てきそう」

  3. 警戒・懐疑派:新たな不安ビジネスでは?

    • 「頭皮の写真というセンシティブなデータをどこまで信頼して預けられるのか」

    • 「AIが『危ない』と言えば、高額治療に誘導されるのでは」

    • 「そもそも医療行為一歩手前までAIが踏み込んでいいのか」


1と2は比較的ポジティブだが、3に含まれる批判は、AIヘルスケア領域全般に共通する重要な論点だ。


プライバシーと医療的妥当性という二つのハードル

近年、スマホでホクロを撮影して皮膚がんリスクを判定するアプリや、湿疹・ニキビの状態をAIで評価するサービスが登場している。研究レベルでは、皮膚画像を用いたAI診断が専門医と同等の精度を出すケースも報告されているが、一方でデータの偏りやプライバシー問題も指摘されている。PMC


MyHair AIのような「薄毛診断アプリ」においても、次の二点は避けて通れない。

  1. 画像データの扱い

    • 頭皮写真は、顔写真と同様に個人を識別しうるセンシティブ情報だ。

    • どこに保存され、どう暗号化され、どのタイミングで削除されるのか。

    • 学習用データとして再利用するとしたら、その同意プロセスはどう設計するのか。

  2. AI診断の限界とリスクコミュニケーション

    • 薄毛の原因は、遺伝、ホルモン、ストレス、病気、副作用など多岐にわたる。AIが画像だけから判断できるのは、あくまで「見た目の状態」であって医学的確定診断ではない。

    • 「安全側」に倒しすぎると、ほとんどのユーザーに医療機関受診を促すことになり、医療リソースを圧迫する可能性がある。

    • 逆に「問題なし」と出た結果を盲信して受診が遅れれば、別の疾患を見逃すリスクもゼロではない。


こうした課題に対し、MyHair AIは医師との連携や臨床検証を進めているとされるが、どこまで透明性を担保できるかが、今後ユーザーからの信頼を得られるかどうかの分水嶺になるだろう。TechCrunch


「不安」をどう設計するか:エモーションデザインの視点

薄毛アプリに限らず、多くのヘルスケア系サービスは、「不安→行動」という心理をビジネスの起爆剤として利用している。

  • 過度に不安をあおると、ユーザーのメンタルヘルスに悪影響を及ぼす

  • かといって、不安がまったくなければ行動変容は起きにくい

MyHair AIがユニークなのは、「恐怖」ではなく “理解” によって行動を促そうとしている点 だ。創業者は、「透明性と医学的正確さを持ち込むことで、500億ドル規模とも言われるヘアケア市場を再編したい」と語っている。TechCrunch


ユーザーにとって重要なのは、

  • 自分がどの程度のリスクにいるのか

  • 何もしない場合にどんな未来があり得るのか

  • どの選択肢が、費用対効果や副作用リスクを含めて“合理的”なのか

を冷静に比較できることだ。AIは、そのための「可視化ツール」として機能しうる。


逆に、AIが「あなたはハイリスクです、今すぐ○○クリニックで治療を」といった、一方的なストーリーを押しつけるようになった瞬間、それは単なる“恐怖マーケティングの自動販売機”に堕してしまう。


日本で広がるとしたら?

日本も例外ではなく、AGA治療クリニックやオンライン診療サービスは年々増えている。SNS広告を見ない日はないと言ってもいいだろう。


もしMyHair AIのようなサービスが本格的に日本展開する、あるいは国産の類似アプリが登場するなら、次のような点がカギになりそうだ。

  1. 医師会・専門学会との距離感

    • 「医師監修」「○○学会ガイドライン準拠」といったお墨付きがあるかどうかは、日本のユーザーにとって信頼性の大きな指標になる。

  2. 個人情報保護法との整合性

    • 画像データの保管場所(国内サーバかどうか)、第三者提供の有無、同意管理の仕組みなど、法令レベルできちんと説明できる設計が求められる。

  3. “イジり文化”との折り合い

    • 日本のSNSには、「ハゲいじり」的な冗談文化も根強い。AI診断結果がミームとして拡散される一方で、当事者が傷つく可能性もある。どこまでをジョークと許容し、どこからがハラスメントなのか、プラットフォーム側のポリシーとも絡む難しい問題だ。

それでも「鏡よりも優しいかもしれない」AI

髪が抜けるのは病気とは限らない。年齢、遺伝、ライフスタイル……さまざまな要因が折り重なった結果だ。とはいえ、SNSやマッチングアプリによって外見がかつてないほど可視化された社会では、一本一本の抜け毛が自己肯定感を揺さぶるトリガーになりうる。The Washington Post


そう考えると、「ただの鏡」よりも、むしろAIのほうが優しい 場面もあるかもしれない。

  • 鏡は、今日の自分の姿しか映してくれない

  • AIは、過去・現在・未来の変化を並べて見せ、「思っていたほど進行していない」「このペースなら落ち着いて対策できる」と教えてくれる


もちろん、それはAIの設計次第だ。ユーザーの不安ではなく、理解と納得を最大化する方向にモデルとUIが作られているなら、MyHair AIのようなサービスは「薄毛を治すアプリ」というよりも、「自分の髪と上手に付き合うためのナビゲーター」として受け入れられていくかもしれない。


終わりに──“リアルワールド問題”としての薄毛へ

MyHair AIの創業者は、「男性が健康のことで日常的に心配するのは、性機能と髪のことだ」と語っている。TechCrunch


薄毛は命に関わる病ではない。しかし、自尊心や対人関係、キャリアにまで影響を及ぼすこともある“生活の質”の問題だ。そのリアルな悩みに対し、AIというテクノロジーがどこまで寄り添えるのか。


MyHair AIをめぐるSNSの盛り上がりは、単なるガジェットネタ以上に、「身体の悩み」と「アルゴリズム」が交差する時代の象徴的なエピソードに見える。


これから増えていくであろうヘルスケアAIに対して、私たちはどのくらい情報を預け、どこまで頼り、どこからは人間の専門家と対話するのか。その線引きを考えるうえでも、「Are you balding? There’s an AI for that」という少し笑えるタイトルの裏側には、意外と重たい問いが隠れている。



参考記事

薄毛にお悩みですか?それを解決するAIがあります。
出典: https://techcrunch.com/2025/11/26/are-you-balding-theres-an-ai-for-that/