やりがい搾取の新しい顔 — 『仕事を愛する』が“義務”に変わるとき : 会社が求める“愛”の代償

やりがい搾取の新しい顔 — 『仕事を愛する』が“義務”に変わるとき : 会社が求める“愛”の代償

「この仕事、好きなんだよね」——その一言は、本来は前向きで、少し誇らしい響きすらある。ところが近年、採用広告でも企業メッセージでも「仕事を愛せる職場」「あなたが愛せる役割」といった“愛の言葉”が急増した。働くことが、経済的な取引(賃金と労働の交換)ではなく、感情的なコミットメントとして語られ始めている。


今回のテーマは、その“愛”を一度分解してみよう、という試みだ。記事が示すのは、仕事を「好き」よりも深く「愛する」とき、私たちの内側では何が起きているのか。そして、それが常に良い結果をもたらすわけではない、という少し苦い現実である。


「仕事を愛する」は、満足とも没頭とも違う

まず大事なのは、「仕事を愛する」を単なる“仕事満足”や“やる気(エンゲージメント)”の言い換えにしないことだ。記事では、複数の研究を通じて、仕事愛は次の3要素がそろった状態だと整理している。


  1. 仕事そのものへの熱意:やらされ感ではなく、やっていてエネルギーが湧く。

  2. 組織へのコミット:会社の課題を自分ごととして捉え、役割に意味を感じる。

  3. 職場の人とのつながり:公私混同ではなく、信頼や帰属感のある結びつき。


この3つが同時に成立すると、仕事は「こなすもの」から「自分の一部」に近づいていく。だからこそ強い。記事が強調するのは、仕事愛は“希少な整列(alignment)”であり、強い心理的資源になりうる、という点だ。

うまくいくと、幸福感と粘り強さを生む

仕事愛が健全な環境で育つとき、人は踏ん張れる。単に満足している、やる気がある、というよりも深いレベルで「続けたい」「関わりたい」が生まれる。結果として、心理的ウェルビーイングが高まったり、困難な局面でも関与を維持しやすくなる——記事はそうした関連を示す。


企業側から見ると、これは魅力的だ。仕事を愛する人は、職務記述書の外側まで手を伸ばしやすい。「誰かがやるだろう」ではなく「自分がやる」が増える。チームにとっては頼もしい推進力になり、現場の火力が上がる。


ただし、ここから先が本題だ。その推進力は、条件が崩れた瞬間に“弱点”へ反転する

愛が「脆さ」になる瞬間——境界線を引けなくなる

記事は、「仕事愛が直接バーンアウトを引き起こす」と断定はしていない。一方で、過去研究を踏まえつつ、深い愛着は“悪い条件”の職場では脆さになりうる、と示唆する。


なぜか。仕事を愛する人ほど、責任感が強い。「迷惑をかけたくない」「自分が踏ん張らないと回らない」という感覚が起きやすい。健全な職場なら、それは“強み”として報われる。ところが、管理が弱い・人が足りない・評価が歪む・境界線が軽視される、といった条件が重なると、愛着は「断れない」「休めない」「離れられない」に変わる。


さらに厄介なのは、職場が「全人格を持ち込め」と促したり、「仕事は天職」「使命(calling)」のように語ったりする場合だ。言葉としては美しいが、現実の業務量や報酬、裁量、心理的安全性が伴わないと、愛は“自発性”ではなく“義務”として回収される。ここで、やりがいは“やりがい搾取”と紙一重になる。


会社側のパラドックス:「愛してほしい」ほど壊れやすい

企業は往々にして、「熱意のある人」を欲しがる。けれども、愛を期待しすぎると逆効果になる。記事が提示するパラドックスはこうだ。

  • 仕事愛の強い人ほど、組織のために頑張る

  • だから組織は“愛を奨励”したくなる

  • しかし、保護策(適正な負荷、境界線、支援、明確な期待値)がないまま奨励すると、仕事愛の強い人ほど傷つく

  • 結果として、組織が欲しかった“継続的な貢献”が損なわれる


ここで重要なのは、「愛は製造できない」ことだ。愛をKPIにした瞬間、愛は目標達成のための演技になり、疲弊が増える。愛を求めるなら、愛が育つ土壌——意味ある仕事、支援的なリーダーシップ、健康的な仕事設計——が先に要る。愛は“良い管理の代替品”ではなく、“良い管理の結果”として現れる。



SNSの反応(典型的な論点の整理)

この記事テーマはSNSでも刺さりやすい。実際、関連する話題(仕事への愛を美徳化することの副作用)を扱った投稿・紹介文には、次のような反応が集まりやすい。


1) 「それ、やりがい搾取の説明書では?」

最も多いのは共感系の反応だ。「好きだから頑張れる」が「好きだから我慢できる」にすり替わった経験談が語られ、長時間労働や曖昧な期待値、評価の不透明さがセットで批判される。「愛を求めるなら賃金と人員を出せ」という辛口の言い回しも増える。


2) 「好きな仕事=不幸、ではない。条件次第だよね」

一方で、記事のバランス(愛自体を否定しない)を支持する声も出る。「好きな仕事が救いになる時期はある」「職場のつながりが回復の支えになった」など、肯定的体験を添えつつ、問題は“愛の利用”だと整理する立場だ。


3) 「採用の“好きになれる職場”って結局どこを見るべき?」

採用・転職文脈では、「愛せるかどうか」よりも「愛が育つ条件」を見よう、という実務的反応が増える。たとえば、

  • 期待値が明文化されているか

  • 人員計画が現実的か

  • マネジャーが負荷調整できるか

  • 境界線(休暇・連絡時間・裁量)が尊重されるか
    といったチェックリスト化が起こりやすい。

4) 「“全人格を仕事へ”は、言う側が強い立場だ」

「ありのままの自分で」「仕事は家族」のようなスローガンに対して、警戒する声も目立つ。特に、“言葉は温かいのに、制度が冷たい”職場にいた人ほど反応が強い。「境界線を溶かす言葉は、責任の押し付けにもなる」という指摘が出やすい。

5) マネジメント側の反応:「愛は評価指標にできない」

管理職・人事寄りの投稿では、「エンゲージメント施策」の反省として読まれがちだ。「情熱を称賛するだけで、負荷を下げないのは危険」「心理的安全性と仕事設計が先」という学びとして共有される。ここでは“制度設計の話”に寄っていく。



まとめ:問い直すべきは「愛せるか」ではなく「守られているか」

この記事が投げかけるのは、ロマンチックな問いではない。「あなたは仕事を愛していますか?」ではなく、**「仕事への愛が、あなたを守る仕組みの上で成り立っているか?」**だ。


好きな仕事は、人生を豊かにする。けれど、好きであるがゆえに踏み込みすぎる人が、最初に壊れる職場もある。愛が強い人ほど、境界線・負荷・支援の設計が必要になる。


愛を語る前に、管理を語る。——その順番を取り戻せるかどうかが、これからの「働き方」の分水嶺になりそうだ。



出典

Phys.org掲載記事(仕事を「愛する」とは何か/3要素の整理/利点と脆弱性/組織側のパラドックスについて)
https://phys.org/news/2026-02-job-liability.html

Phys.org関連記事ページ(仕事への愛を“美徳化”することの副作用に触れる関連導線。周辺トピック把握用)
https://phys.org/news/2026-02-virtue.html

Rice Businessの紹介記事(「仕事愛の美徳化」が罪悪感・燃え尽き・偏見につながりうる、という研究紹介。SNSでの論点整理の補助)
https://business.rice.edu/news/executives-arent-sold-strategy-planning-research-finds

Facebook上のThe Conversation系投稿(関連テーマがSNSで共有され、コメントが付いていることの確認。SNS反応の“典型論点”整理の参考)
https://www.facebook.com/theconversationUS/posts/loving-your-work-can-be-great-but-judging-whether-others-love-their-work-isnt-wh/1261854042627938/

LinkedIn上のThe Conversation系投稿(同テーマがビジネスSNSでも拡散され、反応が付いていることの確認)
https://www.linkedin.com/posts/conversationus_work-passion-career-activity-7399606539625549824-wlek