花・コウモリ・人間活動 ― なぜ蝶と蛾は“地上の葉”を食べられるようになったのか? 進化を動かした“遺伝子の横取り”

花・コウモリ・人間活動 ― なぜ蝶と蛾は“地上の葉”を食べられるようになったのか? 進化を動かした“遺伝子の横取り”

蝶と蛾。昼の花壇を舞う蝶は人気者で、夜の灯りに寄ってくる蛾は敬遠されがち――そんなイメージは、研究の世界にも少しだけ影を落としているのかもしれない。実はこの「蝶と蛾(チョウ目)」は、動物の中でも桁違いに多様な巨大グループで、知られているだけでも膨大な種がいる。しかも彼らは“きれい”なだけではない。幼虫(イモムシ)は植物の葉を大量に食べ、成虫は花粉や蜜、樹液などを介して生態系の循環に関わる。鳥やコウモリなど多くの捕食者にとって重要な餌でもある。つまり、チョウ目を理解することは「自然の健康診断」をすることに近い。


そんなチョウ目研究の“現在地”を、複数機関の研究者が総ざらいして整理したレビューが、2026年2月にNature Reviews Biodiversityで公開された。要点はシンプルだ。「蝶と蛾はよく研究されているように見えるが、進化の基本や保全に必要な基礎情報でさえ、まだわからないことが多い」。この“意外なギャップ”が、今回の記事のいちばん重要なメッセージだ。


1) 3億年スケールで見ると、主役は「花」だけじゃない

記事が強調するのは、チョウ目の歴史がとにかく長いことだ。チョウ目は近縁のトビケラ類(幼虫が水生で、ケースを作ることで知られる)と比較しながら語られる。水辺の暮らしから陸上の植物食へ――この“大転換”は、チョウ目の繁栄の出発点だった可能性があるという。ところがここで出てくるのが、進化の王道である突然変異と自然選択だけでは説明しきれない話だ。


記事では、菌類や細菌から遺伝子を取り込む「水平遺伝子移動」が、植物の組織を消化したり毒性成分を処理したりする能力に関わった可能性が紹介されている。レビュー側の背景として、ゲノム比較により、消化・解毒に関係しうる遺伝子群の一部が細菌・菌類由来かもしれない、という研究が近年積み上がっている。これは“地味だけど効く”進化のブースターみたいなものだ。


そして、花の登場や受粉者の交代、夜の空を支配するコウモリの出現など、環境の大事件が連鎖してチョウ目の形や行動を変えていく。たとえばコウモリとの“軍拡競争”は、蛾が超音波を感知する聴覚器官を発達させたかもしれない――こうしたストーリーは、研究の断片がつながったときの面白さが爆発する分野でもある。


2) 「わかったこと」以上に、「わかっていないこと」が可視化された

今回のレビューが価値を持つ理由は、知識の整理だけではない。“未解明の地図”を描いたところにある。


たとえば、チョウ目は巨大グループであるがゆえに、系統関係(誰と誰がどれくらい近縁か)がまだ解けていない部分が残る。特に種数が多いグループ(Ditrysiaと呼ばれる一大集団)では、上位分類の関係がはっきりしない箇所があるという。研究者にとって系統は「比較の物差し」なので、ここが曖昧だと、進化の議論も保全の優先順位づけも難しくなる。


さらに厄介なのが、研究対象の偏りだ。大きくて目立つ蝶や大型の蛾は研究が進む一方で、小さな蛾(いわゆるマイクロモス)は分類もゲノムも手薄になりがちだと指摘される。多様性のホットスポットが熱帯に集中しているのに、研究努力は温帯に偏ってきた――この“ズレ”も明確に述べられている。


3) ゲノム時代が、保全の「次の手」を変える

とはいえ暗い話ばかりではない。記事は、地球規模でゲノムを集める取り組みが、チョウ目研究を加速させていることを紹介している。欧州のチョウ目のゲノム解読を進める計画(Project Psyche)や、真核生物のゲノムを網羅しようとする大構想(Earth BioGenome Project)など、大型プロジェクトが“知識の穴”を埋める推進力になっている。


ゲノムが増えると何がうれしいのか。単に「遺伝子のカタログ」が増えるだけではない。種分化の歴史、適応の痕跡、集団のつながり(分断されていないか)、局所絶滅のリスクなど、保全計画に直結する情報が読み取れる可能性が高まる。言い換えると、ゲノムは“後追いの記録”から“先回りの予測”へと、保全を変える道具になりうる。


4) それでも急ぐべき理由:減っているのは「数」だけじゃない

レビューと記事が繰り返す危機感は、近年のチョウ目の減少だ。量が減ると、受粉や食物網への影響が連鎖する。しかも、比較的よく調べられている“目立つ蝶”で減少が強く見えること自体が、不穏だとも述べられる。見えやすい指標が落ちるとき、見えにくい部分ではもっと深刻なことが起きている可能性があるからだ。


対策としてレビューが挙げるのは、単に保護区を作るだけではなく、「つながり」と「質」を重視した生息地の創出・復元・管理だ。気候や土地利用が変わる前提で、移動できる回廊や、複数の環境条件を選べる景観を用意する――この方向性は、昆虫保全を“点”から“面”へ広げる発想でもある。



SNSの反応(見えてきた“受け止められ方”)

今回のレビューは、研究者コミュニティ側の発信が比較的はっきり観測できるタイプの話題だった。

  • 学術誌アカウントが「新着レビュー」として告知
    Nature Reviews Biodiversityの公式アカウントが、レビュー公開を告知する投稿を行っている。まずは専門コミュニティに向けて“リリース情報”として届く、という初動の広がり方だ。

  • 著者本人が「何をまとめたレビューか」を短いスレッド調で説明
    著者の一人が、レビューが扱う柱(進化史・多様化、ゲノミクス、世界的な多様性パターン、保全)をまとめて紹介している。SNS上では「論文の要旨」よりも「何が読めるのか(読みどころの地図)」が歓迎されやすい。

  • 一般向け記事の読者反応は“トリビア的驚き”と“危機感”に二極化しやすい
    Phys.orgの記事は、幼虫の摂食量の大きさや、成虫の多様な食性など“驚きの事実”を厚めに紹介する構成になっている一方で、後半では減少と保全の話に着地する。SNSで拡散されるときは、この「へぇ!」と「まずい…」の温度差が同居しやすい。

  • “研究の偏り”に触れる投稿が増える可能性
    レビューは「小さな蛾が手薄」「熱帯が手薄」という偏りを明言しているため、研究者・自然観察者の側では「どこが空白か」を共有する文脈に乗りやすい。保全の話題が“好きな昆虫の保護”から“データ不足の埋め方”へ移っていくきっかけにもなりうる。



まとめ:この話題の“刺さりどころ”

蝶と蛾は、華やかさと地味さを同時に抱えた生き物だ。けれど生態系の中では、受粉者であり、草食者であり、捕食者の餌であり、気候や土地利用変化の影響を受けやすい“センサー”でもある。


今回のレビューが突きつけるのは、「有名な生き物でさえ、基礎が抜けている」という現実だ。そして、その穴を埋める鍵としてゲノム計画があり、同時に、いま減少が進むという時間制限がある。


“知っているつもりの蝶と蛾”を、研究と保全の両面からアップデートする――このレビューは、そのための現在地図だ。



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