音楽とスポーツの交差点:ロッカーで泣き、球場で叫ぶ — ダラス・グリーンとトロント・ブルージェイズの長い物語

音楽とスポーツの交差点:ロッカーで泣き、球場で叫ぶ — ダラス・グリーンとトロント・ブルージェイズの長い物語

Photo by HobbyFotomeier, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

静かな地下室で鳴り始めた「ブルージェイズの歌」

2025年秋、トロント・ブルージェイズがドジャースとのワールドシリーズ第7戦で敗れた夜、ダラス・グリーンは自宅の地下室にこもってギターを抱えていた。


感情を整理するために、彼がいつも選ぶ方法はひとつ——歌を書くことだ。

「ジェイズが負けて本当に落ち込んでるから、今は地下で曲を書いてる。それが自分を立て直す助けになると思うし、いつか誰かがこの曲を聴いてくれるかもしれない」。そんな趣旨の言葉を、カナダのスポーツ系サイトの取材で語っている。Blue Jays Central


あのシリーズを象徴する“事件”となったのが、外野フェンスのパディングの下にボールが入り込んでしまった、いわゆる「lodged ball(挟まったボール)」のプレーだ。彼は「これからの人生ずっと、“あのボール”の話をジェイズファンとし続けることになる」と苦笑まじりに振り返る。UMVA


失意と笑いが入り混じるその瞬間ですら、彼の頭の中ではすでにメロディが鳴っている。
ポスト・ハードコアと繊細なフォーク、二つの世界を行き来してきたシンガー・ソングライター、ダラス・グリーンの物語は、いま“野球”という第三の軸と強く結びつこうとしている。



ポスト・ハードコアとフォーク、二つの顔を持つ男

ダラス・マイケル・ジョン・アルバート・グリーン、1980年カナダ・オンタリオ州セントキャサリンズ生まれ。
ハードコアバンド・Alexisonfire のギタリスト/ボーカルとして頭角を現し、同時にソロプロジェクト “City and Colour” としてアコースティック主体の楽曲を発表してきた。ウィキペディア


City and Colour という名前は、「Dallas(街の名)」と「Green(色)」という自分の名前を分解したもの。本人いわく「自分の本名をそのまま冠するのが気恥ずかしかった」からだという。レコーディング・アカデミー


2005年のデビュー作『Sometimes』はカナダでプラチナ認定を受け、続く『Bring Me Your Love』『Little Hell』などでJUNO賞のソングライター・オブ・ザ・イヤーを受賞。Alexisonfireとしてもポスト・ハードコアの代表格として世界的な人気を獲得し、ハスキーなシャウトと澄んだ歌声を行き来するスタイルで多くのファンを惹きつけてきた。ウィキペディア


パンク~ハードコアの現場から出てきたにもかかわらず、ソロでは傷つきやすさを惜しみなくさらけ出す。
「最高の音楽は、少し悲しい音楽だと思う」。そんな信念が、キャリアを通して彼の作る歌のトーンを決めている。



「The Love Still Held Me Near」と、“喪失”とともに歩く歌

近年のダラス・グリーンを語るうえで欠かせないのが、2023年に City and Colour 名義で発表したアルバム『The Love Still Held Me Near』だ。この作品は、親友でありエンジニアでもあったカール“ホース”ベアハムの事故死をきっかけに生まれた。The Georgia Straight


ツアー仲間であり、初期のCity and Colour作品を支えた重要人物を突然失ったグリーンは、長い喪の期間を経て、曲作りを通してようやく感情を言葉にし始める。インタビューでは「曲にしていくことで、自分の中に溜め込んでいたものをセラピーのように解放できた」と語っている。The Georgia Straight


同作では、幼少期にカトリックの学校で育った自らの宗教観とも向き合っている。現在は信仰を持っていないが、悲しみの中で子どもの頃に教わった祈りの形がふとよみがえり、「自分の性格の一部は、あの教育で形作られた」と感じるようになったという。The Georgia Straight


ステージの規模こそアリーナ級に大きくなったが、彼が求めるのはいつも“親密さ”だ。
「どれだけ大きな会場でも、客席の一番後ろの人にまで届くように歌いたい」と語り、ライヴを「同じ時間を共有する体験」として作ろうとしている。The Georgia Straight


こうした「悲しみから美しいものを掬い上げる」作業は、そのままブルージェイズの敗戦を歌にするという最新の動きにもつながっている。



カナダの球場で育ったブルージェイズ愛

野球ファンのあいだではよく知られているが、ダラス・グリーンは筋金入りのトロント・ブルージェイズファンだ。
録音アカデミーのインタビューでは、新作の話よりもブルージェイズの話をしたそうにして記者を笑わせたという。レコーディング・アカデミー


彼が真っ先に挙げる“忘れられない瞬間”は、1993年のワールドシリーズでジョー・カーターが放った優勝決定ホームラン。長い低迷期を経て2015年にプレーオフへ帰ってきたチームの姿には、少年時代からのファンとして特別な思いを抱いていた。レコーディング・アカデミー


音楽活動で世界中を飛び回りながらも、トロントに戻ればスタジアムへ足を運ぶ。2010年代には楽天的なバンド仲間たちと共に試合を観戦し、その様子がSNSで話題になったこともある。Sportsnet.ca


ラプターズの優勝パレードに姿を見せたり、アリーナでのセレモニーに参加したりと、トロントのスポーツ・カルチャーと深く結びついている彼にとって、ブルージェイズは単なる“推しチーム”以上の存在だ。
それは、自分のバンド仲間と同じ“家族”のようなものなのだろう。



2025年の魔法と「lodged ball」の悪夢

そんな彼が、2025年のブルージェイズを「人生で一番好きなトロントのチームかもしれない」と評したのも無理はない。若手とベテランが噛み合い、クラブハウスには強い結束とポジティブな空気が流れていたと、多くのメディアが報じている。Blue Jays Central


しかし、物語はハッピーエンドでは終わらなかった。
ワールドシリーズ第7戦、あと一歩のところでドジャースに敗れたブルージェイズ。その過程で生まれた「lodged ball」を巡る物議は、ファンの心に長く尾を引くことになる。


ダラス・グリーンも例外ではない。あるインタビューでは、「あの詰まったボールを目の当たりにしてしまった。きっとこれから先も、ジェイズファンと会えば真っ先にその話題になる」と語っている。Blue Jays Central


傷つきながらも、彼はすぐに“クリエイティブモード”へとスイッチを入れる。
地下室で新曲を書き始めたのは、「この悔しさを自分なりに消化するため」であり、同時に「いつか誰かがこの曲を聴いて、自分と同じように救われてくれるかもしれない」というささやかな希望でもある。Blue Jays Central


彼はこのチームに、Alexisonfireの仲間たちと同じものを見出している。
「選んだ家族」として何年もツアーを続け、つらい日々を支え合ってきたバンドの歴史と、今のブルージェイズのロッカールームに漂う“兄弟愛”。その重なりが、敗北の痛みすらもどこか温かい物語に変えていく。Blue Jays Central



アレキシスオンファイア第二章と、カンロックへのラブレター

音楽面でも、ダラス・グリーンはいま“第二章”の真っ只中にいる。
Alexisonfire は再結成後も勢力的に活動し、最近ではカナダのロックレジェンドたちへのオマージュとして、The Tragically Hip や Rusty、Shallow North Dakota、Doughboys などの楽曲をカバーしたEP『Copies of Old Masters Volume 1』を発表した。UMVA


90年代に MuchMusic で流れていたようなカナディアン・ロックは、彼にとって“音楽の原風景”だ。そこから受け取った影響への感謝を、今度は自分のバンドの音で返している。The Tragically Hip のフロントマン、故ゴード・ダウニーに対しては、以前から何度もリスペクトを公言してきた。UMVA


一方で City and Colour としては、『The Love Still Held Me Near』のツアーを続けながら、すでに次の作品への種まきを始めている。友人であるP!nkとのフォーク・デュオ“You+Me”でも新曲が録られており、「いつか必ず何らかの形で発表する」と示唆している。The Georgia Straight


そして、どこかのタイミングで、ブルージェイズの2025年シーズンを題材にした曲が City and Colour のアルバムに紛れ込むかもしれない——そんな期待を抱かせるのが、今のダラス・グリーンだ。



SNSにあふれる共感と“自虐ユーモア”

ブルージェイズの劇的なシーズンと、ダラス・グリーンの「lodged ball」発言、そして“地下室の新曲”のエピソードは、当然ながらSNSでも大きな話題になった。
ここでは、オンライン上で見られる反応の傾向を、趣旨を損なわない範囲で再構成してみたい。※特定の投稿の逐語引用ではなく、ニュアンスをまとめたイメージです。

  • 「試合は負けたけど、ダラスがこの痛みを歌にしてくれるなら、少しは報われる気がする」

  • 「lodged ball のことを歌った曲なんて、世界でダラス・グリーンにしか書けないでしょ」

  • 「Alexisonfire の轟音から City and Colour の静かな弾き語りまで、全部ひっくるめて“ジェイズファンの感情の振れ幅”って感じがする」

  • 「あの第7戦はトラウマだけど、そのトラウマすらカンロックの歴史になると思うと……ちょっとだけ誇らしい」

一方、野球ファン全体を対象にしたオンライン投票では、「City and Colour を知っているか?」という問いに対して「ファンだ」と答えたのは3割強、「名前も知らない」が4割弱という結果も出ている。スポーツのコミュニティと音楽シーンの間に、まだまだ“伸びしろ”があることを示す数字だろう。Blue Jays Central


だが、ライブで青いキャップを被った観客を見つけるたびに、彼はきっとニヤリとするに違いない。
「曲を通して人とつながる」ことを信じてきたダラス・グリーンにとって、ブルージェイズファンという新しい入口から自分の音楽にたどり着いてくれる人が増えるのは、何よりうれしいことだ。



「ネガティブを祝う男」が、それでも前を向く理由

Recording Academy のインタビューで、自分を「ネガティブを祝うタイプの人間」と表現していたダラス・グリーン。良いライヴの後でさえ、まず真っ先に反省点を探してしまうという。レコーディング・アカデミー


完璧だと思ってしまった瞬間に成長が止まる——そう考えるからこそ、あえて不満や後悔に目を向け続ける。
それは決して楽な生き方ではないが、その“居心地の悪さ”こそが彼の歌を前に進めてきた。

ブルージェイズの敗北を前にしても、そのスタンスは変わらない。


「この悔しさをずっと覚えているだろう」と認めたうえで、そこから新しい歌を生み出そうとしている。悲しみも怒りも、後悔も、全部ひっくるめてサウンドに変換していく。UMVA


ハードコアの轟音と、アコースティックギターのささやき、満員の野球場と静かな地下室——その両極を何度も行き来してきたダラス・グリーンのキャリアは、カナダという国そのものの複雑さやしなやかさを映し出しているようでもある。



ロックとスポーツをつなぐ、これからのダラス・グリーン

これから数年、Alexisonfire は代表作『Crisis』の20周年を祝うツアーや、新しい作品の制作に力を入れていくと報じられている。第二次黄金期とも言うべき今のバンドは、かつて以上にクリエイティブで、そして地に足がついている。UMVA


一方で City and Colour は、『The Love Still Held Me Near』で経験した“喪失と再生”の物語の、その先を描こうとしている。彼の歌声は年々深みを増し、フォークやロック、オルタナティブの境界線を軽々と飛び越えるようになった。The Georgia Straight


そしてそのどこかに、ブルージェイズの2025年シーズンから生まれた曲が紛れ込む日が来るかもしれない。
スタジアムでの歓声と、ライヴハウスのシングアロング。その両方を知るダラス・グリーンだからこそ描ける、「スポーツと音楽が交差する場所」のサウンドトラックだ。


敗北の夜に地下室で鳴り始めた小さなフレーズは、やがてアリーナを埋め尽くす大合唱になるのだろうか。
その答えを知るのは、次のシーズンと次のアルバムが届いたときだ。



参考記事

カナダのミュージシャン、ダラス・グリーンが自身のバンド、ソロ活動、そして彼の応援するチーム(ブルージェイズ)について語る
出典: https://nationalpost.com/entertainment/canadian-musician-dallas-green-on-his-band-his-solo-work-and-his-team-the-blue-jays