少子化対策が“言葉狩り”へ:結婚・出産をためらう投稿まで規制する中国の新方針

少子化対策が“言葉狩り”へ:結婚・出産をためらう投稿まで規制する中国の新方針

1. 旧正月の空気を「前向き」に整える――中国の新たな“浄化キャンペーン”

中国が一年で最も大きな祝祭である春節(旧正月)を迎えるタイミングで、オンライン空間の取り締まりを一段と強めた。発表したのは中国のネット規制を担うサイバースペース管理機関(CAC)。期間は「約1カ月」。狙いは、祝祭シーズンのネット空間から当局が「有害」「不安定化を招く」とみなす要素を除き、より“祝祭にふさわしい”雰囲気を作ることだという。


しかし今回、とりわけ注目を集めたのは、取り締まり対象の中に「結婚への恐怖」や「出産(子どもを持つこと)への不安」といったテーマが明示的に含まれた点だ。いわば、結婚や出産をためらう感情そのものが“拡散してはならない空気”として扱われ始めた。


2. 「親戚の質問攻め」が炎上ネタになる季節

春節は家族が集まる季節だ。そして同時に、若い世代にとっては“親戚からの質問攻め”が恒例行事になりやすい。
「恋人はいるの?」
「なぜ結婚しないの?」
「いつ子どもを?」

こうしたやり取りは、映画やエッセイ、ネット投稿でも繰り返し描かれ、近年はオンラインでの“あるあるネタ”として皮肉や不満が噴き出しやすい。


当局側は、まさにこの時期に増幅しやすい「結婚や出産を否定的に語るノリ」や「男女対立を煽る投稿」を、社会のムードを損ねるものとして問題視した形だ。


3. 取り締まりの焦点:①“反・結婚/反・出産”言説 ②男女対立 ③AI量産の家族ドラマ

発表内容を読み解くと、大きく3つの焦点がある。


(1)“反・結婚/反・出産”につながる語りの抑制
当局は、結婚や出産に対する不安を煽り、ネガティブ感情を“悪意をもって”刺激する投稿を優先的に削除対象にするとした。表向きは「悪質な扇動」を問題にしているが、実務上は線引きが広がりやすい。


(2)男女対立コンテンツの排除
「ジェンダー対立を煽る」投稿も重点対象に入った。家庭内の役割分担、結婚後の負担、育児の偏りなどは現実の痛点と結びつきやすいテーマだ。そこに規制が入ると、当事者の切実な声まで“対立の扇動”として巻き込まれる懸念が残る。


(3)AIで量産される“デジタルごみ”への締め付け
今回のキャンペーンはAIコンテンツも名指しで標的化した。特に、筋立てが雑で誇張が強い家族対立(嫁姑、きょうだい対立、親のえこひいき等)を、再生数稼ぎのために量産するタイプの動画が問題視されている。
当局はこれを「低品質」「内容が空疎」「類似度が高い」といった言葉で括り、春節期間の“健全なネット環境”を乱すものとして一掃するとした。


4. なぜ今、ここまで?――人口危機の焦りと「物語の統制」

背景にあるのは、少子高齢化への強い危機感だ。中国は長年、人口抑制策(代表例が一人っ子政策)を取ってきたが、いまは逆方向へ舵を切り「家庭形成を促したい」局面にある。


だが、結婚・出産をためらう理由は、個人の気分だけでは片づけられない。住宅費、教育費、長時間労働、雇用不安、育児負担の偏在、将来の見通しの弱さ――。オンライン上では、こうした構造要因を理由に「結婚はコスパが悪い」「子どもを持つのが怖い」と語る投稿が増えやすい。


当局の狙いは、少子化対策を“政策”として進めるだけでなく、社会の感情や空気、そして物語(ナラティブ)そのものを「前向きな方向へ」整えることにあるように見える。


言い換えれば、人口政策が「補助金」や「制度設計」だけでなく、「語ってよい感情/語ってはいけない感情」の管理へ踏み込んできた、ということだ。


5. SNSの反応:賛否よりも“温度差”が可視化された

今回の動きに対して、SNS上では大きく分けて次のような反応が目立つ(※個別投稿の断定的な引用ではなく、報道で示された論点と一般的な反応パターンの整理)。


A:少子化対策として理解する声(ただし条件付き)
「悪質な煽りやデマ、過激な男女対立を抑えるのは必要」「AIの低品質量産でタイムラインが荒れるのは確かに迷惑」など、“ネット浄化”そのものには一定の支持がある。特にAIの粗悪コンテンツや詐称・デマの取り締まりは歓迎されやすい。


B:本丸はそこじゃない――生活コストへの怒り
一方で多いのが、「結婚や出産をためらう原因は言説ではなく現実の負担だ」という反発だ。住宅・教育・医療・働き方・育児支援などの課題が残る中で、発信だけを塞いでも問題は解決しない、という論点である。


C:言葉狩りへの警戒と“自己検閲”の広がり
「不安を語ること自体がNGになるのでは」「どこからが“煽り”で、どこからが“本音”なのか」――線引きの不透明さへの不安が強い。結果として、当事者が経験談や悩みを共有しにくくなり、自己検閲が進むのではないか、という指摘につながる。


D:皮肉・ミーム化(しかし表現は遠回しに)
取り締まりが強い環境ほど、露骨な批判は避けられ、遠回しな言い方や婉曲表現、ミーム的な表現が増える。春節の“質問攻め”をテーマにした投稿は、正面からの批判ではなく、比喩やコメディで表現されやすくなる。

6. 「AI時代の検閲」は、より現実的で、より拡張しやすい

今回のキャンペーンは、AIが絡むことで検閲の様相が変わる可能性も示している。

  • 量産性:AIは短時間で大量の動画・文章を作れるため、当局が嫌う“空気”が一気に拡散するリスクがある。

  • 判定の自動化:一方で取り締まる側も、AIやアルゴリズムで大量監視・大量削除を進めやすい。

  • 境界の曖昧さ:当局がいう「低品質」「空疎」「不安を煽る」は主観的で、運用次第で対象が広がる。


つまりAIは、表現の自由を押し広げる道具であると同時に、統制を“効率化”する道具にもなり得る。今回の件は、その両面が同時に動いていることを象徴している。

7. 結婚・出産の“前向きさ”は、規制で作れるのか

「結婚が怖い」「出産が不安」――この感情を消すことはできても、原因を消さなければ、別の場所で噴き出す。


しかも、春節という家族が集まる季節は、本来なら若い世代が抱える負担や不安を家族・社会が共有し、支える契機にもなり得る。そこを「不安を語ること自体が場違い」として抑え込めば、問題の“見える化”が難しくなる。


人口政策を前に進めるには、インセンティブや制度だけでなく、「安心して家庭を作れる条件」を積み上げる必要がある。


今回のキャンペーンは、中国がその難題に直面する中で、解決策の一部を「語りの統制」に求め始めたことを示している。だが、ネット空間の沈黙が、現実の出生率を押し上げるとは限らない。むしろ沈黙は、社会が抱える痛点を見えにくくし、政策の修正を遅らせる可能性すらある。


春節のオンライン空間が“陽気で前向き”になるかどうか。その裏で、語られなくなった不安がどこへ行くのか。今後の運用と、その反動まで含めて注視が必要だ。



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