「AIで生産性は上がる。でも仕事は減る?」英国が“両にらみ政策”に踏み出した理由

「AIで生産性は上がる。でも仕事は減る?」英国が“両にらみ政策”に踏み出した理由

「AIは仕事を奪うのか」。この問いに、英国政府が珍しく正面から答え始めた。答えはこうだ——“一部の仕事は減る”。ただし、それを放置せず、AIで生産性を上げて経済を押し上げながら、労働者が置き去りにならない仕組みを同時に作る。英国が狙うのは、AIを“景気の起爆剤”にしつつ“雇用の軟着陸”も実現する、いわば二正面作戦である。


生産性の「長い停滞」をAIで断ち切りたい

英国経済の悩みはシンプルだ。長年、生産性の伸びが鈍い。賃金や生活水準を押し上げにくく、財政にも余裕が生まれにくい。そこへAIが登場した。書類作成、要約、調査、分析、顧客対応、社内問い合わせ——“知的な事務”の多くを高速化できる可能性がある。特にサービス産業の比率が大きい英国では、AIの効きどころが広いとみられている。


現場のイメージは分かりやすい。これまで数日〜数週間かかっていた社内レポートや審査の一部が、数時間に短縮される。人は単純作業から解放され、顧客対応や意思決定など「人間の価値が出る工程」へ寄せていく——政府や企業が語る“AIによる生産性革命”の絵姿は、だいたいこの形だ。


しかし、入口の仕事から消える。「認めた」ことの意味

一方で、AIの導入は「人手を増やさずに回せる」ことも意味する。つまり、雇用の伸びは鈍くなる。影響を受けやすいのは、定型的な事務、バックオフィス、エントリーレベル(新卒・若手の入口)だ。政府が“仕事が減る”可能性を認めたことは、実は大きい。問題は、何人減るかの数字よりも、「減る局面がある前提で、社会設計を始める」方向に舵を切った点にある。


ここで政策の核になるのが「全国規模の学び直し」だ。英国は無料のAI基礎トレーニングを拡大し、2030年までに1,000万人に基本スキルを広げる目標を掲げる。短時間の講座から始め、修了者には政府お墨付きのデジタルバッジ(基礎認定)も用意する。狙いは、AIを“特定の専門職だけの道具”から“全労働者の基本教養”へ移すことだ。


さらに政府内には、AIが雇用や賃金に与える影響をモニターし、必要な政策を提案する横断組織(AIと未来の働き方を扱うユニット)も設ける。労組や産業界、有識者を巻き込み、「混乱が起きてから対処」ではなく「変化の兆しを掴んで先回り」する構えだ。AI導入の号令だけではなく、“副作用の監視装置”もセットにしている点が、今回の特徴と言える。


公共サービスにもAI。Meta資金の専門チームが始動

生産性向上は民間だけの話ではない。英国は公共サービスの改善にもAIを使う方針を鮮明にしている。道路や交通網の維持管理、公共安全、国防など、行政の中でも“判断や配分”が絡む領域にAIの道具立てを入れていく。その一例が、Metaの資金提供を受けた専門家チームの立ち上げだ。オープンソースのAIツールを1年かけて開発し、行政が商用の閉じた仕組みに依存しすぎない形を目指すという。データを組織の外に出さず、政府側で運用・改修できる——“使い勝手”以上に“主権(コントロール)”を意識した設計になっている。


ただし、ここには難しさもある。AI活用を急ぐほど、「誰のAIを使うのか」「どの国の企業に依存するのか」という論点が濃くなる。実際、政府のAI戦略が米国企業への依存を強めるのではないか、という批判も出ている。生産性を上げるには最先端が必要だが、国家としての説明責任も同時に重くなる。


“雇用の分配”が決定戦。鍵は「置き換え」か「増強」か

AIが雇用に与える影響は、技術の性能よりも「使い方」で大きく変わる。同じAIでも、(1)人を減らしてコストを落とす“置き換え”に寄せれば雇用は減りやすい。(2)仕事の一部をAIに任せ、人の役割を上流へ引き上げる“増強(オーグメンテーション)”に寄せれば、雇用の総量は維持されやすい。


英国のシンクタンクの分析でも、最悪シナリオでは数百万人規模の職が消える可能性が示される一方、増強に振れれば「雇用喪失なしでGDPを押し上げる」道も描かれている。政策が果たす役割はここだ。企業が“置き換え”へ傾きすぎないように、訓練・移動・再配置のコストを社会で薄め、増強へ誘導する。英国の1,000万人スキル政策は、この誘導のための巨大な土台づくりと見ることができる。


SNSの反応:期待と不安が、同じ投稿の下で同居する

今回の動きに対するSNSの空気は、一枚岩ではない。大きく分けると、次の3つが目立つ。


1)「学び直しは歓迎。AIは使える人が得をする」
LinkedInでは、政府の「1,000万人を2030年までに」方針を前向きに捉え、産官連携でAIリテラシーを底上げする流れを評価する投稿が見られる。女性のスキル支援や地域のテック雇用づくりとセットにする点を「現実的」と見る声もある。


2)「その訓練、誰がやるの? そして誰が取り残される?」
一方で、同じくLinkedIn上で「トレーニングの担い手は誰なのか」と素朴に突っ込むコメントが付くなど、“絵として正しいが、運用は大変”という反応も出ている。短時間講座で現場が本当に変わるのか、修了バッジが賃金や採用で意味を持つのか、といった疑問が続く。


3)「生産性の果実はどこへ? 入口の仕事が消えるなら分配が必要」
政府が「一部の仕事は失われる」と認めたことで、かえって議論が具体化した面もある。若手の入口が細るなら、徒弟制やインターン、職業訓練の設計を変えないと“経験のはしご”が外れる。AIが生む余剰を賃金・労働時間・再訓練にどう配分するのか。SNS上では、ここを曖昧にしたまま「成長」だけを語ることへの警戒感が根強い。


結局、英国の挑戦は「速度」と「公正」の両立

英国は、AI導入を遅らせるのではなく、むしろ“最速級で取りに行く”姿勢を見せる。その代わり、スキル政策と監視組織を同時に走らせ、「痛みが出る前提」で備える。ここに、世界の多くの国が抱えるジレンマ——技術競争に勝ちたいが、社会の分断は深めたくない——への一つの回答がある。


ただし、政策が成功するかどうかは、スローガンでは決まらない。AIが現場で“置き換え”に傾くのか“増強”に傾くのか。入口の仕事が減るなら、若者がどこで経験を積むのか。行政がAIを使うなら、説明責任と透明性をどう担保するのか。


英国の「AIで生産性、同時に雇用の軟着陸」という賭けは、他国にとっても遠い話ではない。むしろ、数年後の“自分たちの予行演習”として見る価値がある。



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