脳がなくても眠る? 逆さクラゲが教える“睡眠の本当の目的”

脳がなくても眠る? 逆さクラゲが教える“睡眠の本当の目的”

眠りは不思議だ。無防備になり、採餌も繁殖も止まり、捕食者に襲われやすくなる。にもかかわらず、睡眠は広範な動物に残り続けている。なぜそこまで“危険な行動”が手放せないのか——その問いに、意外すぎる生き物が手がかりを差し出した。


主役は「逆さクラゲ」。水底で傘を下に向け、拍動しながら漂う姿が特徴的なクラゲだ。研究では、この逆さクラゲが夜になると拍動のテンポを落とし、反応も鈍くなる“眠っているような状態”に入ることが観察された。しかも、昼にも短い休息(いわば昼寝)をとり、夜に邪魔されたぶんを「取り戻す」ような振る舞いまで見せるという。


ここで重要なのは、クラゲが私たちのような「脳」を持たない点だ。クラゲの神経系は、体に薄く広がった“神経の網”に近い。いわば、中央司令部なしで環境に反応している。それでも「休むべき時に休む」らしい。睡眠は脳の高度な機能(夢や記憶整理)の副産物なのか、それとももっと根源的な生存戦略なのか。議論の軸がぐっと深いところに動く。



そもそも「睡眠」とは何を満たせばいいのか

「目を閉じてじっとしていたら睡眠」ではない。動物が眠っているかどうかは、一般にいくつかの基準で判断される。代表的なのが「反応性の低下」だ。つまり、外からの刺激に対して普段より反応が遅くなる、あるいは反応しにくくなる。


研究チームは、赤外線下で行動を撮影し、白色光を当てたり、餌の刺激を与えたりして反応速度を測った。その結果、逆さクラゲは一定時間以上拍動が遅い状態が続くと反応が鈍くなることが分かった。イソギンチャクの一種(スターレット・シーアネモネ)でも、一定時間ほぼ動かない状態が続いたときに反応が遅れる傾向が見られた。つまり「眠っているときの“鈍さ”」が、刺胞動物でも成立している。


さらに、睡眠には「恒常性(ホメオスタシス)」がある。寝不足のあとに眠気が強くなる、長く寝て埋め合わせる——いわゆる“寝だめ”や“反動睡眠”のような現象だ。研究では、水流などで意図的に休息を妨げると、その後の睡眠時間が増える傾向が観察されている。人間の“寝不足の翌日に眠くなる”と似たロジックが、神経の網しかない動物にも顔を出す。



核心:起きていると神経細胞のDNAが傷み、眠ると修復が進む?

今回の話題の中心は、「睡眠=神経細胞のDNAメンテナンス時間」という仮説だ。


ポイントはこうだ。

  • 覚醒して活動している間、神経細胞ではDNA損傷(切断など)が増える。

  • 休息・睡眠様状態のあと、その損傷の指標が減る。

  • 眠気(睡眠圧)そのものが、DNA損傷や細胞ストレスによって高まる可能性がある。


研究チームは、特定の染色法などを用いて神経細胞のDNA損傷の痕跡を可視化し、時間帯や状態による変化を追った。逆さクラゲでは活動が続いたタイミングで損傷が多くなり、長めの休息のあとに低下する傾向が示された。イソギンチャクでも同様の方向性が報告され、種が違っても「起きているほどダメージが溜まる→休むと回復する」という筋書きが見えてくる。


さらに、因果関係に迫るために、DNAを傷つけやすい紫外線(UV-B)を当てる実験も行われた。短時間で損傷が増え、その後に休息が増える。休んだあとには損傷が基準に近づいていく——“ダメージが眠りを呼び、眠りが修復を助ける”という循環モデルを後押しする結果だ。



「眠りの起源」はどれくらい古いのか

刺胞動物(クラゲ、イソギンチャク、サンゴなど)は、動物の系統樹のかなり根元側にいる。私たちを含む左右相称動物(虫や脊椎動物など)と分かれたのは、およそ6〜7億年前とされる。もし刺胞動物の段階で、すでに睡眠のコア機能が成立していたなら、睡眠は「脳が発達した後に生まれた便利機能」ではなく、「神経系ができた時点で必要になった基本機能」だった可能性が高い。


ここで面白いのが、睡眠の“目的”の議論だ。睡眠には、エネルギー節約、記憶の固定、免疫調整など、多面的な利点が提案されてきた。今回の結果は、それらを否定するというより、「まず最初に必要だったのは神経細胞の維持かもしれない」という優先順位の話に近い。神経細胞は基本的に増殖しにくく、壊れたら置き換えが難しい。だからこそ、定期的な“修理の時間”が必要だった——という見立ては、進化的に筋が通る。



メラトニンが「脳なし動物」にも効く? 常識への小さな揺さぶり

もうひとつ、議論を刺激する要素がある。睡眠や体内時計といえばメラトニンだ。私たちは「暗くなるとメラトニンが増えて眠くなる」というイメージを持っている。ところが実験では、メラトニンを水中に加えると、逆さクラゲやイソギンチャクでも“本来の活動時間帯”に休息が増える傾向が見られた。


「メラトニンの睡眠作用は、脳と概日時計が複雑化した脊椎動物で進化した」という考えがある一方で、より古い段階から“休息スイッチ”として働いていた可能性も浮上する。睡眠の歴史が古いだけでなく、眠りを調整する化学的仕組みも想像以上に古いのかもしれない。



SNSの反応:「脳がなくても眠る」に驚きと納得、そしてジョーク

この話題はSNSでも拡散しやすい。理由は単純で、「脳がないのに眠る」という一文が強いからだ。反応は大きく分けて3タイプが目立つ。


1)素朴な疑問:なぜ起きている間に修復できないの?

海外掲示板では、「結局のところ、なぜ起きている間に修復できないんだ?」という直球の疑問が上位に来ている。研究の説明を踏まえると、活動中は刺激入力や神経の発火、代謝などが続き、修復プロセスにとってノイズが大きいのかもしれない。けれど、ここはまだ仮説の領域で、「睡眠が修復を“しやすくする条件”とは何か」は次の研究課題になる。

2)納得の声:睡眠は“脳のため”というより“神経のため”なのかも

「睡眠はまずメンテナンスだと思っていた」という感覚とも相性がいい。起きている間に蓄積する損傷やストレスを、感覚入力を絞った状態でまとめて処理する。人間側の体感(寝ると回復する)と、分子レベルの説明(DNA修復)が“つながった感じ”がするからだ。


3)お約束のユーモア:クラゲの悪夢、人間への当てこすり

SNSらしく、ジョークも出る。「クラゲは悪夢で単位不足にうなされるのか?」といった冗談や、「脳がない人間もいる」系の当てこすりが混ざるのも、この手のニュースの“風物詩”だ。科学の話題が広がるとき、驚き・理解・笑いがセットで循環するのは健全でもある。関心の入口が軽いほど、本文の中身(DNA損傷と睡眠圧の関係)へ人が流れやすいからだ。



じゃあ「睡眠の正体」は決着したのか?

結論を急ぐと誤解が生まれる。今回の研究は「睡眠の唯一の目的=DNA修復」と断言したわけではない。むしろ、“最も古い中核機能のひとつ”としてDNA保護が強化された、と見るのが妥当だろう。神経系が複雑になれば、学習や記憶、シナプス調整など別の利点が「後から重なっていく」ことも十分あり得る。


それでも、クラゲやイソギンチャクという“原始的に見える”生物が示すメッセージは強い。
眠りは、意識や夢のために生まれたのではなく、まず「壊れやすい神経を守る」ために必要だったのかもしれない。
そしてその必要性は、6億年以上も前から、生命にとって“払ってでも得る価値があるコスト”だった——そう考えると、今夜の睡眠が少しだけ違って見えてくる。



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