カニの横歩きの謎を解く! カニの横歩き、実は一度きりの大発明だった?長崎大などが進化の起源に迫る

カニの横歩きの謎を解く! カニの横歩き、実は一度きりの大発明だった?長崎大などが進化の起源に迫る

カニの「横歩き」は、ただの変なクセではなかった

海辺でカニを見かけたとき、誰もが一度は思う疑問がある。

なぜ、カニは横に歩くのか。

人間から見れば、前に進むほうが自然に思える。犬も猫も鳥も、たいていは顔の向いている方向へ進む。ところがカニは違う。体をこちらに向けたまま、すばやく横へ滑るように移動する。その動きはどこかユーモラスで、昔から絵本やアニメ、ジョークの題材にもなってきた。

しかし、最新の研究はこの「横歩き」を単なる見た目の面白さではなく、進化史上の大きな出来事として捉え直している。

長崎大学などの研究グループが発表した研究によれば、カニの横歩きは約2億年前、現在の多くのカニにつながる共通祖先で一度だけ獲得された可能性が高いという。つまり、いま海岸や川辺で見られる多くのカニたちは、それぞれが別々に横歩きを発明したのではない。遠い祖先が手に入れた移動方法を、世代を超えて受け継いできた可能性があるのだ。

2億年前といえば、恐竜が台頭し始めた時代であり、地球の大陸配置や海の環境も現在とは大きく異なっていた。そんな太古の世界で生まれた行動が、現在のカニの姿や暮らしにまで影響している。そう考えると、あの小さな横歩きの一歩が、急に壮大な時間のスケールを帯びて見えてくる。


50種のカニを観察し、歩き方を分類した

今回の研究で注目されたのは、「真のカニ」と呼ばれる短尾下目の仲間だ。一般にカニと聞いて思い浮かべる多くの種がここに含まれる。

研究チームは50種のカニを対象に、実際の歩き方を観察した。各種の個体を円形のプラスチック製アリーナに入れ、10分間、標準的なビデオカメラで移動を記録した。観察環境は、できるだけそれぞれの自然環境に近づけられたという。

そのうえで、カニが主にどの方向へ移動するかを解析した。結果は大きく二つに分かれた。50種のうち35種は主に横方向へ移動し、15種は前方向へ移動した。

ここで重要なのは、「カニなら全部が横歩き」と単純に片づけられない点だ。多くのカニは横歩きをするが、前に歩くグループも確かに存在する。だからこそ研究チームは、横歩きがいつ、どのように進化したのかを系統樹と照らし合わせて調べることができた。

行動の観察だけでは、進化の道筋までは見えてこない。そこで研究チームは、344種のカニを対象に10個の遺伝子を使って構築された既存の系統樹データを組み合わせた。つまり、「どのカニがどのカニに近いのか」という進化上の関係と、「それぞれがどう歩くのか」という行動データを重ね合わせたのである。

その結果、横歩きは複数回ばらばらに生まれたのではなく、Eubrachyuraと呼ばれる進化的に進んだカニのグループの根元で、前歩きの祖先から一度だけ生じた可能性が高いことが示された。


「カニっぽい形」は何度も生まれたが、「横歩き」は珍しかった

カニの進化を語るうえでよく知られている言葉に、「カニ化」がある。これは、カニではない甲殻類の系統が、進化の過程でカニのような体形に近づく現象を指す。

ずんぐりした体、短く折りたたまれた腹部、横に広がった脚。こうした「カニっぽい形」は、甲殻類の進化のなかで何度も独立に現れたと考えられている。まるで自然界が何度も同じ設計図にたどり着いたかのようで、進化の収束を示す例としてしばしば紹介される。

ところが今回の研究は、形と行動が同じように進化するとは限らないことを示している。

カニらしい体形は繰り返し生まれた。一方で、横歩きという行動は、少なくとも真のカニにおいては一度だけの大きな変化だった可能性がある。これは非常に興味深い。体の形は似た方向へ何度も進化しうるが、移動の仕方という行動上の革新は、そう簡単には何度も生まれないのかもしれない。

行動は、骨格や筋肉だけでなく、神経系、発達、生活環境、捕食者との関係など、さまざまな要素と結びついている。横に歩くという一見シンプルな動作も、実際には体のつくりと神経制御がうまく噛み合って初めて成立する。だからこそ、一度獲得されると長く保たれた一方で、新たに何度も独立して生まれることは少なかったのだろう。


横に逃げることは、なぜ強みになったのか

では、横歩きはカニにどんな利点をもたらしたのだろうか。

研究者たちが注目しているのは、捕食者からの逃避だ。横方向にすばやく移動できるカニは、左右どちらにもほぼ同じように逃げることができる。これは、追いかける側から見ると厄介だ。目の前の獲物が右へ行くのか、左へ行くのかを予測しにくい。

人間のスポーツでも、相手の予測を外す横方向の動きは強力だ。サッカーやバスケットボールで、前後のスピードだけでなく左右への切り返しが重要なのと似ている。カニにとっての横歩きは、海辺や岩場で生き延びるためのフェイントだったのかもしれない。

さらに、カニの体は横に広い。脚も体の左右に伸びている。その構造では、前に進むよりも横に進むほうが効率的になりやすい。横歩きは、体の形と運動性能をうまく結びつける移動様式だった可能性がある。

もちろん、横歩きが万能だったわけではない。研究では、一部のカニの系統で前歩きへ戻った例も示されている。これは、横歩きにコストや制約があることを示唆する。

たとえば、隠れて暮らす種や、砂に潜る種、別の生物の中や近くで保護を得る種では、すばやく横へ逃げる能力の重要性が低くなる場合がある。捕食者から逃げる以外の生き方を選んだカニにとっては、横歩きにこだわる必要が薄れたのかもしれない。

進化は「一度よいものを獲得したら永久にそれを使い続ける」という単純なものではない。環境や生態が変われば、以前は有利だった特徴が別の方向へ変化することもある。カニの歩き方は、その柔軟さを示す好例でもある。


横歩きの起源は、地球環境の大変動と重なっていた

今回の研究でもう一つ興味深いのは、横歩きが生まれたと推定される時期だ。

研究チームは、真のカニの横歩きの起源を約2億年前、ジュラ紀の初期ごろと推定している。この時期は、三畳紀末の大量絶滅の直後にあたる。地球規模で生物相が大きく入れ替わり、新しい生態的な空き場所が生まれた時代だった。

同時期には、超大陸パンゲアの分裂が進み、浅い海の環境が広がっていったと考えられている。浅海域は、多様な生物がすみ分けやすい場所だ。岩場、砂地、干潟、サンゴ礁のような環境が複雑に広がれば、そこに適応する生物の多様化も進みやすい。

カニの横歩きは、単独で成功を生んだ魔法の能力ではなかったかもしれない。むしろ、地球環境の変化によって新しいチャンスが生まれたとき、そのチャンスを生かすための重要な道具になった可能性がある。

進化の成功は、内側の革新と外側の環境が重なったときに起こる。横にすばやく逃げる能力を持ったカニの祖先が、浅い海の広がりや捕食圧の変化と出会った。その組み合わせが、現在のカニの多様性につながったのかもしれない。


7900種を超える真のカニと「成功した歩き方」

研究者によれば、真のカニにはおよそ7900種以上が知られている。これは近縁のグループと比べても非常に大きな多様性だ。海だけでなく、淡水、陸上、深海など、カニはさまざまな環境へ進出している。

その背景に、横歩きがどこまで関わっていたのか。今回の研究は、その問いに対する重要な手がかりを与えている。

もちろん、「横歩きだけでカニが成功した」と言い切ることはできない。生物の多様化には、気候、地形、捕食者、餌、繁殖戦略、体の構造など、多数の要因が絡む。横歩きはその一部であり、しかも実際にどれほど生存率や繁殖成功を高めたのかは、今後さらに検証が必要だ。

研究者自身も、今後は化石記録を反映した時間軸の精密化や、横歩きが実際にどの程度の適応的利点を持つのかを測る実験が必要だとしている。たとえば、横歩きと前歩きで逃げる速度や方向転換のしやすさがどう違うのか、捕食者がいる環境でどちらが有利なのか、といった性能試験が考えられる。

それでも今回の研究は、動物の移動様式が進化の大きな転換点になりうることを示した。鳥の飛行、魚の遊泳、哺乳類の走行のように、移動の方法は生物がどこへ行けるか、何を食べられるか、何から逃げられるかを決定する。カニにとっての横歩きもまた、世界を広げる鍵だったのかもしれない。


SNSでは「こういう研究好き」「2億年前から横歩き」に反応

 

この研究は、専門的な進化生物学の話題でありながら、SNSでも比較的親しみやすい反応を集めている。理由は明快だ。誰もが見たことのあるカニの横歩きがテーマだからである。

Xでは、ニュースアカウントや研究関連アカウントが「カニは2億年前から横歩き」といった切り口で紹介し、それに対して「こういう研究している人大好き」という好意的な反応や、「2億年前から横歩きしてまーす」といったユーモラスな受け止め方が見られた。研究内容の細部というより、「身近な疑問に科学が本気で答える面白さ」への反応が目立つ。

また、Redditでは以前から「なぜカニは横歩きするのか」という質問が繰り返し投稿されており、脚の関節の向き、エネルギー効率、体の構造などをめぐる素朴な説明が交わされてきた。今回の研究は、そうした一般的な疑問に対し、「横歩きはいつ生まれ、どのように受け継がれたのか」という進化史の視点を加えたものといえる。

SNS上の反応で興味深いのは、カニの横歩きが単なる科学ニュースではなく、ミーム的な楽しさを持って受け止められている点だ。「カニはずっと横歩きだったのか」「祖先も横移動していたのか」といった驚きは、科学の発見が日常の見方を少し変える瞬間でもある。

科学ニュースは、ときに難解な用語や専門的な統計に埋もれてしまう。しかし、「なぜカニは横に歩くのか」という問いは、子どもでも大人でも直感的に共有できる。だからこそ、この研究は広く届きやすい。身近な生き物のありふれた動作に、2億年の歴史が隠れていたという物語性が、人々の興味を引きつけているのだろう。


「なぜ?」を深掘りすると、進化の物語が見えてくる

カニの横歩きは、目の前の生き物を観察するだけでも面白い。だが、その動きの起源をたどると、話は一気に太古の海へ広がる。

かつて前に歩いていた祖先が、ある時期に横方向への移動を獲得した。その変化は、偶然の小さな差だったかもしれない。しかし、その差が捕食者から逃げる能力を高め、新しい環境への進出を助け、やがて多様なカニたちへ受け継がれていった。

一方で、すべてのカニが横歩きを続けたわけではない。生き方が変われば、前歩きへ戻る系統もあった。そこには、進化が一直線の進歩ではなく、環境に応じた試行錯誤であることが表れている。

今回の研究が示しているのは、行動もまた進化の歴史を背負っているということだ。化石に残りやすい骨や殻だけでなく、歩き方、逃げ方、餌の取り方といった行動も、生物の多様化に深く関わっている。

次に海辺でカニを見かけたら、その横歩きを少し違った目で見てしまうかもしれない。目の前のカニは、ただ横に逃げているだけではない。2億年前に始まった進化の道筋を、いまもその脚でなぞっているのである。


出典URL

ScienceDaily。カニの横歩きが約2億年前の共通祖先に由来する可能性、50種の行動観察、35種が横歩き・15種が前歩きだった点などを確認。
https://www.sciencedaily.com/releases/2026/05/260501052844.htm

eLifeのプレスリリース。研究の背景、著者コメント、横歩きが捕食者からの逃避に役立つ可能性、環境変化との関係などを確認。
https://elifesciences.org/for-the-press/81901af4/study-suggests-crabs-iconic-sideways-walk-evolved-from-common-ancestor

eLife掲載のReviewed Preprint本文。論文タイトル、著者、研究の要旨、50種の行動分析、横歩きの単一起源、前歩きへの二次的な戻りなどの詳細確認に使用。
https://elifesciences.org/reviewed-preprints/110015

長崎大学の研究紹介。日本語での研究概要、掲載日、論文情報、研究チームの位置づけを確認。
https://www.nagasaki-u.ac.jp/ja/science/science450.html

長崎大学英語版の研究紹介。論文情報、著者情報、研究発表の英語概要確認に使用。
https://en.nagasaki-u.ac.jp/6581/

EurekAlert!の研究リリース転載。論文掲載日、DOI、研究対象、記事タイトルなどの確認に使用。
https://www.eurekalert.org/news-releases/1125115

X上のNHKニュース関連投稿。日本語圏SNSでの拡散状況と「約2億年前に横歩きを始めた可能性」という紹介のされ方を確認。
https://x.com/nhk_kabun/status/2049258095990501709

X上の長崎新聞関連投稿。日本語圏SNSでのニュース拡散、長崎大チームの研究としての紹介を確認。
https://x.com/nagasaki_np/status/2050109107999514834

Reddit上の関連投稿。カニの横歩きについて、一般ユーザーが以前から脚の構造や効率の観点で疑問を交わしていた例として参照。
https://www.reddit.com/r/explainlikeimfive/comments/f4qpoc/eli5_why_do_crabs_walk_sideways/