地下都市で暮らす未来はロマンか監獄か — 月・火星定住の“本当の難所” : マスクの大転換に科学者が出す“現実的すぎる”答え

地下都市で暮らす未来はロマンか監獄か — 月・火星定住の“本当の難所” : マスクの大転換に科学者が出す“現実的すぎる”答え

「人類初の“地球外都市”は、月か火星か」。宇宙好きの間で繰り返されてきた定番の問いが、ここにきて再燃している。理由は単純だ。長年“火星一直線”を掲げてきたイーロン・マスクが、最近になって「月の都市を先に進める」と語り、時間軸まで具体化したからだ。


ところが、夢の話が大きくなるほど、同じ速度で膨らむのが「現実はどうなの?」という疑問である。そこで注目されるのが、ライス大学の進化生物学者スコット・ソロモンの“現実チェック”だ。新著『Becoming Martian』で、月・火星定住の可能性だけでなく、人体・社会・倫理が直面するハードルを、容赦なく並べていく。



1) 「10年で月の都市」論が刺さる理由

マスクが月優先を語るロジックは、ざっくり言えば“近さ”に集約される。月は地球から近く、行き来や補給、試行錯誤の回転が速い。火星は惑星配置の都合で“行ける窓”が限られ、移動時間も長い。だから「月の方が短期間でスケールしやすい」という発想自体は、直感的には分かりやすい。


さらに現実面では、月探査は国家プロジェクトと産業が絡み合う。NASAの有人月面計画や民間の契約が積み上がり、企業にとっては「近い将来に成果を見せやすい」舞台にもなる。こうした背景が、“火星のロマン”より“月の現実”に資源が寄りやすい状況を生む。



2) 宇宙移住の最初の壁は「放射線」と「住む場所」

ソロモンが強調するのは、私たちが“長期の宇宙環境”を実地でほとんど経験していない点だ。宇宙飛行の健康影響研究は膨大でも、「長期間、地表で暮らす」条件は別物になる。ISSで約340日滞在したスコット・ケリーの研究(いわゆるツインズ・スタディ)は貴重だが、それでも月面や火星地表の生活をそのまま代替できるわけではない。


最大の懸念の一つが放射線だ。対策としては、分厚いレゴリス(砂塵)で覆った居住区や、溶岩チューブ(溶岩洞)内の基地など“地下化”が現実解として語られる。地球の歴史にも地下都市の例がある一方で、「地下に籠もる暮らし」は移住の魅力とトレードオフになる——火星まで行って地表を自由に歩けないなら、それは“勝利”なのか、という問いが突き刺さる。



3) 生活は回るのか──食料・水・感染症という地味に強い敵

SFの宇宙都市は、ドームの外に広がる赤い大地や灰色の地平線が象徴的だ。しかし現実の都市は、まず食べるものと水、そして病気対策で詰まる。


月も火星も乾燥し、寒く、地球のように“そのまま食べて飲める環境”ではない。氷の存在が期待される地域があっても、採掘・精製・配給のシステムが要る。さらに食料は、地球から運ぶのではなく、基本は現地で育てる前提になりやすい。


ソロモンが踏み込むのは「家畜を連れていくのか」という論点だ。資源が限られるなら、人間と動物が同じ食料・水・空気を奪い合う。加えて、感染症の多くが動物由来である現実を踏まえると、地球外都市では“哺乳類や鳥類を持ち込まない”という選択が合理性を持ち得る。極端に聞こえるが、「宇宙移住は全員ヴィーガンが現実的」という議論が出てくるのは、ロマンより運用が支配する世界だからだ。



4) 「人類が変わる」話は、比喩ではなく設計図になりうる

宇宙定住を語るとき、つい“技術の勝利”に焦点が当たる。だがソロモンの視線は生物学者らしく、人間そのものに向かう。


放射線に強い体質へ適応する可能性は、自然な進化だけでなく、遺伝子工学の議題にもなる。たとえば、過酷環境に強いことで知られるクマムシ由来の遺伝子研究が引き合いに出され、放射線耐性を高める発想が現実の研究として語られている。これは“未来の妄想”というより、選択肢として机の上に載り始めている話だ。


さらに低重力の影響は、骨密度の低下として積み上がる。ここで議論が一段シビアになるのが「第二世代」、つまり宇宙都市で育つ子どもたちだ。ソロモンは、成人まで低重力で生活した女性が出産年齢に達したとき、骨が弱くなることで出産がより危険になり得ると指摘する。安全策として帝王切開が“標準”になれば、進化上の制約が外れ、将来世代の形態そのものが変化する可能性まで議論される。


そして、もっと静かで厄介なのが微生物の問題だ。私たちは“人間”として独立して存在しているようで、腸内細菌など膨大な微生物と共生している。環境が変われば微生物も変わる。地球外で独自に進化した微生物環境に身体が適応していけば、「地球に戻る」ことすら難しくなるかもしれない。往復できるはずの宇宙航路が、生物学的には“一方通行”になる——この指摘は、移住を“冒険”ではなく“分岐”として捉え直させる。



5) 月が先でも、火星が先でも、最後に残るのは「倫理」

ソロモンは、短期のミッションと“自給自足の都市”を分けて考えるべきだと言う。「数年以内に月へ、10年以内に火星へ“到達”」は、ブーツ・オン・ザ・グラウンド(降り立つ)という意味では可能性がある。だが「そこで都市を育てる」には別の難所がある。


そのとき最も重いのが、子どもをその環境で育てる是非だ。大人がリスクを承知で働きに行くのと、子どもが“選べないまま”その環境に生まれるのは同列ではない。もし地球に戻れない可能性があるなら、それは人生設計ではなく、出生による不可逆な拘束になる。宇宙移住の議論が、最終的に倫理へ戻ってくるのは必然なのだ。



6) SNSの反応:熱狂よりも「現実の理由探し」が優勢に

今回の話題が面白いのは、SNSが単純な称賛や批判に割れず、“なぜ方針が変わったのか”の推理合戦になっている点だ。

 


反応パターンA:技術と日程の遅れが、月優先を“合理化”した

掲示板では「スターシップ開発の遅れを考えると、火星の早期実現は厳しい。ならば月面着陸関連(契約や開発)を優先するのは自然」という見方が多い。つまり“思想転向”ではなく“工程表の現実”として受け止める声だ。


反応パターンB:競争相手と契約が、メッセージを変えた

「政府契約の優先順位」「競合(他社)の存在感」「月レースの政治性」など、ビジネスと地政学の都合で語り直す反応も目立つ。月は国家間競争の舞台になりやすく、企業の戦略もそこに引っ張られる、という読みだ。


反応パターンC:「月は火星のイージーモード」論争

一方で、“月の方が簡単”という直感に反発する議論も盛り上がる。大気がないことによる運用の難しさ、温度変化、粉塵などを挙げ、「月はむしろハード」という声がぶつかり合う。ここは技術オタク的な熱量が高く、SNSらしい分岐だ。


反応パターンD:メディア不信と、見出しへの苛立ち

「切り取りだ」「文脈を読め」という“ジャーナリズム批判”も一定数ある。月と火星の優先順位を巡る発言は以前から揺れてきたため、見出しだけで“路線変更”と決めつけることへの反発が出やすい。



結論:「行く」より「住む」が難しい。だからこそ議論が価値を持つ

月か火星か。結論を急ぐほど、論点はぼやける。重要なのは、到達競争の興奮と、居住の設計図を切り分けることだ。


放射線、地下化、食料、微生物、低重力、出産、世代交代、地政学、そして子どもの倫理。これらは、宇宙移住が“技術の物語”ではなく“文明の選択”であることを示している。マスクの強い言葉が火をつけ、ソロモンの冷静な整理が地面を固める。SNSの賑わいも含めて、今このタイミングで「本当に可能なのか」を問い直す意味は大きい。



出典)