夜中に歩き回る、壁を見つめる…獣医師が警戒する「犬の認知症」のサイン

夜中に歩き回る、壁を見つめる…獣医師が警戒する「犬の認知症」のサイン

「最近、愛犬の様子がおかしい」それは老化だけではないかも――犬の認知症、その初期サインとは

長年一緒に暮らしてきた愛犬の行動が、少しずつ変わってきた。

夜中になると突然起きて、目的もなさそうに部屋の中を歩き回る。

名前を呼んでも、以前のようにすぐ振り向かない。

ずっと使っていたトイレではない場所で、突然粗相をする。

家具の間に入り込んだあと、どうすれば戻れるのか分からないように立ち尽くしている。

こうした変化を目にしたとき、多くの飼い主が最初に考えるのは「もう年だから仕方がない」ということだろう。

しかし、それは単なる老化とは限らない。

ドイツのニュースメディア「stern」は2026年8月、犬も人間と同じように認知機能が低下することがあり、初期のサインを早く見つけることが重要だというテーマを紹介した。

獣医学では、こうした状態は一般に「犬の認知機能不全症候群(Canine Cognitive Dysfunction Syndrome=CCDS、CCD)」と呼ばれる。

人間の認知症とまったく同じ病気というわけではない。しかし、年齢とともに記憶や学習、空間認識、睡眠、社会的行動などに変化が起こり、日常生活に支障をきたすという点では似た部分もある。

そして、この病気を難しくしている最大の理由の一つが、初期症状の分かりにくさだ。


「老化」と「病的な認知低下」の境界は分かりにくい

若い頃のように長時間走らなくなった。

昼寝が増えた。

呼んだときの反応が少し遅くなった。

高齢犬では、こうした変化そのものは珍しくない。

そのため認知機能の低下が始まっていても、家族から「年齢による自然な変化」と受け止められ、長期間見過ごされるケースがある。

一方で、認知機能不全に見える行動が、実際には関節の痛みや視力・聴力の低下、内臓疾患、神経疾患などによって起きている場合もある。

つまり、「変化に気づくこと」と同時に、「認知症だと決めつけないこと」の両方が重要になる。

現在、犬の認知機能不全で見られる代表的な変化を整理する際、獣医療では「DISHAA」という言葉がよく使われる。

「Disorientation=見当識の低下」

「Interactions=社会的交流の変化」

「Sleep-wake cycle=睡眠・覚醒リズムの変化」

「House soiling/Learning and Memory=排泄習慣、学習・記憶の変化」

「Activity=活動性の変化」

「Anxiety=不安」

この6つだ。

犬の認知症は、単純な「物忘れ」の病気ではない。

犬の日常生活そのものが少しずつ変化していく病気だと考えると、理解しやすい。


サイン1 知っているはずの家で「迷子」になる

比較的気づきやすいのが、空間認識の変化だ。

何年も暮らしている自宅なのに、ドアの位置が分からなくなる。

家具と壁の間に入り込んだあと、その場から出られなくなる。

ドアが開いているにもかかわらず、反対側へ進もうとする。

壁や部屋の隅を長時間見つめる。

家族にとっては「何をしているんだろう」と不思議に見える行動でも、犬自身は、自分がどこにいるのか、次にどちらへ進めばいいのかをうまく判断できなくなっている可能性がある。

いつもの家なのに、突然そこが「知らない場所」のようになってしまう。

飼い主にとっても、見ていてつらい変化の一つだ。


サイン2 昼夜が逆転し、夜中に歩き始める

シニア犬の認知機能不全で特に家族への影響が大きいのが、睡眠・覚醒リズムの変化だ。

昼間は長時間眠っている。

ところが家族が寝る頃になると起き出し、部屋の中を行ったり来たりする。

寝床に入ってもすぐ立ち上がる。

理由もなく鳴く。

何時間も歩き続ける。

夕方から夜間に混乱や不安、徘徊が強くなる状態は、人間の認知症になぞらえて「サンダウニング」と呼ばれることもある。

この症状は、犬だけの問題では済まない。

毎晩のように続けば、一緒に暮らす家族も眠れなくなるからだ。

実際、シニア犬の飼い主が集まる海外SNSでは、犬の夜間徘徊によって2時間おきに目を覚まし、慢性的な睡眠不足になったという投稿も見られる。

犬の介護というと「愛情があれば乗り切れる」と考えがちだが、数週間、数カ月にわたって睡眠を奪われる生活は、どんな飼い主にとっても大きな負担になる。

犬のQOLだけでなく、介護する側の生活も含めて獣医師に相談する必要がある。


サイン3 飼い主との関係が変わる

以前は玄関まで迎えに来た犬が、帰宅しても反応しなくなる。

いつも家族のそばにいた犬が、一人で過ごしたがるようになる。

反対に、突然飼い主の後ろを離れなくなることもある。

留守番を極端に不安がる。

触ろうとすると嫌がる。

こうした社会的な関わり方の変化も、認知機能不全のサインとして知られている。

ただし、ここでも注意したいのは別の病気だ。

例えば耳が聞こえにくくなっていれば、呼びかけても反応できない。

関節や腰に痛みがあれば、触られることを嫌がるようになる。

視力が低下すれば、飼い主が近づいたことに驚き、以前より警戒するようになる可能性もある。

「性格が変わった」と感じたときには、行動だけでなく身体の状態を確認することも重要になる。


サイン4 突然トイレを失敗する

何年間も完璧にできていたトイレを失敗するようになることも、代表的な変化の一つだ。

散歩へ行ったのに排泄せず、自宅に戻った直後に室内でしてしまう。

トイレの場所を間違える。

排泄したこと自体を忘れているように見える。

これまで守っていた習慣が崩れていく。

飼い主が「しつけが戻ってしまった」と感じることもあるかもしれない。

しかし、高齢犬を叱るのは逆効果になり得る。

本人が故意にしているわけではなく、学習したルールや場所を思い出しにくくなっている可能性があるからだ。

ただし、頻尿や失禁には尿路疾患、腎疾患、内分泌疾患など、さまざまな原因がある。

「認知症だから」と判断する前に診察を受けることが欠かせない。


サイン5 同じ場所をぐるぐる歩く

目的が分からないまま歩き続けることもある。

部屋の中で同じルートを何度も往復する。

円を描くように歩く。

立ったり座ったりを繰り返す。

以前好きだったおもちゃには興味を示さなくなったのに、なぜか落ち着かず歩き続ける。

一見すると「元気に歩けている」ようにも見える。

だが、落ち着いて休むことができず、不安や混乱によって動き続けている可能性もある。

特に、それまでほとんど見られなかった反復行動が突然増えた場合には注意したい。


サイン6 不安や恐怖が強くなる

認知機能が衰えた犬では、不安が大きくなることがある。

一人になると鳴き続ける。

家族が別の部屋へ行くだけで不安になる。

これまで怖がらなかった音に驚く。

暗い場所を嫌がる。

いつもの散歩コースを怖がる。

視力や聴力の低下まで重なれば、犬にとって周囲の世界は若い頃よりずっと予測しにくいものになる。

「何が起こっているのか分からない」という状態が、不安につながる可能性がある。


年齢が上がるほどリスクも高くなる

犬の認知機能不全と年齢には強い関係がある。

米国の大規模研究「Dog Aging Project」に参加した1万5000頭以上の犬を対象とした研究では、他の条件を調整したうえでも、年齢が1歳上がるごとに認知機能不全に該当する確率が上昇していた。

また、活動性が非常に低い犬では、活発な犬より認知機能不全との関連が強く確認された。

ただし、これは「運動不足だから認知症になる」と単純に結論づけられる結果ではない。

認知機能が低下した結果、犬が動かなくなっている可能性もあるからだ。

それでも、高齢犬の体調に合わせた適度な運動や、人・環境との関わり、頭を使う刺激が大切だという考え方は、現在の獣医療でも重視されている。


2026年、犬の認知機能不全に初の国際的ガイドライン

犬の認知機能不全をめぐっては、2026年に大きな動きがあった。

専門家による国際的なワーキンググループが、診断と経過観察に関するガイドラインを公表したのだ。

そこでは認知機能不全を、加齢に伴って進行する慢性的な神経変性の症候群として整理し、症状の重さについても軽度・中等度・重度という段階的な考え方を提示している。

さらに重要なのが、症状が深刻になってから調べるのではなく、早い段階から定期的に認知機能を確認するという考え方だ。

ガイドラインでは、7歳頃から6〜12カ月ごとに行動を評価し、その犬にとっての「普段の状態」を記録しておくことが提案されている。

これは、認知症の診断を早めるだけの話ではない。

「半年年前にはできていたことが、今はできなくなった」

「夜起きる回数が増えた」

「飼い主への反応が少しずつ変わっている」

そんな長期的な変化を捉えやすくするためでもある。


SNSに相次ぐ「最初は認知症だと思わなかった」

犬の認知機能不全については、SNSにも飼い主から多くの体験談が投稿されている。

特に目立つのが「最初は認知症だと思わなかった」という声だ。

海外掲示板Redditのシニア犬コミュニティでは、ある飼い主が、早朝4時半ごろに愛犬が突然リビングを歩き回るようになったと相談している。

日中は比較的普通に過ごしているのに、夜になると一人で家を歩き、寝室まで来たかと思えば再び別の部屋へ戻っていく。

これまでにほとんどなかった行動だったため、飼い主はそこで初めて「犬の認知症の可能性があるのではないか」と考えたという。

別の投稿では、長年暮らしている家具にぶつかったり、円を描くように歩いたり、何度も立ったり横になったりする犬の様子が語られている。

こうした体験談が示しているのは、「物忘れ」より先に、夜の行動の変化から異変に気づく飼い主がいるということだ。


「犬は眠れない。私も眠れない」介護する家族の現実

SNSでさらに強く伝わってくるのが、介護する人の疲労だ。

15歳を超えた犬を介護しているというある投稿者は、愛犬が家の中で迷い、歩き回り、薬の効果が切れると夜中に何度も起きる生活について打ち明けている。

犬の食欲はあり、散歩もできる。

だからこそ、「まだ元気なのではないか」という気持ちと、「本人は本当に幸せなのだろうか」という疑問の間で揺れる。

加えて、自分自身も極度の睡眠不足になっている。

この葛藤は、認知機能不全を抱える犬と暮らす家庭の難しさを象徴している。

食べている。

歩けている。

体に大きな病気がない。

それだけで生活の質を判断することは難しい。

不安なく眠れているか。

家族との触れ合いを楽しめているか。

好きだったことに興味を示すか。

一日のうち、穏やかな時間と混乱している時間のどちらが多いのか。

QOLを考える際には、こうした複数の視点が必要になる。


SNSで共有される工夫。ただし「効いた体験談」は治療法ではない

SNSには、夜間の徘徊に悩む飼い主同士でさまざまな工夫も共有されている。

 

例えば、

夜間でも場所を認識しやすいよう明かりを残す。

寝床や水飲み場の位置を変えない。

家の中で迷いやすい場所を減らす。

毎日の食事や散歩、就寝時間をなるべく一定にする。

犬が安心できる音を流す。

といった方法だ。

実際、夜間照明を増やしたことで落ち着いたという体験談もある。

ただし、SNSで「うちの犬には効果があった」という方法が、すべての犬に安全で有効とは限らない。

特に薬やサプリメントの情報は注意が必要だ。

犬の認知機能不全では獣医師の判断によって薬物療法や特別な食事などが検討されることもあるが、年齢、体重、肝臓・腎臓の状態、併用している薬によって適切な選択肢は変わる。

他人の犬に効いた薬を自己判断で使うべきではない。

SNSは介護のアイデアや精神的な支えを得る場所として役立つ一方、診断や治療の代わりにはならない。


家の環境を「分かりやすく」する

認知機能が低下した犬にとって重要なのは、刺激を増やすことだけではない。

「混乱しにくい環境」を作ることも大切だ。

家具の配置を頻繁に変えない。

滑る床にはマットを敷く。

階段など危険な場所にはゲートを設置する。

水や食事、寝床の場所を固定する。

外での排泄を忘れるようになったら、以前より頻繁に外へ連れていく。

昼間は可能な範囲で活動し、夜は静かに休める環境をつくる。

こうした生活環境の調整は、現在の獣医療でも認知機能不全への対応として重視されている。

そして、できなくなったことを叱るのではなく、できた行動を褒めることも重要だ。

認知機能が低下した犬に強く叱っても、「なぜ怒られているのか」を理解できず、不安だけが強くなってしまう可能性がある。


「動画を撮る」だけでも診察の大きな助けになる

飼い主が「おかしい」と感じても、動物病院ではその行動が出ないことがある。

病院という普段とは違う環境では緊張し、自宅とはまったく違う様子を見せる犬もいるからだ。

そこで役立つのがスマートフォンだ。

夜間に徘徊している様子。

家具の隙間で立ち尽くしている状態。

同じ場所を何度も回る姿。

呼びかけへの反応。

そうした行動を動画で記録しておけば、診察の際の重要な情報になる。

さらに、

「夜中に起きた回数」

「トイレを失敗した日」

「散歩への反応」

「食事への興味」

「遊んだ時間」

などを簡単にメモしておくのもいい。

毎日一緒にいると分からない変化でも、1カ月、3カ月、半年という単位で比較すると、傾向が見えてくることがある。


「認知症だ」と自己診断してはいけない

ここでもう一度強調したいのは、高齢犬の行動変化がすべて認知機能不全によるものではないということだ。

関節炎などによる痛み。

視力や聴力の低下。

腎臓や肝臓の病気。

ホルモンの異常。

尿路疾患。

脳腫瘍などの神経疾患。

こうした問題でも、睡眠、排泄、行動、反応は変化する。

獣医療では、認知機能不全は他の病気を調べたうえで判断していく「除外診断」の性格を持つ。

つまり、ネット上のチェックリストで複数項目に当てはまったからといって、それだけで認知症と診断することはできない。

むしろ重要なのは、「最近いつもと違う」と感じた段階で相談することだ。


長生きできる時代だからこそ知っておきたい

愛犬が長生きすることは、飼い主にとって何よりうれしいことだ。

その一方、長く生きる犬が増えれば、加齢に伴うさまざまな問題と向き合う機会も増える。

犬の認知機能不全もその一つだ。

「年を取ったのだから、こんなものだろう」

そう思った小さな変化が、実は病気の入り口である場合もある。

夜中に歩き回る。

呼びかけへの反応が変わる。

家の中で迷う。

トイレを失敗する。

遊ばなくなる。

急に不安が強くなる。

一つの行動だけですぐに心配する必要はない。

しかし、複数の変化が重なり、それまでの愛犬とは明らかに違う状態が続いているなら、獣医師に相談する理由としては十分だ。

認知機能不全そのものを完全に元通りにすることは簡単ではない。

それでも、早く変化に気づき、身体的な病気を治療し、環境や生活リズムを調整し、必要に応じて治療を受けることで、穏やかに過ごせる時間を増やせる可能性はある。

年を取った愛犬と暮らすと、「昔できたこと」が一つずつ減っていくように感じることがある。

しかし、大切なのは失ったものだけを数えることではない。

今も好きな食べ物がある。

ゆっくりでも散歩を楽しめる。

家族に触られると安心する。

お気に入りの場所で眠れる。

そんな「今もできること」を守っていく。

それこそが、シニア期を迎えた愛犬と家族にとって、最も大切なケアの一つなのかもしれない。

※本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個々の犬の診断・治療を行うものではありません。愛犬の行動や体調に変化がある場合は、獣医師へ相談してください。


出典・参考資料

stern:2026年8月11日付「犬の認知症と初期サイン」を扱った記事
https://www.stern.de/panorama/wissen/demenz-bei-hunden--tieraerztin-verraet-erste-anzeichen-38087764.html

Journal of the American Veterinary Medical Association:2026年に発表された犬の認知機能不全症候群の診断・モニタリングに関する専門家ワーキンググループのガイドライン。DISHAAによる評価、重症度分類、定期スクリーニングなどの参考資料
https://avmajournals.avma.org/view/journals/javma/264/4/javma.25.10.0668.xml

AAHA(American Animal Hospital Association):犬の認知機能不全における見当識、社会的交流、睡眠・覚醒、排泄、活動性、不安などの症状と、他疾患を除外する必要性についての資料
https://www.aaha.org/resources/2023-aaha-senior-care-guidelines-for-dogs-and-cats/managing-cognitive-dysfunction-and-behavioral-anxiety/

VCA Animal Hospitals:DISHAAの具体例と、7歳頃からの認知機能スクリーニングについての解説
https://vcahospitals.com/know-your-pet/behavior-counseling-senior-pet-cognitive-dysfunction

Merck Veterinary Manual:犬の認知機能不全の症状、環境調整、日中の活動、生活リズム、運動、治療などについての獣医療資料
https://www.merckvetmanual.com/behavior/behavior-of-dogs/behavior-problems-of-dogs

Dog Aging Project/Scientific Reports:1万5019頭の家庭犬を対象に、年齢や身体活動などと認知機能不全との関連を検討した研究
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36008509/

Reddit r/seniordogs:夜間に家の中を歩き回り始めた高齢犬について、認知機能不全の可能性を相談した飼い主の投稿。SNS反応・体験談の参考資料
https://www.reddit.com/r/seniordogs/comments/1k5u8w7/is_this_the_begining_of_canine_cognitive/

Reddit r/seniordogs:夜間徘徊や家具への衝突、サンダウニングへの対応について飼い主同士が情報交換している投稿。SNS反応の参考資料
https://www.reddit.com/r/seniordogs/comments/1bb3g1w/my_dog_has_dementia_sundown_what_do_i_do_now/

Reddit r/seniordogs:認知症の高齢犬を介護する飼い主が、夜間覚醒や徘徊による睡眠不足、犬と家族双方のQOLについて打ち明けた投稿
https://www.reddit.com/r/seniordogs/comments/1m2zvdh/my_senior_dog_has_dementia_and_im_so_exhausted/

Reddit r/seniordogs:体は比較的健康でも認知機能が低下した犬について、QOLと「いつ別れを決断するか」を飼い主同士で語っている投稿
https://www.reddit.com/r/seniordogs/comments/1rehu3q/how_did_you_know_it_was_time_to_say_goodbye/