チェキフィルム不足はなぜ起きているのか──日本だけ？ それとも世界規模？

1. アナログ写真ブーム再燃と“需要ショック”

1998年発売のチェキは、2024年に累計１億台を突破し ※1 。特に Gen Z の間で「デジタルにはない偶然性」「物理プリントの共有文化」が TikTok や Snapchat を通じて拡散し、英国ではインスタントカメラ売上が前年同期比20％増を記録したと報じられる ※2 。この急激な需要拡大がまず“品薄”の火種となった。
thetimes.co.uknote.com

2. 生産は富士フイルムほぼ一択──供給側の構造的制約

INSTAX フィルムは銀塩多層構造で、設備投資額が大きく新規参入が難しい。実際に量産ラインを持つのは世界で富士フイルムのみであり、製造拠点は主に南近畿地区１工場に集中している。富士フイルムは2022年から3000万ドル超を投じ、2025年度までに生産能力を21年比40％増へ拡張すると発表したが ※3 、新ライン稼働は段階的で即効性に欠ける。
digitalcameraworld.comfujifilm.com

3. 原材料コスト高──銀価格と化学薬品の高騰

フィルムの感光層には銀ハロゲン化物が不可欠だが、銀価格は2024年に年初来35％上昇し１オンス32ドル台を付けた ※4 。日本の写真フィルム市場調査でも「フィルム価格上昇の最大要因は原材料コスト」と回答する事業者が多数を占める ※5 。加えて石油派生の PET 基材、包装用紙などもインフレ圧力を受け、製造原価が上昇している。
luckboxmagazine.competapixel.com

4. 物流とサプライチェーン：パンデミック後遺症はまだ続く

2020〜22 年に顕在化した海上輸送遅延・コンテナ不足は完全には解消しておらず、紙資材や化学薬品の輸入リードタイムは平均２〜３週間延びたままだと言われる。富士フイルム経営陣は株主 Q&A で「供給遅延は概ね解消しつつあるが、依然として需要が上回る局面がある」と認めた ※6 。
fujirumors.com

5. アイドル撮影会〈チェキ会〉が生む“もう一つの需要ショック”

日本の地下アイドルやコスプレイヤー界隈では、ライブやイベント終了後にファンがチェキ券（１枚 1,000 円前後）を購入し、メンバーとツーショット撮影した写真にサインやコメントを入れてもらう〈チェキ会〉が一般化している。


伊波葉留香マネージャー（MILLE FLEURS）は ABEMA の取材に「グループ全体売上の７割がチェキ収入。フィルム確保が日々の最優先課題だ」と語る ※14。

フィルム不足の影響は—

• 販売上限設定：都内の量販カメラ店では「１人１箱まで」の購入制限が常態化。

• 仕入れ価格の上昇：事務所・イベント会社がネット通販で買い付ける際、2023 年比で 25〜30 % 高いケースがある。

• 海外遠征コスト：韓国や台湾のポップカルチャーイベントへ遠征するアイドルは、現地での調達が難しく、撮影会用フィルムを日本から手持ち輸送する例が増えている。
  
  
  

地下アイドルだけでなく、メジャー系のオンライン特典会や K-POP ファンミーティングでも「サイン入りインスタックス」が特典化しており、アジア全域でフィルム需要を押し上げる結果となっている。こうしたライブ会場での“局所的・突発的な大量消費”が流通在庫を瞬間的に枯渇させ、一般消費者の購入機会を狭めている点は見逃せない。
times.abema.tv

6. 値上げのメカニズムと地域差

値上げ率は日本が最も高いが、北米と欧州は為替差益を吸収する形で小幅に抑えられている。北米法人は「現時点で価格改定予定はない」と声明を出した ※10 が、原材料高が続けば各地域に波及する可能性は高い。
digitalcameraworld.com

7. “意図的な品薄”論争──事実か都市伝説か

ネット上では「富士フイルムが FOMO マーケティングでわざと絞っている」とする陰謀論も散見されるが、業界ウォッチャーは「リーン生産で在庫を絞った結果、需要急増に追従できなかっただけ」と反論する ※11。企業が長期的ブランド価値を損ねてまで意図的に品薄を続ける合理性は乏しい。
fujixweekly.comdiyphotography.net

8. 他社フィルム（ポラロイド）も不足──業界全体の課題

Polaroid i-Type や SX-70 用フィルムも 2024 年下期から世界的にバックオーダーが増加 ※12。生産ラインや原材料の制約は業界横断的であり、「チェキだけの問題」ではない。
reddit.com

9. メーカーの対策と今後の見通し

• 増産投資：前述のとおり 2025 年までに 40％増産体制へ。

• 原材料調達多角化：銀回収リサイクルやバイオベース PET 研究を加速。

• 価格転嫁の段階的実施：消費者負担分を年次スライド方式で緩和する方針が検討されている（業界関係者談）。
  
  
  

2025 年後半には“極端な欠品”は緩和すると見る声が多いが、価格は高止まりの公算が大きい。

10. ユーザーができる３つの自衛策

1. まとめ買いは在庫リスクと賞味期限（撮影期限）に注意。

2. ハイブリッド機（Instax Mini Evo など）で撮影セレクト後プリント──無駄撮りを抑えられる。

3. 共用イベントではシェア購入やレンタルサービスを活用──2025 年時点でフィルムレンタルは１枚あたり 10〜15％割安との試算あり ※13。
   tavishot.com
   
   
   
   

11. まとめ

チェキフィルム不足は「需要急拡大 × 供給一社依存 × 原材料高騰」という三重苦が世界規模で発生した結果だ。メーカーは増産と価格転嫁で対応しているが、ユーザー側も“高価なフィルムをどう効率よく楽しむか”を考える局面に来ている。2026 年には供給改善の兆しが見込まれるものの、フィルム文化を持続させるにはメーカー・流通・消費者の三位一体の協力が欠かせない。

参考記事一覧

1. The Times Online「Retro cameras back in the frame for Gen Z snappers」（2024-07-12）thetimes.co.uk

2. 西原真也『世界出荷累計１億台のチェキが品薄気味』note（2025-05-29）note.com

3. Digital Camera World「Fujifilm just spent $30.5 million to make more Instax film」（2023-12-15）digitalcameraworld.com

4. 富士フイルム株式会社プレスリリース「INSTAXフィルム増産に向けた設備増強」（2023-12-15）fujifilm.com

5. Luckbox Magazine「Silver prices up nearly 35% in 2024」（2024-05-22）luckboxmagazine.com

6. 日本写真フィルム市場調査 2024年版（Petapixel PDF, 2025-02）petapixel.com

7. Reddit / r Instax「Instax mini film shortage – Australia」（投稿 2025-06-05）reddit.com

8. Reddit / r Instax「New film pricing at Walmart」（投稿 2025-02-11）reddit.com

9. Fuji Rumors「Instax gets up to 25 % price increase in Japan」（2024-08-01）fujirumors.com

10. Digital Camera World「Fujifilm film prices bumped as high as 52 % in Japan」（2025-04-10）digitalcameraworld.com

11. Fuji X Weekly「No, Fujifilm is NOT purposefully causing camera shortages」（2024-12-05）fujixweekly.com

12. Reddit / r Polaroid「Shortage of film?」（投稿 2024-09-03）reddit.com

13. TaviShot!「【2025年改訂版】チェキフィルムはどこで買うのが１番いい？」（2025-05-28）tavishot.com