AIが論文を書き、AIが査読する時代へ ― 科学出版は「進化」か「崩壊」か : “科学の信用”はどう変わる?

AIが論文を書き、AIが査読する時代へ ― 科学出版は「進化」か「崩壊」か : “科学の信用”はどう変わる?

1. 研究の「入口」にAIが入り込む

生成AIの話題は、研究そのもの(仮説生成や実験設計)に注目が集まりがちだ。けれど実は、科学の信頼を支える“入口”――論文執筆と査読、編集、出版という工程にAIが入り込むインパクトの方が、じわじわ効いてくる。


Undarkの記事は、この変化を「執筆」と「査読」の両面から描く。編集者として投稿原稿を扱ったAI倫理研究者モハマド・ホセイニは、明らかにAI生成らしい不自然な原稿を一定数見てきたという。ダッシュの多用、論理の飛躍、文章のちぐはぐさなど、現場には“におい”がある。しかしAIの品質は上がり続け、その嗅覚もいつか通用しなくなるかもしれない――この危機感が、記事の出発点だ。


2. 「書ける人」を増やす:執筆支援としてのAI

生成AIがまず価値を発揮するのは、文献の要約、草稿作成、翻訳、英文の推敲といった“文章作業”だ。特に非英語話者にとって、英語の壁は研究成果の発信で不利になり得る。AIはこの格差を縮め、より多くの研究者が国際誌の土俵に立つ助けになる、と記事は紹介する。


実際、研究者の利用はすでに統計に現れている。Natureが国際的な研究者約5,000人を対象に行った調査では、一定割合がAIを草稿作成・翻訳・要約・編集に使っている。別の大規模分析では、生物医学分野の膨大な抄録を対象に、AI由来と疑われる言い回しの増加を手がかりに、2024年には相当数が言語モデルで加工された可能性があると推定している。


ここで重要なのは、「AIが論文を書く」こと自体よりも、“文章作業のコスト”が下がることで研究の出力が増える点だ。書く速度が上がれば投稿は増え、編集部に届く原稿は雪崩のようになる。質と量のバランスは、ますます難しくなる。


3. 幻覚・盗用・捏造:便利さの裏で増幅する危険

AIの弱点はよく知られている。幻覚(もっともらしい嘘)、引用の取り違え、存在しない根拠の提示。記事はさらに、学術出版に固有の深刻な問題――盗用や“紙の工場(ペーパーミル)”の温床化――を強調する。AIはゼロから体裁の整った文章を高速生成できるため、不正のハードルを下げる。データ捏造はAI以前からあったが、AIは“量産”と“スピード”を与えてしまう。


そして怖いのは、不正が悪意だけで起きるとは限らないことだ。研究者が「便利な補助輪」のつもりで使い、結果的に誤情報や盗用を混ぜてしまう可能性がある。出力が自然な文章であるほど、読み手も書き手も“それっぽさ”に流されやすい。


4. 査読にAIを入れる誘惑:人手不足と公平性の期待

次に議論の中心になるのが査読だ。査読者不足はパンデミック以降に悪化したという指摘があり、編集者側は依頼しても断られる、返事がない、という苦労を抱える。そこで「AIを使えば査読者の裾野が広がるかもしれない」という期待が生まれる。記事では、JAMA+AIの編集長ロイ・パーリスが、AIが研究者の負担を軽くし、レビューに参加できる人を増やす可能性に言及している。


さらに、AI査読は“中立”であるという幻想もある。特定の学派や人脈、仮説への先入観から距離を置けるなら、むしろ公平性が上がるのではないか――。ただし記事はすぐに釘を刺す。AIは過去の出版データで学習するため、歴史的な偏り(有名研究者・著名機関・中心国の優位)を再生産し得る。実際、複数の研究が、AIが高ステータス機関や著名著者に有利な評価をしやすい傾向を示したと紹介されている。


ここで浮かび上がるのは、「AIは中立」ではなく「AIは平均的な過去」だという事実だ。過去の出版文化が偏っていたなら、AI査読はその偏りを“自動化”する危険がある。


5. ルール整備:許可・禁止・開示という現実路線

では出版社や学会誌はどう対応しているのか。記事によれば、主要誌の多くは生成AI利用のガイダンスを提示し、研究不正につながる利用は禁じる一方、言語編集や分析補助などは条件付きで認める傾向がある。PLOSは、使用したツール名、利用方法、出力の妥当性評価、影響範囲を明記することを求める。


査読に関しては、機密保持が最大の論点になる。未公開の原稿を外部AIサービスに入力すれば、情報漏えいの懸念が生じる。そのため大手出版社の中には、未公開原稿を生成AIにアップロードしないよう査読者に求める例がある、と記事は述べる。


また、AIを共著者として認めない、AI生成画像やAIによる画像改変を許可しない、といった線引きも広がっている。結局のところ、責任の所在を“人間”に固定しない限り、科学の検証可能性が揺らぐからだ。記事でも「最終的に、論文のすべての言葉と数字に責任を負うのは人間の著者だ」という強い原則が示される。


6. 検知は万能ではない:いたちごっこが始まる

「AI生成を検知すればよい」という発想は魅力的だが、記事はそこにも冷静だ。検知ツールには限界があり、使う側も使われる側も進化する。文体のクセが消え、ロジックが整い、引用も“それらしく”なるほど、判別は難しくなる。しかも、検知に頼り過ぎると、非英語話者が推敲のためにAIを使っただけでも疑われるなど、別種の不公平を生む恐れがある。


つまり学術出版は、AIの利用を「完全禁止」にも「全面容認」にも振り切れない。現実解は、(1) 透明性(開示)、(2) 機密保持(入力制限)、(3) 人間の監督(責任固定)、(4) 不正対策(編集・査読プロセス強化)を組み合わせた“運用”になる。


7. SNSの反応:楽観と悲観が同時に加速する

 

この記事そのものへの言及だけでなく、SNSでは「AI×学術出版」全般への反応が二極化しているのが目立つ。


悲観側の論点はシンプルだ。「出版は準備できていない」「不正が増える」「信頼が壊れる」。リトラクション(撤回)や研究不正を追うコミュニティでは、AIによる“ジャンク論文の洪水”への警戒が強く、出版インフラが追いつかないというトーンが繰り返される。


楽観側の論点は、「新しいワークフローを作れる」「査読・出版に再設計の余地がある」。たとえばarXivの関係者が、生成AI時代に科学出版が新しいツールや方法を取り込む余地を語る発信もあり、変化を前提に議論が進んでいる。


そして現実路線として多いのが、「どこまでが許容で、何を開示すべきか」という線引きの話だ。Natureの調査を紹介する投稿では、AIの利用可否に関する研究者コミュニティの温度差や条件論が可視化され、“白黒ではなくグレーの運用”が求められていることがうかがえる。


SNSの空気をまとめるとこうなる。

  • 便利さは否定しない(特に文章・要約・翻訳)

  • でも不正・捏造・ジャンク増殖には強い不安

  • 解決は「禁止」より「ルール+監督+透明性」
    まさにUndarkの記事が描いた論点が、別の言葉で反復されている。

8. これからの焦点:「誰が、何に、責任を負うのか」

AIが科学出版を変える――この見立て自体は、もはや既定路線だ。問題は“変わり方”である。


もしAIが論文の量産と不正を加速させ、査読を形骸化させれば、科学の信頼は摩耗する。逆に、AIが言語格差を縮め、査読者不足を補助し、編集プロセスを効率化するなら、科学はより開かれたものになる。


その分岐点は技術ではなくガバナンスだ。開示、機密保持、責任の固定、そして人間の目。記事が最後に示すように、AIは出版プロセスのあらゆる段階を見直す圧力になっている。だからこそ私たちは、AIを“導入するか否か”ではなく、“人間が責任を負える設計になっているか”で議論すべきだ。



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